Rose balsam

 

 

 

 
十二月に入ると、ぐんと寒さが増してくる。
オーブはそれほどでもなかったが、地球のあちこちに取材へ出ていたミリアリアは、真冬の厳しさも真夏の暑さも身を持って知っていた。

プラントはシステムによって気候が管理されており、擬似的な四季が設定されている。
ミリアリアはクリーニングからおろしたての厚手のコートを羽織り、総領事館を後にした。
腕時計に目を落とせば、待ち合わせまではあと三十分弱。
はぁ、と白い息を吐きチェックのマフラーに顔を埋めると、バッグから取り出した手袋を嵌めながら、ミリアリアは目的の店へと歩き出した。
 
 
「ミリアリアさん!ごめんなさい、遅くなって!」
からん、というドアベルの音とともに飛び込んできたのは、シホ・ハーネンフース。
夫であるディアッカの同僚であり、ミリアリアにとって数少ないプラントで気の置けない友人だった。
「お疲れ様、シホさん。まだ五分も過ぎてないから大丈夫よ」
手にしていたキーホルダーを棚に戻し、にっこりと微笑むと、シホもまたすまなそうに、それでも綺麗な笑みを浮かべた。
 
今日ここへやってきたのは、互いのパートナーへのプレゼントを選ぶため。
“nikori”と言う名を持つこの雑貨屋は、ミリアリアがプラントに来た頃、道に迷っていて偶然見つけた店だった。
コペルニクスや地球にまで買い付けに行くというオーナーは、穏やかな雰囲気に、話しかけやすい気さくな空気を纏った妙齢の女性だった。
度々通い詰めるミリアリアはいつしかオーナーと挨拶を交わすようになり、果てはちょっとした世間話やプレゼントの相談にまで乗ってもらうほど仲良くなっていた。
ミリアリアに誘われてやってきたシホに対してもオーナーは変わらない態度で接し、人見知りなシホも少しずつオーナーと打ち解けてきていた。
 
「で、シホさん?イザークには結局何をプレゼントすることにしたの?」
「はい、私はペアの茶器にしようかと。この間、もうすぐ入荷する、とオーナーさんが仰っていましたよね?」
「ああ、そっか。ホウセンカ、だっけ?」
「はい!」
 
シホはジュール隊の副隊長であり、同時にモビルスーツのパイロットでもある。
ディアッカから聞くところによると、女性でありながら腕も相当なものらしく、パーソナルカラーの専用機とはいかないものの、シホ専用のパーソナルマークというものがあり、機体に刻印されているらしい。
そのマークが、ホウセンカー鳳仙花ーと言う花、なのだ。
その話をたまたまオーナーにしたところ、今度コペルニクスから届く荷物の中に、鳳仙花らしき柄の入った茶器がある、と教えてくれたのだ。
シホの上官であり、恋人でもあるイザークは民俗学に造詣が深い。
普段は紅茶を好んで飲んでいるが、自宅やシホといる時にはそれ以外の茶も飲むらしいので、このプレゼントはまさにうってつけ、と言えた。
「じゃあ、早速見せてもらいましょ」
「そうですね」
嬉しそうなシホの顔にミリアリアまでつられて笑顔になりながら、二人はオーナーの元へと向かった。
 
「わぁ…すごい、綺麗!」
「思っていたより繊細な柄ですね…でも、本当に素敵です」
 
オーナーが奥から出してきてくれた茶器に、二人は素直に感嘆の声を上げた。
茶器に描かれた鳳仙花の色は、赤、ピンク、紫。そしてそれぞれの茶器に一輪ずつ、単色のものに混じって赤と白、紫と白の絞り咲きの花が描かれていた。
「もともとは単品で販売されていたものなの。でも製作者は同じ人だから、ペアとしても大丈夫だと思うんだけど…どうかしら?」
「は、はい!これにします!是非これでお願いします!」
珍しく頬を上気させたシホに、隣に立つミリアリアは思わず微笑んだ。
 
「鳳仙花の花言葉は色々あるんだけどね、その中の一つに“心を開く”って言うのがあるのよ」
「心を、開く…ですか?」
 
きょとんとするシホに、オーナーは優しく微笑んだ。
「そう。あなたってなんだか繊細な気がするから…これをきっかけに、今以上に彼氏さんに心を開いて、仲良くなれたらいいわね?」
茶器を箱に収め、丁寧に蓋をしながらオーナーはシホに向かってぱちり、とウィンクをする。
「…はい!ありがとうございます!」
こんな風に自分に接してくれる人に出会ったのは初めてで。
シホは嬉しくて、思わず子供のように大きく頷き、明るい笑顔を浮かべた。
 
 
あっさり決まったシホのプレゼント選びの一方で、ミリアリアの方はかなり難航していた。
「物にこだわりがある人だし、一度気に入るとそればっかりなんだもの。新しいものをあげるのも結構勇気がいるのよね…」
「ああ…それは言えてますね。ミリアリアさんがあげた万年筆、私毎日見てる気がします」
「でしょ?悪いことじゃないんだけど、うーん、難しいな…あ!」
「どうしました?」
「これ…」
ミリアリアは店の片隅に置かれたあるものに手を伸ばした。

「ああ、それは扇子、っていうのよ。暑い時に扇いで風を送るの。あとは舞踊…ええと、東洋の踊りの一種ね。それの小道具として使ったりもするわ」

クリスマスツリーの飾り付けに勤しんでいたオーナーが振り返り、そう教えてくれる。
「これがどうかしたんですか?ミリアリアさん」
シホが首を傾げた。
「うん…前にね、ディアッカの知り合いの方がこれと同じようなものを持ってたの。柄の雰囲気は違うけど…」
ミリアリアが手にしたそれに描かれていたのは、西洋画をモチーフにしたもの。それ以外に数点置かれていたものもすべて、男性が持つにはしっくりとこない色や柄だった。

「……もしかして、日本舞踊の関係の方かしら?旦那様のお知り合いって」
「っ、そ、そうです!どうして…?」

ツリーの飾り付けを終えたらしいオーナーは、置かれていた扇子を手に取り、慣れた動作でばちん、と開いた。
「舞踊に使う扇子は、これとは全く別物だもの。柄も素材も、お値段もね。上を見たらきりがないくらい」
「そ、そうなんですか…」
「プラントにも東洋の文化を好む人たちはいるのよ。だからこういうカジュアルなものはそれなりに需要があるの。それに、私も気に入っちゃって、ついこんなに買い付けちゃったのよね」
確かに、男性が持つとなれば話は別だが、目の前に並んだ扇子たちはどれも趣味の良い柄ばかりだった。
軍に入ると決めてから、日本舞踊からはすっぱりと遠ざかったと言っていたディアッカ。
でもそれは彼なりのけじめであって、決して日本舞踊自体が嫌いになったからではない、とミリアリアは分かっていた。
だからこれを見た時に思ったのだ。
ディアッカに似合う柄の扇子をプレゼントしたい、と。
 
 
「……ねぇ、ミリアリアさん。あなた手先は器用な方?」
「え?え、と…器用、とまでは…」
「でも不器用ではないのよね?」
「不器用ということはないと思います。だってあんなにお料理だって上手ですし」
 
 
シホの言葉に、ミリアリアはそんな、とかあの、とか口にしながら目を泳がせてしまった。
「コペルニクスではね、今ちょっとしたブームなの。東洋の小物」
「…は、い」
きょとんと顔を上げたミリアリアに、オーナーはにっこりと微笑んだ。
「今回買い付けては来なかったけど、かなり本格的な素材を使った手作り用のキットもあったわ。既製品よりお値段も手頃で。…どう?旦那様に似合いそうな柄で、それを作ってみない?」
その言葉に、ミリアリアの碧い瞳が、まんまるに見開かれた。
 
 
***
 
 
結局、ミリアリアとシホはその後一時間ほど店にいた。
オーナーの提案に悩むミリアリアの背中を押したのは、シホだった。
 
「たとえどんな出来栄えであっても、ディアッカが喜ばないはずはありません。それに、ミリアリアさんだったら絶対に良いものが出来ます」
 
その言葉とオーナーの厚意に、ミリアリアはこくりと頷き、つい今しがたまでキットの見本をネット越しにあれこれ品定めしていたのだった。
「いい柄が見つかって良かったですね」
「うん。お互いね。…あ、そうだ。ねぇ、これ見て?」
ミリアリアが手にしたのは、シホが来る前まで見ていたキーホルダー、だった。星や鍵、土星などをかたどったモチーフの中に、キラキラと星屑のようなラメが閉じ込められている。
「綺麗…」
ついシホも手を伸ばし、色とりどりのそれらを眺める。
宇宙をイメージしたのだろうか、青や赤紫を基調とした中にいくつものラメが光るキーホルダーは、決して派手ではないがどこか心を惹きつける何かがあった。
 
「シホさん。これ、お揃いで買わない?」
「え?」
 
ミリアリアの言葉にシホは驚き、間抜けな声を上げてしまった。
「子供っぽいかもしれないけど…友達どうしてお揃いのものを持つって、何かいいじゃない?あ、せっかくだからラクスにも買おっか?二人からのクリスマスプレゼント、ってことで」
シホは手にしたキーホルダーに視線を落とす。
友達。お揃い。
ザフトに入隊するまでずっと親と共に過ごしてきたシホにとって、それは初めての出来事で。子供の頃から今まで、そんなことを考えたことも、されたこともなかった。
 
「あ、えっと…好みとかもあるし、もしあれなら…」
「…いえ!これ、とても綺麗ですし、おそ、ろいで…是非!」
「本当?じゃあ、どのモチーフにする?あ、せっかくだからお互いのを選びましょうか?それも面白くない?」
「…っ、はい!」
 
少しだけ浮かんだ涙で潤んでしまった紫の瞳を細め、シホはまた子供のように笑い、頷く。
そしてカウンターの向こうからきゃらきゃらとキーホルダーを選ぶ二人を眺めるオーナーもまた、その光景に柔らかい笑みを浮かべていたのだった。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
お待たせして申し訳ありません;;2018年のクリスマス小噺は、三年前の冬コミにて無料配布した作品の再録となりました。
最近こんなのばかりで申し訳ありません…(土下座)
ちなみにこちらのお話、サイトのクリスマス小噺@2015である「It is only one in the world , you just ones」に繋がっております。
ディアミリは結婚して二度目のクリスマス、イザシホは恋人同士になって二度目のクリスマス、という設定です。
タイトルの「Rose balsam」は鳳仙花、という意味です。シホのパーソナルマークをこんなところで使ってみました(笑)

ハロウィンやら色々すっ飛ばしてクリスマス小噺に行ってしまい、申し訳ありません。
今まで時間や体調面でぐずぐずしていましたが、冬コミも終わり少し落ち着いてきました。書きたい気持ちだけはあるので、頂いたリクエストやまだ書いていないハロウィンも含め、順を追ってアップしていければと思います。
そして2018年はこの作品が最後の投稿になりそうです。
来年こそはサイトにたくさん作品をアップできるよう頑張ります!
いつも足をお運びいただきまして、本当にありがとうございます。来年もどうぞ、よろしくお願いいたします。それでは、良いお年を☆
 

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2015,12,30 C89にて無料配布

2018,12,30up