2, 指だけ、そっと

 

 

 

 
「ねぇ、そう言えばどうしてここに?カガリは?それにその軍服…軍事裁判は?」
 
 
風で飛ばされたカーディガンについた砂を払い落としながら、ミリアリアは不思議そうな顔でディアッカを見上げた。
 
「んー。…一個ずつ答えてもいい?ついでに中入ろうぜ?寒いだろ。」
 
確かに、少し風が冷たくなって来ていて。
ミリアリアはこくりと頷き、伸ばされたディアッカの手を取った。
 
 
「…で?どの質問から答えてくれるの?」
向かい合わせでソファに座ったミリアリアの視線を受け止めたディアッカは、その瞳につい見惚れた。
会えない間、ずっと焦がれていたその碧い瞳。
思わず手を伸ばしかけ、理性を総動員してぐっと堪える。
 
 
「…まず、軍事裁判はもう終わった。イザークと俺…他の奴らもだけど、結果だけ言うとまぁ、無罪みたいなもん?」
「…意味がよく分からないんだけど」
ミリアリアは眉を顰めた。
「堅苦しく言えば、『個人情報の紛失により、あらゆる利敵行為を問えない』って決定が下されたんだ。まぁ、超法規的措置ってやつ?」
ミリアリアは戸惑い顔でディアッカを見つめる。
 
「じゃあ…どうしてあの赤い軍服を着てないの?」
 
ディアッカは自分の軍服を見下ろし、ふっ、と笑った。
 
 
「…これは。俺なりのケジメってやつ。
裏切ったつもりはないけど、AAを護る為にザフトに武器を向けたのは確かだからさ。
だから、一度除隊して再入隊したんだ。これは一般兵用の軍服。」
 
 
アスランや、デュエルのパイロットも纏っていた赤い軍服。
それは、ザフトにおけるエリートの証、とミリアリアは昔フラガから聞いていた。
「そう…なの。」
「そ。今は隊長になったイザークの副官やってるんだ。
…あれ?アナタ様はもしかして、赤の方がお好みでしたか?」
茶化したような言葉に、ミリアリアはきっ!とディアッカを睨みつけた。
 
「バカじゃないの!?そんなのに好みなんて無いわよ!何を着ててもあんたはあんたでしょう?」
 
つん、とそっぽを向くミリアリアは、ディアッカの紫の瞳が大きく見開かれたことに気がつかなかった。
 
 
「…そういう風に言ってくれる女って、お前が初めてかも。」
「は?!」
 
 
ミリアリアはきつい表情のまま振り返りーーー見たことのない表情のディアッカに気付いて顔を赤らめた。
そんな顔、されたら…。
恥ずかしさでいたたまれなくなったミリアリアは、思わずソファから立ち上がった。
「お、お茶でも飲む?喉乾いたんじゃない?」
確か、飲み物を用意出来るブースがあったはずだ。
「えー?まだアナタ様の質問に全部答えてませんけどぉ?」
「よっ…用意しながら聞くから!さっさと続きを話しなさいよ!」
 
くすくすと意地悪く笑うディアッカは、AAにいた頃と同じように見える。
 
じゃあ、さっきの、あの表情は?
 
ミリアリアは熱くなる頬を見られないよう、ディアッカに背を向けてお茶の準備を始めた。
 
 
 
「姫さんに連絡入れて、地球に降りるって話をした時にさ、ここを貸してやるって言われたんだ。」
ミリアリアは思わず、カップを手に振り返った。
「カガリが?ここを貸す、って…え?」
「コーディネイターがそうそう簡単に休暇を地球で過ごせるほど、まだ情勢は安定してないだろ?
しかも俺、このカッコだし。」
そう言えば、休みを貰ったと言っていたのになぜディアッカは軍服のままなのだろう?
ミリアリアの疑問を感じ取ったのか、ディアッカはそのまま言葉を続けた。
 
「オーブに来るのに月を経由したんだ。月基地での任務をイザークに回してもらって、それ片付けながらザフトの輸送機でカーペンタリアに降りて、そんでここまで来た、ってわけ。」
 
俺ってやっぱ優秀だよなー、と得意げなディアッカだったが、ミリアリアは眉を顰めてことり、とカップを置いた。
 
 
「…あんた、ろくに休んでないんでしょ」
「へ?」
「今日は紅茶で我慢してよね。そんな人にコーヒーなんて飲ませられないから!」
 
 
裁判を終えて、まだ目立つ行動なんて取れないはずなのに。
月とカーペンタリアを経由するなんて、時間もかかれば移動だけでも疲れるはずなのに。
しかも、任務をこなしながら、ですって?
 
 
「…相変わらずバカよね、あんたって。」
温めたカップに紅茶を注ぎ、ディアッカの前に置く。
「えーと、どのへんが?俺、結構頑張ったつもり…」
「頑張ったのは分かってるわよ!そうじゃなくて!」
ミリアリアは思わずディアッカの手を掴んでいた。
 
「通信だって、良かったじゃない…。そんな大変な思いまでして来てくれたのは嬉しい、けど…。
あんたが頑張ってくれたの、すごい嬉しいけど!でも、それで何かあったら意味ないでしょ?」
 
つい怒り口調になってしまったミリアリアを、ディアッカは驚いたようにじっと見上げ。
いつしか掴んでいた手を逆に掴まれ、ミリアリアの体はディアッカの胸に引き寄せられていた。
 
 
「だって約束したじゃん。面倒ごと片付いたらすぐに会いに行くって。」
 
 
耳元で囁く声は、真剣そのもので。
ミリアリアは何も言い返せず、黙って抱き締められるがままにその声を聞いていた。
 
「通信だって良かったのは確かだけど。
でも俺は、一刻も早くお前に会いたかった。
あんなに泣いてるお前見て、またモニタ越しに話するなんて俺には出来ねぇよ。」
 
最後に会話したのは3ヶ月前、軍事裁判のことを知った時。
あれから今日まで、ディアッカのことを案じて泣かない日は無かった。
だが、あの時流した涙が、今日までのディアッカにどれだけ心配をかけていたか。
ミリアリアは胸が苦しくなり、そっとディアッカの体に腕を回した。
 
「…ごめん、ね。」
「なんで謝るの」
「私…大変な時期に心配かけて、あんたに無理させたから。」
「…ああ、もう!」
 
突然ぎゅうぎゅうと抱き締められ、ミリアリアは驚いて顔をあげた。
「もういいじゃん、お前はなんも悪くねぇから謝るなよ。
…こうして会えたんだからさ。」
そこには、自分をじっと見つめる紫の瞳。
 
「ーーーうん。」
 
落ちて来た唇を受け止めて、その温かさを堪能した後。
ミリアリアは顔を赤くして、頷いた。
 
 
 
 
「お前、この後どうすんの?」
ディアッカの言葉に、ミリアリアは紅茶のカップを持ったまま首を傾げた。
「え?え、と。カガリには泊まりがけで遊びに来いって言われてたから、そのつもりで…」
「あいつ、当分休みなんか無いって言ってたぜ?」
「…え?」
きょとんとするミリアリア。
 
「…なかなか気が利いてるじゃん?姫さんにしちゃ。」
 
その意味を理解し、ミリアリアの顔が今までで一番真っ赤になった。
 
 
***
 
 
「なぁ、マジで言ってんの?」
「当たり前でしょ!なんでいきなりあんたと二人っきりで泊まんなきゃいけないの?
夜になったら帰って、また明日来ればそれでいいじゃない?!」
 
そう言いながらも、内心ミリアリアは迷っていた。
ここへ連れて来てくれたのは、カガリが手配した車。
その事からも、ここが徒歩でどうこう出来るような場所でない事は確かだ。
そして、市街地からここまでの道を、ミリアリアは知らない。
 
カガリのバカ!次に会ったら絶対文句言ってやるんだから!
 
「…俺さ、3日後には戻んなきゃいけねーんだ。カーペンタリア。」
「え?3日後?!」
「ああ。この状況でさすがに長期休暇なんて貰えねぇじゃん?」
 
ミリアリアの目に映るのは、ディアッカの少し寂しげな顔。
 
 
ーーーそんな顔、しないでよ、もう!
 
 
「……分かったわよ。泊まるわ。ここ。」
腹をくくり、きっぱりとそう宣言したミリアリアに、ディアッカの顔がぱぁっと輝いた。
「マジで!その言葉、撤回すんなよ?」
「しないわよ!それと、部屋は別だからねっ!あと明日には一度着替えを取りに家に戻るからっ!」
そう捲し立てるミリアリアだったが、その言葉が結果的にディアッカの滞在中ずっとこの別邸で過ごす、という意味を持つ事に気付いている様子もなく。
恥ずかしそうに俯くミリアリアを眺め、ディアッカは嬉しそうに声を上げて笑った。
 
 
 
 
まだまだ喋り足りなさそうなディアッカを何とか浴室に押し込み、ミリアリアはふぅ、と息をついた。
突然の再会、そして突然のこの状況。
先程のキスを思い出し、ミリアリアの指が無意識に自分の唇をなぞった。
 
AAにいた頃、ディアッカと同じ部屋で眠った事もある。
想いを通わせてから、一度だけではなく、何回も。
深いキスも経験済みだったが、なぜかディアッカは『それ以上の事』をしては来なかった。
優しく抱き寄せられ、甘いキスを与えられ、その度ミリアリアはその腕の中でぐっすり眠ってしまった。
トールを亡くして以来、眠る事すら満足に出来ていなかったミリアリアが、なぜかぐっすり眠れる、そんな場所。
 
 
…また一緒に、寝たい、な。
 
 
かたん、と浴室から聞こえた音に、唐突に思考を寸断され。
ミリアリアは慌てて着替えを取りに、リビングへ駆け戻った。
 
 
 
「さすがに国家元首の別邸だけあって風呂も広いよなー。あ、ミリィも入れば?」
 
バスローブ姿のディアッカを目の前にして、ミリアリアは恥ずかしそうに目を逸らし立ち上がった。
「入るわよ!っていうか早く服着なさいよ!着替えくらい持って来てるんでしょ?」
「寝室においてあるけど?」
「だったらさっさと着替える!わ、私お風呂行ってくるから!」
ぱたぱたと浴室に消えて行くミリアリアを、ディアッカは愛おしそうに見送った。
 
 
 
ディアッカの言葉通り、別邸のバスルームはとても広く、清潔感溢れる造りになっていた。
 
「あ、このシャンプー…」
 
ミリアリアが手にしたシャンプーは、ヘリオポリスでも人気のあったコスメブランドのもの。
オーガニック製品という事で一般のものよりも値段が高く、学生だったミリアリアが密かに憧れていたブランドだった。
よく見れば、コンディショナーもボディシャンプーも、すべてそのブランドで統一されている。
この分ではきっと、鏡台に並んでいたスキンケア製品も同じブランドのものだろう。
そう思うと、ミリアリアは嬉しくなりつい微笑んだ。
 
「やっぱり…カガリには感謝するべき、なのかしら…」
 
突然のディアッカとの再会を仕組んだカガリに文句を言うべきか、ゆっくり話の出来る場所を用意してくれた事に感謝をすべきなのか。
複雑な思いを胸に、ミリアリアはバスタブから手を伸ばし、シャワーのコックを捻った。
 
 
髪を乾かし、しっかりとルームウェアに着替えたミリアリアがリビングを覗くと、そこにディアッカの姿は無かった。
まだ、着替えてるのかしら?
ミリアリアは少しだけ迷った後、キッチンからミネラルウォーターを取り出し、ディアッカがいるであろう寝室へと足を向けた。
 
「…ディアッカ?着替え中?」
ノックをしたが返事はなく、ミリアリアはそっとドアを開けて中を覗き込んだ。
寝室の中は間接照明のみが灯され、シンと静まり返っている。
「ディアッカ?」
そっと歩みを進めーーーミリアリアはびくりと立ち止まった。
 
ソファに散らばる着替えの数々。小さなボストンバッグ。
無造作に放り出された湿ったままのタオルをそっと拾い上げ、ミリアリアはつい苦笑してベッドに視線を向ける。
 
 
そこには、バスローブ姿のままのディアッカが横になり、気持ち良さそうに眠り込んでいた。
 
 
「やっぱり、疲れてたんじゃない…ほんとにバカなんだから」
音を立てないように気をつけながら、ミリアリアは散らばっていた荷物を纏めた。
クローゼットを開け、これまた無造作に置かれていた緑色の軍服一式をハンガーにかけて扉を閉じる。
下着や私服の類は、とりあえず綺麗に畳み直してバッグの横に置いた。
 
サニタリースペースのカゴに湿ったタオルをとりあえず放り込み、ミリアリアは再びベッドで眠るディアッカの元に近づいた。
いつもは綺麗にセットされている前髪が額にかかり、その寝顔は子供のようだ。
AAにいた頃は、見た事が無かったディアッカの寝顔。
『コーディネイターは2、3日くらい寝なくても問題ねぇんだよ。』
そう言って笑っていたディアッカが、今目の前で見せている、無防備な寝顔。
 
 
きっと、ミリアリアが想像する以上に無理をして、この男は自分に会う為に都合を付けてここまでやって来たのだろう。
 
 
不意に涙が浮かび、ミリアリアは慌ててごしごしと目を擦ると、ディアッカの眠るベッドの脇に膝をついた。
 
「…もう、大丈夫なんだよね…?」
 
ミリアリアはそっとディアッカの指に自分の指を触れさせ、ぽすんと頭をベッドに乗せた。
ディアッカの、温かい指。
それに触れているだけで、ミリアリアは言葉にできないほどの安堵感に包まれ、目を閉じた。
 
「好きよ…。ディアッカ。」
 
自分からは恥ずかしくてなかなか口に出来ない思いも、眠っているディアッカの前ではさらりと言えてしまう。
そんな自分が可笑しくて、ミリアリアは指だけ、そっとディアッカのそれに絡ませ、目を閉じたまま、くすり、と笑った。
 
 
 
 
 
 
 
007

またまた長くなってしまいましたが、再会2話目のお題、です。
カガリがいい仕事してますね(笑)
突然の再会から、いきなり別邸で二人きり!!
この後は…どうなるでしょう(笑)
ベタな展開かもしれませんが、温かく見守って下されば幸せです。

 

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