タイミング

 

 

 

 
キスのタイミングは、不意に訪れる。
ディアッカはどうだか知らないけれど、少なくともミリアリアはそう思っていた。
 
 
やっと入国制限が解除されたプラントへやってきたミリアリアを出迎えたのはディアッカではなく、土砂降りの雨だった。
到着時間を間違って伝えてしまったのだ。
仕方がないのでディアッカにメールを送り、宇宙港前の大きなモニュメントを見て時間を潰すことにする。
そして思う存分プラントの空気を吸い、これまた興味深いモニュメントをしっかり鑑賞し、写真に収めるべくカメラを取り出そうとしたところで──周囲から人の気配がほぼ消えていることに気づいた。
何かあったのかしら?ときょとんと首を傾げたミリアリアだったが、理由はすぐ判明した。
あっという間に薄暗くなった空から、大粒の雨が大量に落ちてきたのだ。
「ちょ…ちょっと、嘘っ!」
たちまち濡れ鼠になってしまい、途方に暮れて立ち尽くすミリアリアだったが、さらに追い討ちをかけるように背後から声がかけられた。
「………おまえ、なにやってんの?」
ぎょっとして振り返ると、ミリアリアの恋人──ディアッカ・エルスマンが呆れ果てた表情を浮かべ、エアカーの窓から身を乗り出していた。
 
 
***
 
 
「ほら、バスタオルはここな。適当な着替え置いとくから」
「……ありがと」
「どういたしまして?なーんかその髪型だと余計幼いな、おまえ」
「癖っ毛だからしょうがないの!」
くすくすと笑みをこぼしながらドアの向こうに消えたディアッカに舌を出してから、ミリアリアは濡れて肌に張り付く衣類を脱ぎ捨て、シャワーのコックを捻った。
熱い湯に打たれて、冷えた体がどんどん温まっていく。
「気持ちいい……」
ついそんなことをつぶやいていたミリアリアは、ふと違和感に気づいた。
これは…物足りなさ?
どうしてそんな風に感じてしまったのだろう?
冷えた体に熱いシャワー、目の前にはミリアリアとお揃いがいい!と駄々をこねたディアッカが地球で調達していったシャンプーとコンディショナーにボディソープ。
タオルも着替えも、すでにディアッカが用意してくれている。
……お腹も、空いていない。
「ま、いいか」
あまり長く入っていても申し訳ない、と思い、ミリアリアは使い慣れたシャンプーに手を伸ばした。
 
 
「あったまったー?」
「うん。ドライヤーも借りた。ついでに部屋も借りていい?」
「は?」
「し・た・ぎ!こればっかりはあんたの借りるわけにもいかないでしょ!」
ぽかんとしたあと腹を抱えて笑い転げる恋人を睨みつけ、ミリアリアは荷物が置かれている寝室に足を向けた。
部屋の隅に鎮座していたスーツケースは、しっかり水気が拭き取られていた。
「こういうところはマメなのよね…」
手早く用意してきた下着一式を取り出しながら、ミリアリアはそうぼやいた。
この日のために新調してきた、新しいランジェリー。
何を期待しているのか、と恥ずかしくなったミリアリアは少しだけ頬を赤らめながらそれを身につけようとして──突然背後から抱きしめられ、小さく悲鳴をあげた。
 
「ちょ、何っ?!着替え…」
「そのシャツの下って何にも着てねぇの?」
「──っ!き、着てるわよ!ただ新しいのに変えたくて」
「嘘が下手だよなぁ、おまえ」
 
ぶかぶかのシャツの隙間から浅黒い手が忍び込み、そっと胸を持ち上げられる。
「ひゃ…」
「彼シャツ、ってーの?一度ミリィにして欲しかったんだけどさ、まさかこんな形で実現するとは思わなかったぜ」
太腿の真ん中くらいまであるぶかぶかなシャツは、ディアッカが貸してくれたもの。
お尻まですっぽり隠れるからと油断したのが間違いだった──。
そう悟った時にはすでにベッドに運ばれ組み敷かれていて。
中途半端に外れているボタンの隙間から覗く白い肌に、ディアッカの喉がごくりと鳴るのが分かった。
 
 
「このまま、シテいい?」
 
 
耳元で囁かれ、ぶるりと体が震える。
返事など待たないディアッカの唇が首筋に落ちてきた時──ミリアリアはバスルームで感じた違和感の正体に気づき、逞しい胸を拳で叩いた。
 
「いってぇ…なんだよ?」
「……て、ない」
「あ?」
「まだ、キス……して、ない」
「……」
 
どんな顔をしているかなど確かめる勇気もなく、ミリアリアは組み敷かれた体勢のままそっぽを向いた。
 
 
宇宙港からここに来て、今この時まで二人は一度も唇を重ねていなくて。
どこか物足りない、寂しい、そう思ったのはこのせいだったのだ。
「た、タイミングとかあるし、別にいいんだけどっ!今からしますよ、なんてバカみたいだしっ!」
そう、キスのタイミングは不意に訪れるものだ、とミリアリアは思っていた。
目が合った時、同じものを見て感動した時、好き、という想いが重なり合って共鳴した時──。
「……もうさ、おまえってマジで…反則すぎ。つーかかわいすぎ」
「なっ…ん…」
思わず振り返った途端に落ちてきた熱い唇を受け止め、ミリアリアの碧い瞳が見開かれる。
何度も優しく落とされるキスは、とても気持ちがよくて。
だんだんと蕩けていく愛しい恋人に、ディアッカは優しく微笑んだ。
 
「ミリィ、すき」
「……会いたかった」
 
噛み合わないようで噛み合っているやり取りを交わし、ミリアリアもまた柔らかく微笑む。
「その可愛い下着は、後でゆっくり見せて?」
「え…あ、ん」
「このまま、しよ?」
「……ばか」
いつの間にか全てのボタンを外され、そこかしこに落ちてくる唇を受け止めながら、ミリアリアはディアッカにその身を委ねた。
 
 
 
 
 
 
 

 

運命後復縁、恋人時代のディアミリ。
以前ツイッターのタグでコピー本をプレゼントする、というのをやった時に書いたお話です。
差し上げた方がツイッターを辞めてしまわれたのか、リストから消えてしまわれていたので僭越ながらpixivとこちらにupさせて頂きました。
どうか楽しんで頂けますように!
 

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