未来予想図Ⅱ

 

 

 

 

いつも通りきっちりと身なりを整え、薔薇の刻印の入った髪留めで長い黒髪を纏める。
「髪、伸びちゃったな…」
そう言えば最近、美容院すら行っていない。
伸びっぱなしで不揃いな毛先に手をやり、シホは溜息をついた。
脳裏によぎる恋人の銀髪は、一直線と言っていい程綺麗に揃っていてサラサラで。
女として、これでは良くない!と思ったシホは、次の休みこそ美容院に行く事を決め、コートを羽織ると戸締まりを確認し、職場に向かうべく部屋を出た。
「あら?…これ」
シホのアパートはオートロック式で、郵便ポストは出入口に全部屋分が並んでいる。
早朝と言っていい時間に、昨夜は確かに無かったはずの白い封筒を見つけ、シホは訝しげにそれを取り出し──差出人の名前に、顔を強張らせた。

会議中、何度も震える携帯にシホは溜息をついた。
相手は多分、今朝の封筒に書かれた差出人だ。
自分の都合しか考えないのは、相変わらずらしい。
げんなりした表情を浮かべるシホに気付いたイザークが、何か問いたげな表情で視線を送る。
…これ以上、邪魔をされるわけにはいかない。

「すみません隊長。少し外します」

シホはそれだけ告げると、足早に会議室を後にした。

***

『シホ?どうして電話に出ないの?』
通話ボタンを押した瞬間捲し立てられて、シホは苛々と溜息をついた。
「勤務中は私用での通信は出来ないの。いい加減理解してくれないかしら、お母様」
早朝の投函された封筒に書かれていた差出人。
それは、ほぼ疎遠となっているシホの母親、ミラ・ハーネンフースだった。
『知らないわよそんな事。それより!お父様から聞いたわ。あなた、エザリア・ジュールの息子と結婚を前提にお付合いしてるって本当なの?』
シホは思わず小さく舌打ちをした。
出来ることなら一番知られたくなかった相手。
シホは、自分の母親が本当に苦手だった。

自分の思う通りに育て上げ、いずれはプラントの歌姫とさせるべく全てにおいてシホを管理して来た母親。
ラクス・クラインの出現によりその目標は頓挫せざるをえなかったのだが、同時にシホもまた母親の敷いたレールの上だけを走る事に疑問を感じ、声楽の道をすっぱりと諦め別の道へと進んだ。
それが気に食わなかった母からは、半ば嫌がらせのような真似までされ、最終的には疎遠となる形になり、現在に至る。
権力に弱く、また自己顕示欲の強いわがままな少女のような性格の母は、確かにその美声で多くのファンを魅了した。だがその分敵も多く、政府高官の娘であるラクス・クラインの立場にも人気にも、母は嫉妬した。
そんな彼女に心に響く歌声などもう出せる訳も無く。
作曲家である父は母に惜しまれる形での引退を勧め、それに乗せられた母は大々的な公演を最後にプラントの音楽界から姿を消したのだった。

「…私が誰と付合おうと、お母様に報告する必要は無いでしょう」
『結婚を前提としたお付き合いなのでしょう?それなら報告があって当然じゃなくて?』

自分が蚊帳の外に置かれていたのが悔しいのだろう。母はそう言う人だと身をもって知っているシホは、この事態をどう切り抜けるか頭を巡らせた。
「…とにかく。もしそう言う事になったら、その時に改めてお知らせします。私、会議中なので。それじゃ」
『待ちなさいシホ!あなた、結婚してもまだそんな物騒な仕事を続けるつもりなの?』
シホは言葉を失った。
「ザフトを辞めろと…そう言いたいの?」
『当たり前でしょう?あなたはまだ若いのだから、今からでももう一度レッスンを積めば…』
「…っ、まだ、諦めてなかったの?私はもう、そっちの道に進む気なんて全くないわ!馬鹿な事言わないで!」
つい声を荒げてしまうシホだったが、ミラも負けてはいない。
『アイドルと声楽家は別物よ。今のあなたなら…』
「いい加減に諦めてよ!私はお母様の人形じゃないわ!」
『シホ!?ちょっと…』
問答無用とばかりに通話を終わらせたシホは大きな溜息をついた。

イザークからも、その母であるエザリアからも、シホの親族について何も聞かれた事は無い。もっとも、エザリアは母の事を知っているようだったから、きっとあの性格についても承知しているのだろう。
結婚話が進んだら、嫌でもあの母親にイザークを会わせねばならないのだ。
ディアッカとミリアリアの結婚式でイザークが行った言葉を忘れた訳ではない。
“結婚を前提に付合っている恋人”
そんな風に親に紹介されて、嬉しくない女などいないだろう。
だがシホがいつになっても素直に喜べないでいるのは、やはり自分の家庭環境のせいであった。
ただの“シホ”として自分を見てくれているイザークやエザリアに対して、自分の母が恥ずかしく思えてしまう。
イザークを好きな気持ちに嘘はない。結婚だって──夢のような話だけれど、したくないはずがない。
自身の家庭環境についてはイザークに話してある。
母親の愛情をたっぷりと受けて育ったイザークにとっては理解しがたいものだったかもしれないが、彼はシホの意思を尊重してくれた。
イザークを愛している、その思いに嘘偽りはない。
──いいかげん、正面から向き合う時期なのかもしれない。
深い溜息をひとつ吐くと、シホは母の連絡先をメモリごとブロックし、会議へと戻るべく踵を返した。

***

同じ日の夕刻。
はぁ、と聞こえてきた溜息に、シホは思わず紅茶を淹れる手を止めた。
「隊長?何か厄介な案件でもありましたか?」
ここ最近は大きなデモもなく、政治情勢も安定している。イザークを煩わせる事案など無いはずだが…。
もしかして、今朝の件でのモヤモヤが顔に出てしまっていたのだろうか?

「シホは、木に興味はあるか?」
「……はい?」

芽生えた不安とは全く関係のない問いに目を白黒させながらも、シホはテーブルにカップを置き、イザークの向かい側に腰掛けた。

「積み木?」
「ああ。もうすぐリアンの誕生日だろう。シホはもう何を贈るか決めたか?」
「え、あ、まだ…」
リアン・エルスマン。奇しくも父親であるディアッカと同じ日にこの世に生を受けた、新しい命。
会うたびにすくすくと成長していくリアンを、イザークはひどくかわいがっていた。もちろんシホも。
そんなリアンの誕生日は、あと十日後。
毎年行われる慰霊式典の後、がむしゃらに残業をして溜まっていた仕事を片付け、鼻高々で有給を申請したディアッカは既に帰宅していた。

ハーフコーディネイターとは言えリアンはとても成長が早く、つかまり立ちを通り越して数歩歩けるまでになったそうだ。となれば彼の妻であるミリアリアもおちおち家事に集中出来ない。
あのラクス・クラインをして『人はここまで変われるものなのですね…』と言わしめるくらいに子煩悩となったディアッカは、今頃自宅で愛息ととびきりの時間を過ごしているだろう。

「積み木はとてもいい案だと思います。そちらに意識が集中すれば、ミリアリアさんも今より動きが取りやすくなるでしょうし…」
「…そうか。シホがそう言うのなら間違いは無いな。早速手配しよう。次の休暇は空いているな?」
「え?あの、はい…?」

きょとんとするシホに、イザークは手元のタブレットを操作しながらくすりと笑う。
シホの脳裏を美容院、という言葉がよぎったが、それには気づかなかったふりをした。

***

「ここは…工房、ですか?」
イザークに連れられ、やってきたのはとある農業プラント。
アプリリウスでは滅多に見かけない木造の建物を前に、シホは紫の瞳を瞬かせた。
「工房…まぁ、間違いでは無いな。では行くぞ」
ふわりと微笑んだイザークがこちらに手を伸ばす。
小さく息を飲み、シホははにかんだ笑顔を浮かべ、その手に指を絡めた。

どこか落ち着く香りが漂う部屋の中には、穏やかそうな初老の男性が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。お久しぶりですな。エザリア様から話は伺っています」
「ああ、久しぶりだ。今日はよろしく頼む。で、頼んでいたものは」
「こちらではありふれたものですので、用意出来ていますよ。して、坊っちゃま、そちらのお嬢様はいつご紹介頂けますかな?」
口を挟む間も無く二人のやりとりをただ見ていただけだったシホは、お嬢様、と言う言葉が自分を指すと気づいて飛び上がりそうになった。

「人が悪い…母上から聞いているだろうに。彼女はシホ・ハーネンフース。ジュール隊の副隊長で、俺の婚約者だ」

俺の婚約者。
その言葉がシホの耳から脳に届き、意味を理解するまでに数瞬の間があった。
「シホ?」
名を呼ばれ、同時に顔がかぁっと熱くなる。
「あ、あの、シホ・ハーネンフースです!この度はよろしくお願いいたしますっ!」
ぴょこん!と音がしそうな勢いで頭を下げるシホに、イザークと工房の主は小さく笑った。

案内された部屋に入ると、ふわりと清涼な香りがシホの鼻を掠めた。
「初心者向けの柔らかいものでということだったので、蝦夷松か檜か迷ったのですが…」
「檜で正解だと思うぞ。香りがいい。加工もしやすそうだ」
眼前に積まれた木材はヒノキというらしい。あまりそういったことに詳しくないシホだったが、確かに心が落ち着く良い香りだと思った。
「では一通りの道具をお持ちします。しばらくお待ちを」
主が微笑み部屋を出て行くと、イザークはシホに向き直った。
「訳が分からない、といった顔だな」
「…だったらそろそろ教えて下さってもいいのでは?」
くつくつと肩を震わせながら笑う恋人の姿に、シホはむっと頬を膨らませた。
生来負けず嫌いな性格なのだ。自分だけ何も知らないまま、というのはいささか性に合わない。
「…この間話をしただろう?リアンの誕生日プレゼントの話だ」
予想外の言葉に、シホは目を丸くした。
「確か、積み木…とおっしゃってましたよね?」
「ああ。だがその辺に売っている既製品では面白みに欠ける。そこで俺は考えた。──自作すれば良いと」
「なっ…自作?!じゃあこの木材は」
「そう、積み木の材料だ。俺とお前で作った世界で一つしかない積み木を贈る。あのディアッカがどんな顔をするか興味が湧かんか?」
滅多に見せることのない悪戯っ子のような表情を浮かべたイザークを前にシホは唖然とし──笑顔で頷いた。

それから二人は工房の主の指導のもと、積み木作りに着手した。正方形や長方形や三角形の形を木材に下書きし、糸鋸でまっすぐ切っていく。元々手先が器用な二人なので、作業は問題なく進んでいった。
だが、状況は一変した。今作っている形以外にも、円形など様々な形があった方が遊びにも奥行きが広がるのではないか、とシホが提案したのだ。
確かに一理ある、とイザークも賛同し、主が出してきてくれたジグソーと言う工具を借りて、新たに円形の積み木作りが始まった。
ジグソーとはブレードと呼ばれるノコギリ状の歯を上下に動かして木材や金属を切断する工具だ。ブレードが細いので曲線を切ることも出来る。言い出した手前、私がやります!と円形はシホが担当していたのだが、直線とは勝手が違ってなかなかに難しい。
「よいしょ、っと…これ、結構難しいですね。綺麗な曲線になるといいのですが」
手にしたジグソーを側の作業台に置き、シホは額の汗を拭った。
「疲れただろう。俺が代わる」
「いえ、イザークこそお疲れでしょう。たくさん任せてしまったし。それにもう少しでコツが掴めそうなんです」
負けず嫌いの血が騒ぐのだろう。少しだけムキになるシホにイザークはす、と手を伸ばし──黒髪に指を絡めるとそのまま啄ばむようなキスをした。
突然の行為にシホの体が硬直するのが分かり、イザークは重ねたままの唇を小さく綻ばせた。
「──っ、イザ、ちょ…んっ」
開いた唇の隙間から舌を差し込み、ついばむだけだったキスが深いものへと変わる。
そっと目を閉じたシホの手から、ころん、と積み木がこぼれ落ちた。

「……反則です。あんなの」
「本能に従ったまでだが?小休憩も取れたし悪いものではなかっただろう」
「…やっぱり反則です!もう!」
突然のキスにうっとりしてしまったシホは結局言われるがままにジグソーをイザークに譲り、代わりに渡された紙やすりを手に唇を尖らせていた。
ただ積み木の形に切っただけでは幼児の柔らかな手を傷つけてしまうため、すべてのパーツにやすりをかけて滑らかにする必要がある。根気は必要だがジグソーを使う作業より体力的にもだいぶ楽なものであり、根を詰めすぎなシホを休ませつつ仕事を与えるにはちょうどいい内容だ。
無論シホもイザークの思惑には気が付いていて、ついがむしゃらになってしまう自分の性格に少しばかり照れも感じていたのだった。
「なんだか最近…イザークは私に甘すぎます」
「ん?そうか?恋人を甘やかすのはごく普通な気がするが」
「そうかもしれませんけどっ!でも、なんだか、その…幸せ、すぎて…困ります」
口ごもりながらも耳まで真っ赤にして俯くシホはやはりとてもかわいらしくて。
「…その話は自宅に戻ってからだ。俺の理性が保たん」
「…へ?は、い…?」
白磁の肌をほんのり赤く染めたイザークを前に、シホは小さく首を傾げた。

***

アプリリウス・ワンにあるイザークの自宅へ二人が辿り着いたのは、日付も変わろうかという時間だった。
あれから積み木を作り上げ、さらに簡単な車のおもちゃをイザークが作り、シホが色を塗った。
成長が早いとはいえまだ一歳ならば何でも口に入れてしまうだろうと色をつけるかどうかしばし思案したが、主人の勧めで舐めても安心な米ぬかを原材料にした塗料を使うこととなったのだ。
パーツの組み立てはイザークがあっという間にやってのけたが、やはり細かい作業はシホの方が得意で、二人の意見を取り入れながら仕上げた車は手作りと思えない出来栄えだった。
檜を使った積み木の方はあえて色を塗らず木の風合いや香りを楽しめるようにし、柔らかな綿の袋に詰めて完成だ。
気付けば夕刻になっており、二人は主に礼と慌ただしい暇の侘びを告げた後、シャトルでアプリリウスに戻ってきた。
そして誕生日プレゼントにふさわしいラッピングを閉店ギリギリまで二人で吟味し、簡単な食事を済ませてようやく帰途についたのだった。
「お疲れ様でした、イザーク」
「ああ、シホも疲れただろう。すぐ風呂を準備する。今夜は泊まっていくだろう?」
「う、あ、はい」
すでに何度も身体を重ねている間柄なのに、シホはどうしても照れが抜けないようだ。
もじもじする姿がおかしくてくすりと笑みを浮かべながら、イザークは浴室へと消えていった。

重い瞼をなんとかこじ開けると、カーテンの隙間から仄かな明かりが差し込んでいた。
シホは隣で眠るイザークにそっと身を寄せる。
軍人として鍛錬を積んでいるつもりだが、今夜はなぜかひどく体力を消耗してしまった。
……いつもより時間をかけて愛されたせいだろうか。
イザークはいつだってとても優しくシホに触れてくれる。かつての苦すぎる記憶を上塗りするかのように、何度も言葉で伝えてくれる。愛している、好きだ、と。
それを幸せと感じれば感じるほど、胸の奥底からどす黒い何かが湧き出してくるのだ。
そう多くはないが、折に触れて二人の関係を公言してきたのはイザークなりの覚悟の表れだろう。
彼の母であるエザリア・ジュールもジュール隊の皆も自分たちを温かく見守ってくれている。だから今、シホはとても幸せなはずなのだ。
もはや二人の婚約は半ば公然の秘密となっている。
今年中には社交界に向けて正式に発表をし、そのまま入籍することになるだろう。

──ハーネンフース家の…母の妨害が入らなければ。

今更になって歌の世界への復帰を目論む母は、ジュール家の一人息子と婚姻を結ぶシホを利用しようとしている。
もともと自分の後継者として、それに見合ったコーディネイトをシホに施したのだ。戦いの最前線に赴くシホを知り流石に諦めたものと思っていたが、父を通し、またイザークとエザリアに直接書状を送りつけるなどしてどうにかつなぎを取ろうと目論んでいるのは明らかだった。
結婚にあたり、両親の存在を避けて通ることは出来ない。だが一筋縄で行くとはどうしても思えず、思わず溜息が漏れた。
どうして、人並みの幸せを想うことも許されないのだろう。
ディアッカとミリアリアのような温かな家族を持ちたいだけなのに。
「…どうかしたか」
寝起き特有の掠れた声に、シホは小さく肩を跳ねさせた。
「ごめんなさい、起こしてしまいましたか…?」
「構わん。それで、何を悩んでいる?俺に話しづらいことか?」
さら、と髪を撫でられる。
その手の温かさに、シホの目の奥がツン、と痛くなった。
「少しだけ…不安になりました。私たちのこと」
「俺たちの?」
「はい。私たちのというか…将来のこと、です」
「母君のこと、か」
今の言葉だけで分かってしまうのか、と驚くとともに、母の行動はやはりイザークにとっても気持ちの良いものではなかったのだ、と胸が潰れそうになる。
「──シホ。お前が抱えている悩みは杞憂に過ぎない」
「……え?」
訝しげな顔をするシホに、イザークはふっと好戦的な笑みを浮かべた。
「お前の事情は既に聞いている。そうだな?」
「…はい」
「その上で俺はお前を婚約者だと公言している。母上も同じだ」
きっぱりと言い切られ、シホは息を飲んだ。
「母君の目論見は理解している。だがそれも織り込み済み、ということだ。母上とて伊達に最高評議会議員を務めていたわけではない。この程度の障害なぞ何度も潜り抜けている」
「でも…!」
なおも言いつのろうとするシホの額にキスを落とし、そのままイザークは柔らかな身体を腕の中に閉じ込めた。

「お前は、ジュール家が認めた正式な俺の婚約者だ。だから安心していい。俺が、守る」

俺が、守る。
たったそれだけの言葉に、シホの心が軽くなっていく。
この人なら必ず守ってくれる。だってイザークはいつだって真っ直ぐで、嘘なんてつける人じゃないんだから。
「…今日、ちょっとだけ想像したんです。滑稽なんですけど」
「想像?何をだ?」
積み木にヤスリをかけながらふと浮かんだ未来予想図。心の奥にしまっておくつもりだったそれを、シホは小さな声で口にした。

「いつか…私たちの子供が生まれたら、みんなでまたあの工房に行って、木のおもちゃを作るんです。家族、みんなで」

イザークが小さく息を呑む気配が伝わってきて、思わずくす、と笑みが漏れた。
「今よりもっと料理を勉強して、お弁当を持って。イザークは子供と一緒におもちゃを作って、私も色を塗って。世界にひとつしかない宝物を、作るんです」
それは家族の温もりを知らないシホが精一杯描いた未来予想図。
きっとそれは周りから見たら滑稽なくらいありきたりなのだろう。
現実はもっと厳しくて、子育てだってしたことがないから分からない。楽しいことばかりじゃないかもしれない。
それでも、欲しいと思ったのだ。そんな未来が。

「──滑稽でもなんでもない。それがお前の望みなら、必ず俺が叶えてやる」

イザークとて父の記憶など朧げでしか無い。だがその分母であるエザリアから有り余るほどの愛情を貰ってきた。
そしてシホは実母からの抑圧を受け育ってきた。クリスマスやハロウィンを祝ったこともないという。
そんなシホが思い描いた未来を、共に叶えたい。この手で幸せにしたい。
「そろそろ、前に進む時かもしれんな」
「え…」
自分を見上げる涙を溜めた紫の瞳を、イザークはどんな宝石よりも綺麗だと思った。

「近いうちに両家の顔合わせの為の場を設ける。ハーネンフース家から結婚の承諾を得て、お前の望む未来を叶える」

見開かれたシホの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「必ず幸せにすると約束する。異存はないな?シホ」
「…っ、はい…イザーク」
怖くて進めないでいた一歩を踏み出させてくれるのは、いつだってこの人だ。
私は幸せになっていいんだ。だってイザークがそう言ってくれた。
「好きなだけ泣いて構わないが、あまり目を腫らすなよ?ディアッカに何を言われるか分からん」
「その時は…っ、私が、イザークを守ります」
そう言ってぎゅっとしがみついてきたシホが泣き疲れて眠るまで、イザークはずっと長い黒髪を撫で続けたのだった。


 

本当に!大変長らくお待たせいたしました!玲美様、リクエストありがとうございます!
久しぶりに書かせていただきました、イザシホでございます。
未来予想図、というタイトルは以前ディアミリでも使っているのですが、今回はイザシホの物語にぴったりだなと思い採用させていただきました。
どうにも膠着状態なこの二人ですが、イザークは一度決めたら必ずやり遂げる男、と思っています。
いろいろなことに臆病なシホの手を取って前に進むイザークが本当に大好きです。
叶わないかもしれない、と思いながらも当たり前の幸せを望むシホのいじらしさも大好きです。
ディアミリとはまた違う愛の形ですが、これからもこのCPは菫の中で輝き続けることでしょう。

毎度お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません。
いつも遊びに来てくださる皆様には、なかなか更新されていない、とがっかりさせてしまっているかと思います。
拍手小噺等も少しずつですが進めていきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
リクエストをくださった玲美様、いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます!

 

text

2019,6,10up