とある愛妻家の晩餐

 

 

 

 
それは、とても些細な事象だった。
 
「ねぇ。これ、お雑煮よね?どうしてお芋や白味噌が入ってるの?お餅も丸いし…」
「は?いや普通だろ。師匠んとこで食ったのはいつもコレだったぜ?」
「嘘でしょ?私、澄まし汁に鶏肉とかまぼこのしか食べたことないわよ」
 
怪訝な顔で目の前に置かれたお椀に視線を落とすミリアリアに、ディアッカはむ、と眉を顰めた。
「いいよ、別に食わなくても。他にも食うもんあるだろ」
だが、そう言われて黙るミリアリアではない。
 
「なんでそんなこと言うのよ?せっかく作ってくれたんだから食べるわよ」
「無理しなくていいって」
 
さっとお椀をミリアリアの前から取り上げると、ディアッカはキッチンへそれを置きに行く。
その突飛な行動に、ミリアリアは言葉を失ってしまって。
新年早々、食卓は微妙な空気に包まれた。
 
 
ディアッカは日本舞踊を習っていた。本人曰く、そこそこの腕前であるらしい。
ザフトのアカデミーに入学してからは稽古に行く時間もままならず、結局辞めることになってしまったそうだが、先生(師匠と呼ぶらしい)には大層可愛がられていたそうで、新年のお招きにあずかることもあったそうだ。
そして、その時に食べた雑煮が大層美味だったので、今年はそれをミリアリアに振舞ってくれるということだったのだが…。
「そんなつもりじゃなかったのにな…」
気まずいまま食事を終え、ディアッカはさっさと入浴を済ませ先に寝室へと引っ込んでしまった。
たかが食習慣の違い、と思っての発言だったが、今思えば考えなしだった。
 
ミリアリアの故郷であるオーブは日本食の文化も盛んだ。
よって、毎年正月には母の作ってくれた雑煮をミリアリアも食べていたのだが、よその家庭がどのような雑煮を食べているかなど考えたこともなかったし、そもそも雑煮に種類があることすら知らなかった。
きっとディアッカも同じだったのだろう。そして、自分が美味しいと思った雑煮を一生懸命作ってくれたのだろう。
それなのに、どうしてあんな風に言ってしまったのだろう。
自分が同じことをされたら、と想像し、ミリアリアは一人リビングで頭を抱えた。
怒る…かどうかは分からない。風習の違いだと思えば納得出来るかもしれない。
けれど──きっと、ひどく寂しい気持ちになるだろう。思い出の献立を否定されたようなものなのだから。
あの後ディアッカは怒ってはいなかったけれど、ほとんど言葉を発しなかった。
傷つけてしまったのだろうか。いや、傷ついたに違いない。
そんなことにすら気が回らなかった自分が情けなくて、思わず溜息が零れ──ぐぅ、とお腹が鳴った。
「…そういえば、ほとんど食べてなかったんだっけ」
重苦しい空気に耐えられず早々に箸を置いてしまったことを思い出し、改めて情けなさがこみ上げる。
ディアッカはきっともう朝まで寝室から出てくることはないだろうし、何かお腹に入れてもう一度考えをまとめて、明日ちゃんと謝ろう。
のろのろと立ち上がってキッチンに足を踏み入れたミリアリアは、あるものに気づいて目を丸くした。
 
 
***
 
 
「あ…美味しい」
ぽつんと残されていた鍋の中身は、ディアッカが作ってくれた雑煮だった。
あんな風に言ってしまった手前、彼の前で今更それを食べるのはどうにも恥ずかしかったが、今ならば一人で味わうことが出来る。
そう思ったミリアリアはなるべく静かに雑煮を温め椀によそうと、行儀悪くキッチンで立ったままそっと口をつけた。
魚も肉も入っていないが、ほんのりとした甘みがなんとも言えず優しい。芋も餅も柔らかくて、ついつい箸が進んでしまう。
ほっとするような温かさに、しょげて固くなっていた心が解きほぐされていくような気がしてふぅ、と息をついたその時。
 
「何してんの」
 
いつの間にそこにいたのだろう。ディアッカの声に、ミリアリアはびくりと肩を跳ね上げた。
「あ、あの、えっと…お、お腹、空いちゃって」
「…ふぅん」
胡乱げな視線に耐えきれず、俯くことしか出来ないミリアリア。
今度はキッチンを沈黙が支配した。
いけない。このままじゃ繰り返しだ。ちゃんと言わなくちゃ。謝らなくちゃ。
「あのっ、これ、美味し…」
「無理して食わなくてもいいのに」
抑揚の無い声に、ミリアリアの言葉は遮られた。
「それ、処分するからどいてもらっていい?」
「しょ、ぶん?」
「保存食じゃないんだから置いといてもしょうがないだろ。捨てて鍋も洗っとくから、風呂でも行けば?」
さらりと放たれた言葉にミリアリアは絶句し──頭の中が真っ白になった。そして。
ぱん、と乾いた音がキッチンに響いた。
 
「いっ…て」
「ディアッカのバカ!ひねくれ者!意地っ張り!どうしてそんなことするのよ!」
 
叩かれた頬に手を当て、今度はディアッカが絶句する番だった。
 
「私が無神経だったのは認めるわよ!でも、だからってどうして捨てようとなんてするの!大事な思い出だったから作ってくれたんでしょう?」
「っ…俺の勝手だろ!お前こそなんでこそこそ食ってんだよ?変な気使って無理に食う必要なんて」
「こそこそなんかしてないっ!!」
 
じんじんと痛む手のひら。だけどそれよりも胸が痛くて。ミリアリアはディアッカの言葉を遮って怒鳴った。
「美味しい、って、言おうとしたのに…ディアッカにとって大切な思い出だったのに、頭ごなしにあんなこと言ってごめんなさい、ってちゃんと謝ろうと思ったのに…」
泣いちゃだめだ。泣きたいのはディアッカの方だったはずなのに、ずるい真似はしたくない。それに、これじゃ八つ当たりだ。そう思えば思うほど感情が制御できなくて。
「無理なんかしてないのに…すごくほっとする味で、もっと食べたいくらいなのに…」
「…お、おい。ミリアリア」
ぼろぼろと涙を零しながら、ミリアリアは拳を握りしめて再度怒鳴り声を上げた。
 
「捨てるなんてされたら私、もう何も言えないじゃないっ!謝ることも出来ないじゃないっ!!」
 
深夜に近い時間のキッチンに響く自分の嗚咽。
再び訪れた沈黙に、ああ、呆れられてしまった、と心が急下降する。
子供みたいに泣いて駄々を捏ねて、ディアッカを悲しませて困らせて。本当にばかみたいだ。ばかなのは、私だ。
と、背中にぬくもりを感じ、ミリアリアは顔を上げた。
「……へ?」
いつの間にそばへ来ていたのだろう。目の前にはディアッカが立っていて、ミリアリアはその腕の中にいた。
まるで壊れ物に触れるかのような優しい抱擁に、間の抜けた声が口から飛び出す。
「……ごめんな」
耳元で囁かれた言葉にぎょっと目を見開き、ミリアリアは勢いよく首を左右に振った。
「ひっく、な、謝るの、は、わたし」
「お前が言う通り意地張って拗ねてた。ガキみてぇ」
「っ…わたし、も。ごめんなさい。せっかく作って、ひっく、くれたのに、無神経で…」
そこから先はもう言葉になどならず、ただ泣きじゃくるミリアリアをディアッカは優しく抱きしめたままでいてくれた。
時々ぽんぽんと背中を叩いてくれて、その温もりに膝から崩れ落ちそうになる。
ああ、やっぱり、好き。この人を信じて、この人に選ばれて、良かった──。
 
 
ぐうぅ。
 
 
密着した体から聞こえてきた音に、ミリアリアも、そしてディアッカも息を詰めた。
今の音は、もしかして。
「…ディアッカも、おなか、空いたの?」
そういえばさっき、ディアッカもあまり食が進んでなかったような気が、する。
見上げた恋人は、気まずげな顔でそっぽを向いていた。
 
 
***
 
 
「ご馳走様でした」
「こんな時間にこれだけ食ったら太りそう」
「ディアッカは大丈夫でしょ。訓練だってあるんだし」
結局あの後二人は一緒に準備をして食卓を囲んだ。
温め直した雑煮はやはり美味しくて、結局二人で食べつくしてしまった。
「どうして餅が丸いかっていうとさ、円満でありますように、って験担ぎなんだって」
「験担ぎ?」
食器を下げながらミリアリアが首を傾げると、スポンジと洗剤を手にしたディアッカがくすりと微笑んだ。
 
「丸餅は円形だから角がないだろ?それにあやかって、角が立たず円満でありますように、って意味」
「へぇ…!言われてみればそうよね。何だかそういうのって嬉しい」
「効果はあったじゃん。新年から喧嘩しないで済んだし?」
「…うん。そうね」
 
確かに、早速丸餅にあやかってしまったのかもしれない。
こうして笑いながら話が出来て、一緒に食卓を囲むことが出来て本当に良かった、とミリアリアは思う。
「…お雑煮の効果って、いつまで続くのかしら」
「一年…って言いたいところだけど、俺は死ぬまで続いて欲しいと思ってるかな」
さりげなく落とされた言葉にミリアリアはきょとん、とディアッカを見上げ──花が咲くようににっこりと微笑む。
そして恋人の両手が塞がっているのをいいことに、その唇を奪ってやったのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

新年初めてのBlog拍手更新です。 
以前Twitterで某様より頂いたリクエストの内容をもとに、お正月のお話を書いてみました。 
長編とは別な、運命終了後、恋人設定のディアミリです。 

お雑煮についてですが、一応京都のものを参考にしております。 
とはいえ菫は関東民。よってネットで得た知識のみで書いておりますので、もしかしたら 
実際と違うかもしれませんが、その辺はどうぞお許しください;; 
丸餅のエピソードもネットで知ったのですが、これはさりげなくプロポーズにも使えるのでは…?!とラスト部分に使わせて頂きました。 

皆様はどのようなお正月をお過ごしになられたでしょうか。 
2018年も素敵な一年になりますように! 
最後までお読み頂きありがとうございました♡今年もよろしくお願いいたします! 

 

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