愛しい一日

 

 

 

 
「おかいものー!」
「こらリアン、走らない!」
「ったくあいつはもう…俺がいくからミリィはゆっくり来いよ」
久しぶりの家族揃った外出にはしゃぐ息子を追いかけるディアッカの背中を眺めながら、ミリアリアは小さく笑みを漏らした。
 
***
 
二人目の懐妊が分かったのは、つい一月前のこと。
二月にしてはよく晴れて暖かな日だった。
何度も検査薬を使って確認し、それでも信じられなくてこっそりマリアに連絡を取って診察を依頼した。
『信じられない…二度目の自然受胎だなんて…』
結果は妊娠三ヶ月。第三世代のコーディネイターでは非常に稀な自然受胎、それも二度目ともなれば医師としてのキャリアを確実に積み重ねているマリアも驚きを禁じ得なかった。
『このこと、ディアッカには?』
『まだ伝えていません。勘違いだったらぬか喜びさせてしまうから。今日はリアンと二人で出かけてます』
四年前のカーペンタリアで起きたバイオテロ。
そこに居合わせたディアッカは色々と思うところがあったのだろう。プラントに戻ってすぐに医者を目指すとミリアリアに告げたのだ。
軍務の合間に努力を重ね、通信制のスクールにも通いようやく今年、国家試験を受験する資格を手に入れたディアッカ。
今日はその合格発表の日でもあった。
『そう…まずは、おめでとう。来週あたりにディアッカとリアンも一緒に来てもらっていいかしら?これからのことを相談しないといけないから』
これからのこと、という言葉に、ミリアリアの胸がどくん、と鳴った。

病院を出たその足で、ミリアリアは夫と息子がいる森林公園へと向かった。
アプリリウスの中心から少し離れた公園内にある展望台は、ディアッカの母であるティナが愛した場所だったらしい。
初めて訪れた時からもうすぐで七年。少しずつ整備が整ってきたせいもあり、階段を昇るのも苦にはならなかった。
「あー!かあさんっ!!」
息子の元気いっぱいな声にミリアリアは柔らかく微笑みながら、伸ばされた小さな手を握ってディアッカの元へと歩き始めた。
 
***
 
「やっぱキツかった?」
「うん…でも今日はだいぶマシな方よ」
買い物はつつがなく終了した。だいぶはしゃいでしまったリアンは何度かディアッカに首根っこを掴まれてお小言を食らっていたけれど、めげる様子は微塵もなくて。今は疲れてしまったのかミリアリアの膝に頭を乗せて眠っていた。
「ごめんね、せっかくのお誕生日なのに」
リアンを身籠っていた時にも悪阻はあったが今回はさらに厳しさを増していた。
本来ならば家で休んでいるべきだったのだが、今日はディアッカとリアンの誕生日。ただでさえ悪阻が始まってから我慢させることが増えているリアンや、医師免許を取得し軍務と二足の草鞋を履くことになったディアッカに少しでも何かしたい一心だったのだが、結果として余計に気を使わせてしまうことになった。
「何言ってんだっつーの。誕生日はまた来年祝えるだろ?今一番大事なのはお前の体なんだから、そんなん気にすんなって」
どこまでも優しいディアッカの言葉に、ミリアリアの鼻の奥がツンと痛んだ。
ホルモンバランスのせいだろうか、どうにもここ最近涙もろくていけない。それでなくても今日は大好きな二人の誕生日で、こんなふうに大切にしてもらえているのに泣くなんてディアッカに申し訳ないではないか。
「来年の今頃は…きっと賑やかになってるわよね。新しい家族も増えて、リアンも学校に通い始めるし」
「こいつが学校ねぇ…想像がつかねぇな」
滲んでしまった涙にきっと気づいていたはずなのに、ディアッカは敢えてそれを追求せず話を合わせてくれる。
この優しさはどこから生まれてくるのだろう。お互い歳を重ねて喧嘩もリアンが生まれてからは滅多にしないけど、いつだってムキになったり意地を張るのは大抵自分の方で。
それでもディアッカは根気強くミリアリアのささくれだった心を溶かしてくれる。
「ねぇ」
「んー?」
「ディアッカはどうしてそんなに優しいの?」
紫色の瞳がぱちりと見開かれた。
「いきなり何言って」
「だって。ディアッカもリアンもどんどん成長していってるわ。でも私…はっきりいって昔からあんまり変わらないじゃない。女としてかわいげもないし、その、意地っ張りだし…」
「…えーと?つまりミリィは俺が我慢してやってると思ったわけ?喧嘩の時とか、自分がちゃんと出来てない!って思った時とか、気を使われてると」
まさに図星を突かれ、ミリアリアの喉がぐ、っと詰まった。

「寂しい、じゃない…。二人はどんどん変わっていって、なのに私だけ置いていかれてるみたいで…」

女性ホルモンなんて滅びてしまえばいい。普段は気にもならないこんなことが不意に頭から離れなくなって、やたらと泣きたくなって。
…なんて馬鹿なことを考えるくらいには、ミリアリアの心は荒んでいた。
自分に自信があるわけではないけれど、ミリアリアだってこれまでオーブ総領事館で多くの大切な任務をこなしてきた。サイには負けるけれど語学力だってそれなりにあるし、昔勉強した機械工学の知識も錆びつかせてはいないつもりだ。
「妊娠はなぁ…こういうのがあるから参るよな、マジで」
「へ?う、わっ」
突然ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、ミリアリアは体調不良のことすら一瞬忘れて目を白黒させた。
「情緒不安定になるのはしょうがないけどさ。完璧主義すぎるんだよ、ミリィは」
「完璧主義…私が?」
「そ。そんでもって無自覚だからタチが悪い。でも結婚してリアンが産まれて、だいぶ改善されたと思ってたんだけどな。まぁ…腹ん中で命を育ててんだ。仕方ねぇよ」
潤んだ瞳はそのままできょとんとしてしまったミリアリアの唇を、不意に温かな何かが掠めた。
──それがディアッカの唇であると察するまで、数瞬の間が空いてしまったのは一生の不覚だとミリアリアは思う。
「な、ここ、外っ…」
「えー?いいだろ別に。微笑ましい光景じゃん」
「膝に子供が寝てるのよ?!微笑ましいわけないでしょうが!」
「別におれは気にしないけど?」
飛び込んできた新しい声にミリアリアは息を飲む。
いつ目を覚ましたのだろう。膝の上から両親を見上げて、リアンはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「リアン?あの、今、母さんたちの、その」
「ちゅーしてたよね?もうバッチリ見てた。目に…ええと、目に…」
「焼き付けた?」
「そう、それ!さすがとうさん!」

あっけにとられるミリアリアを尻目に、リアンとディアッカはどこかしてやったりというような笑みでハイタッチなどを交わしている。
「よいしょ、っと…ごめんねかあさん、具合悪いのに重かったでしょ」
「えっ?いや、それは大丈夫、だけど…」
「そ?ならいいんだけどさ」
ひょいと起き上がったリアンはミリアリアを見上げてにっこりと微笑んだ。
「かあさんはさ、優しすぎなんだよ。おれととうさんの誕生日だからって別にそんな頑張んなくてもいいって思うけど?」
「で、でも!最近母さん具合が良くない日ばっかりだったじゃない?だから今日くらいは、って」
なんだか大人と話しているみたいだ、と心の片隅で思いながらもそう言い募ったミリアリアの頬に、温かくて柔らかな何かが触れる。
それは、リアンの小さな手のひらだった。

「おれ、かあさんがちょっとでもニコニコしてくれたり、さっきみたいに膝枕してもらえれば今年はなんにもいらないよ?かあさんがいてくれるだけで嬉しいもん」
「あー、俺も同じく。俺らの誕生日だからって頑張ってくれるのは確かに嬉しいけど、結局のところミリィがいてくれればそれがもうプレゼントみたいなもんだから。な?リアン」
「うん!だっておれ、もうすぐ兄ちゃんだし!」

そう宣言して胸を張るリアンの姿にミリアリアとディアッカは顔を見合わせる。
「形にこだわんなくても、ミリィの気持ちはちゃんと伝わってるから大丈夫。リアン見てれば分かるだろ?」
「…うん、そうだよね。ありがとう、ディアッカ。リアンも」
確かに自分は誕生日というイベントにこだわりすぎていたのかもしれない。
よく考えればミリアリアとて同じなのだ。優しい夫と息子──大好きな家族が元気でそこにいてくれれば、何だって乗り越えられる。笑っていてくれれば幸せな気持ちになれる。
来年になれば、お腹の中にいる小さな命も腕の中にいてくれるはずだ。

「ねぇ、うちに帰ろう!」

うちに帰ろう。それは、なんて甘美で幸せな言葉だろう。
「そうね。だいぶ母さん元気になったし、ケーキだけ買って帰りましょ?せめて気分だけでも出したいじゃない」
平和で穏やかで、よくある平凡な一日。今年はそれを二人へのプレゼントにしよう。
にっこりと花が綻ぶように微笑んだミリアリアの碧い瞳にたまっていた涙はすっかり乾いていて。
ディアッカは柔らかく微笑むと立ち上がり、愛しい妻の手を取ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

大大大大大遅刻ですみません!ディアッカお誕生日小噺@2020です!
こちらのお話は、長編「天使の翼」の最終話の後日談的なものにもなっています。
起承転結ちゃんとできてるかも甚だ怪しいのですが、えーと、何というかエルスマンファミリーの幸せな光景をただただ書きたかったんです;;
戦争を経験した世代の二人にとって、平凡な一日はかけがえのないもののはず。
そこに愛する息子までいるんですから、ある意味私の中での「運命後はこうなっていてほしい」を詰め込んだ作品になりました^^
お待たせしていながら大変恐縮ですが、一人でも多くの方に楽しんでいただければ幸いです…!

いつも当サイトに足をお運びいただき、本当にありがとうございます!
亀の歩みながらも、ディアミリを書き続けていければと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!
HappyBirthday to Dearka!!!
 
 
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2020,4,18up(お題配布元:color season 様)