10, トリュフ − side D −

 

 

 
ディアッカは、アパートの玄関の前で深呼吸をした。
部屋に灯りはついていない。
ということは、まだミリアリアは帰宅していないということだ。
電子ロックを解除しようとすると、すでに施錠が外されているとアラートが出た。
 
帰って来てるのか?
 
ディアッカは急いでドアを開け、一気にリビングまで歩みを進めた。
リビングには、誰もいない。
ただ、キッチンからいい香りが漂ってきていた。
 
「…ミリアリア?」
ディアッカはキッチンを覗く。
だがそこにも誰もいなかった。
ただ、出来上がって温めるだけになった料理が、数種類置かれていた。
「…どういうことだ?」
 
ディアッカの心に不安が沸き起こる。
ミリアリアは?いないのか?
ディアッカは寝室のドアを開けた。
 
 
「…ミリアリア…」
 
 
明日のために一人でひっぱり出したのだろう。
大きなスーツケースが床に置かれ。
それに覆いかぶさるように、ルームウェア姿のミリアリアが眠っていた。
 
ディアッカはゆっくり、ミリアリアの元へ歩み寄る。
途中、サイドテーブルにある包みに目が止まり、そっと手にとった。
「…トリュフ?」
綺麗にラッピングされた包みの中には、どうやら手作りらしいトリュフ。
添えられた小さなカードにはミリアリアの筆跡で、《Happy Valentine to Dearka》の文字があった。
 
 
ディアッカはトリュフを持ったまま、ミリアリアを見下ろした。
ミリアリアは、ディアッカに気づくことなくすやすやと眠っている。
今朝方、ミリアリアがソファで小さくなって眠っていたことを思い出す。
きっと、満足に眠れなかったのだろう。
 
 
昨晩、一生懸命自分に謝っていたミリアリア。
確かに連絡が取れず、やきもきして最後は本気で怒ってしまったけれど。
なぜあんなにも意固地な態度をとってしまったのだろう、自分は。
ラクスのところに行っていた、ということは、きっと二人でこのトリュフを作っていたのだろう。
 
 
ディアッカは、丁寧にラッピングを解く。
トリュフをひとつつまんでしげしげと眺め、そっと口に入れた。
ほろ苦い、ビターチョコの味が口の中に広がる。
 
「…うめぇな、これ」
 
一般的なトリュフと呼ばれるものよりやや苦味が強いそれは、ディアッカの好みに合わせてミリアリアが材料を選んだのだろう。
少しだけいびつなトリュフをもう一度眺め、サイドテーブルに戻す。
 
そして、ディアッカは床に膝を付くと、スーツケースにもたれるミリアリアをそっと抱き起こした。
温かくて力の抜けた体から、花の香りがふわりと広がる。
さっきまであんなに怒って、そしてどんな態度を取ればいいのかと当惑していたはずなのに。
 
腕の中のミリアリアが、今はただ愛しくて。
 
ディアッカは、自分の胸にミリアリアを寄りかからせる。
そして、眠り続けるミリアリアの唇を、自らの唇でそっと塞いだ。
 
 
 
 
柔らかい何かが、唇を塞いでいる。
それは優しく触れては離れて、を繰り返し、少しだけ息苦しくなったミリアリアは息をしようと唇を薄く開いた。
するとすかさず、熱い何かがそこから忍び込んできて、ミリアリアの舌を吸い上げた。
「…ん、んぅ…」
ミリアリアもそれに応えるように舌を絡める。
それは優しくて、少しだけ強引で。
なぜか、ほろ苦いチョコの味がするけれど。
ミリアリアのとてもよく知っている、感触。
 
「ん…」
 
ミリアリアはゆっくりと目を開ける。
すると、唇を侵食していた何かもそっとそこから離れて行った。
そして、ぼんやりとしたミリアリアの碧い瞳に映るのは、綺麗な紫の瞳に豪奢な金髪。
 
 
「…ディアッカ…」
「…ただいま、ミリィ」
いつもの、ディアッカの声。
ミリアリアの瞳に、みるみる涙が溜まって行く。
「…おかえりなさい、ディアッカ…」
ディアッカは、ミリアリアをきつく抱き締めた。
 
「…あんま、心配かけんな。」
 
ミリアリアも、ディアッカの背中に腕を回してしがみつく。
「…ごめんね、ディアッカ…。ごめんなさい…」
「…俺もごめん。苛々して、きついこと言って、悪かった」
ミリアリアはふるふる首を振り、ひく、と嗚咽を漏らすと回した腕に力を込めた。
 
「ミリィ」
 
優しい、ディアッカの声。
泣きながら顔をあげたミリアリアに与えられたものは。
 
ほろ苦いチョコレートの味がする、優しくて、少しだけ強引なキスだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

016

心配のあまり本気で怒ってしまったけれど、ミリアリアの姿を見て愛しさがこみ上げるディアッカ。

婚約披露パーティーを前に、無事、仲直りです。

 

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2014,6,25up