恋でも愛でもかなわない

 

 

 

 
時計を見上げると、針は午前二時を指していた。
溜息を吐いて起き上がり、リビングへと向かう。
灯りをつけ、温かいものでも飲もうとケトルを火にかけたところで無意識にふたつ取り出していたカップを見下ろし、ミリアリアは思わず苦笑した。
 
大西洋連邦とオーブ、そしてプラントが合同で採択した新しい条約。
これまで過剰に搾取されていた農業プラントからの輸入量を抑え、その代わり優秀な研究員を地球に派遣し農地ごと改革する、という試みは実験段階を終え、十分な成果を上げた。
だがそれは同時に、反ナチュラル派を謳う一派に火をつける結果にもなった。
 
ここ数日、プラントでは大規模なデモが連日行われ、要人の殺害予告まで飛び出す始末。
『ハッタリだろ、って言い切れないからな。今回ばかりは…』
珍しく疲労を滲ませた顔でそう呟いたディアッカが最後にここへ帰ってきたのは、もうひと月近く前のことだった。
断続的に起こるデモの警備、調印式を間近に控えた中ついに起こったテロの鎮圧のために飛び回っている夫とは、ろくに通信もままならない。
軍人と言う職業上、覚悟していたことだった。日をまたいだ任務も、数日音信不通になることも既に経験済みだったし、ミリアリア自身、結婚する前はカメラを手に戦場を回っていたのだ。一人の夜には慣れているつもりだった。
プラントで名だたるザフトのエリート、ディアッカ・エルスマンと結婚した時点で、ある程度の危険は付いて回る。それゆえミリアリアは極力外出を控え、必要なものは全て宅配で済ませるなど工夫していた。
プラントで暮らすと決め、紆余曲折の後に籍を入れて一年半。
誰よりも大切な人と同じ屋根の下で暮らし、向かい合って食事をし、愛を囁いて眠り、目覚める。
あの頃からは想像もできない世界、そして感じる幸せ。
それを壊すものは何であれ許せなかった。必ず守ってみせると決めていた。

もう、あんな思いは二度としたくないから。

寂しいなんて思ってはいけないのだ。強くなる、そう誓ったのは自分自身。
ひとりぼっちじゃない。今の私には、何にも代えがたい大切な人がいる。
だから寂しくなんてないはずなのに、どうしてこんなにも心がざわついてしまうのだろうか。
何を飲むか少し思案して、棚からココアを取り出す。ふわりと広がる甘い香りに誘われ、火傷をしないようそっとカップに口をつけた瞬間。
玄関からガチャガチャと聞こえてきた音に、ミリアリアの肩が跳ね上がった。
同じ階の住人が家を間違えたのかと思ったが、そもそもこんな時間に帰宅するような隣人はいないはず。では、いったい誰がこの音を立てている?
震えそうになる膝を叱咤し、ミリアリアはココアをキッチンのカウンターに置いて素早く果物ナイフを取り出した。
武器としては心許ないが、無いよりはマシだろう。
ドアを施錠する音が聞こえ、逃げ場を失った動揺で唇を噛み締める。
静かに、だが確かに聞こえる足音がだんだんリビングへと近づいて来るのが分かり、ミリアリアはぎゅっとナイフを握りしめ──ドアが開くと同時に走り出した。

「っ、うわ、おい!なにして…ミリィ!」
「──え?」

振り上げた手首を掴まれ、音もなくナイフが床に落ちる。
「…ディアッカ?」
「…えーと。ただいま…?」
困ったように首を傾げてへらりと笑った夫を呆然と見上げたミリアリアの瞳から、ぽろりと涙が零れた。
 
 
***
 
 
深夜のリビングに、小さな吐息が響いた。時刻は午前三時。
何度目かも分からないキスを落とし、ディアッカは小さく細い体を抱き直した。

「ミリィ?」
「ほんとに…ごめんなさい」
「いいって言ったろ?あの状況じゃ仕方ない。連絡しなかった俺も悪いんだしさ」

度重なるテロにとうとう最高評議会も重い腰を上げ、宇宙での任務についていた隊を本国に戻した。不眠不休に近い形で任務に従事していたディアッカたちジュール隊は交代での休息を命じられたのだが、通達があったのは日付が変わってからのことで。
眠っているであろう妻を起こすのも忍びなく、連絡もしないで戻ってきてしまったのだがそれが仇となってしまった。
宥めるように背中を撫でれば、ディアッカの腰に回された手に力がこもるのが分かった。
「前から、覚悟は決めてたの。ナチュラルの私があんたと結婚する以上、いつ何があってもおかしくないんだからしっかりしなきゃって」
「…ミリアリア」
「ひとりぼっちじゃない。今の私には、何にも代えがたい大切な人がいる。だから寂しくなんてないし、この生活を守ってみせる、そう思ってたの。でもね、でも…」
柔らかな跳ね毛が揺れ、碧い瞳が真っ直ぐディアッカを見上げた。

「…ほんとはちょっとだけ怖かったから…帰ってきてくれて、うれしい」

どくん、と心臓が跳ねる音が確かに聞こえた。
予想外すぎる言葉に頭が真っ白になり、瞠目したまま固まるディアッカにミリアリアは首を傾げる。
「ディアッカ?」
こうして名を呼ばれるだけで心が奮い立ったのはもうどれくらい前のことだっただろう。
いつの間にか距離が縮まり、そして離れ、再会して。
叶わないと諦めていた恋は成就し、ミリアリアは今自分の腕の中にいる。
降りかかるかもしれない火の粉を振り払っても、自分との生活を守りたいと言ってくれている。
ばか、嫌い、知らない。可愛くない言葉の裏に潜む愛情に気づいてないわけではなかったけれど、それでもこれは──反則だ。

「ミリィには…敵わねぇな、ほんとにさ」
「え?」
「いや…俺って愛されてるんだなぁって実感したっつーの?」
「ばっ…!ばかじゃ…ん…」

聞き慣れた言葉を紡ぎかける唇を塞ぎ、久しぶりのキスを堪能する。
満足するまで味わって唇を離すとディアッカは柔らかく微笑み、愛しい妻をぎゅっと抱き締める。
「俺も早く会いたかった。ただいま、ミリィ」
「…うん。おかえりなさい、ディアッカ」
守って、守られて、ずっと一緒に生きていく。
目を見交わしてどちらからともなく微笑んだ後で再び唇を重ねた二人はそのまま、暁を告げる鳥の声が聞こえ始めるまで互いの体温を分け合うように愛を交わしたのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

今年2回目の更新となりましたのは、運命後新婚設定な二人のお話でした。
軍人の妻、そして異種族同士の結婚。
いくら愛があっても障害はつきものだと思います。
それでもディアッカと人生を共にする道を選び、守られるだけではなく自分の出来ることを模索し、逆に守ってみせようとする。ミリアリアとはそんな女の子だと思います。
そしてそんなミリィがディアッカは大好きなんだろうなと思います。
強がりなミリィが稀に見せる素直でちょっぴり弱気な一面にノックアウトされてしまうディアッカを書きたかったのですが、どうか皆様にも伝わりますように。
本当にもう、なかなか納得のいく作品が生み出せず、遊びに来て下さっている皆様には申し訳ない限りです。
ディアミリへの愛は尽きることなく持ち続けておりますので、ゆっくりでも作品を生み出していければと思います。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
短い作品ですが、最後まで目を通していただき本当にありがとうございました!どうか楽しんでいただけますように!!

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2018,11,2blog拍手up(お題配布元 fynch様)

2020,3,7 up