たくさんの愛を、あなたたちに

 
 
 
 
二月十七日。
ミリアリアはくぅくぅと寝こける夫と息子を起こさぬよう、そっとベッドを抜け出した。
今日はミリアリアの、二十四回目の誕生日だ。同時にこの家へと越してきて、ちょうど今日で一年になる。
まだ婚約者だった頃、暴走したエアカーに撥ねられ記憶を失ったディアッカと過ごしたエルスマン家の別邸。
辛いこともあったし何度も心が折れかけた時もあったが、同時にここはディアッカへの想いを再確認出来た場所でもあった。
 
去年まで暮らしていたアパートにもたくさんの思い出があるが、ミリアリアは義父であるタッド・エルスマンがディアッカに生前贈与してくれたこの別邸をとても気に入っていた。
しっかりした重厚な造りと最新のセキュリティ。息子が遊ぶのにちょうどいいくらいの小さな庭。
部屋数が増えた分掃除は大変だが、家族が増えたことを思えばなんてことはない。
窓を開けて部屋の空気を入れ替えた後に着替えを済ませ、ミリアリアは外に出た。
 
 
 
「…ミリィ?」
目覚めたばかりの声は掠れていて、それを自覚した途端喉の渇きを感じディアッカは起き上がった。
んん、とリアンが小さく声をあげひやりとさせられたが、すぐにまた寝入ってしまったようだ。
もうすぐで一歳になる、二人の愛の結晶。
柔らかな頬にそっとキスを落とし、ディアッカは静かにベッドから離れた。
 
リビングのカーテンはすでに開かれていて、朝の光が降り注いでいる。だが室内に人の気配はない。
ふと思い立ちカーテンに手をかけたディアッカの目が僅かに見開かれる。
庭の隅にしゃがみこんでいるのは、今日誕生日を迎えた大切な妻だった。
なぜ、早朝とも言えるこんな時間に、あんなところに?
まさか体調でも悪いのか、と背筋を冷たいものが走り、ディアッカは慌てて窓を開け妻の名を呼んだ。
 
「ミリィ!ミリアリア!」
 
切羽詰まった声に驚いた様子でミリアリアが振り返る。
「あ…おはようディアッカ。どうしたの?リアン起きちゃった?」
小さな籠を抱え、ミリアリアは首を傾げる。
ひとまず大事に至った訳ではないことにディアッカは胸を撫で下ろした。
だが、窓から吹き込む冷たい風にすぐさま眉を顰める。
「おはよ。こんな時間から何してんの?寒いだろ」
相も変わらず過保護で心配性な言葉に、ミリアリアはきょとんとした後ふわりと微笑み、すぐ戻るから、と再びしゃがみ込んだ。
 
 
 
「これが小松菜でこっちがほうれん草。あ、ルッコラはすぐ使いたいから別にしておいてくれる?私、人参洗っちゃうから」
籠を指差しててきぱきと指示を出し、ミリアリアは冷蔵庫の扉を開けジャガイモを取り出した。
 
「…えーと。ミリアリアさん?」
「なに?」
「ったく…なに?じゃねぇっつーの。誕生日くらいゆっくりすりゃいいのに」
 
こつん、と軽く額を指で弾くと、む、とミリアリアは唇を尖らせた。
「誕生日だから収穫したの!これは自分へのプレゼントなんだから」
「は?自分への…プレゼント?」
目を丸くするディアッカにジャガイモとピーラーをさりげなく手渡し、ミリアリアは得意げな表情を浮かべた。
 
「リアンが産まれて、家にいる時間が増えたでしょ?だから、庭の隅っこに家庭菜園を作ったの。お散歩ついでに種を買ってきて、リアンと一緒にお水をあげて、やっとこれだけ育ったのよ?」
「…これ、庭で作ったの!?」
「うん。リアンはまだ理解出来ないかもしれないけど、種を蒔いてお世話をして、そうして実ったものを口にするんだ、って知って欲しくて。それに私もこういうの結構好きだしね」
 
いわゆる上流家庭に生まれたディアッカにとって、野菜とは店で買うもので。
もちろんユニウスなど農業プラントの存在を知ってはいたが、そこにはきちんとした設備と環境が整っている。だがここアプリリウスにそのような設備はもちろん無い。
なのに自宅の庭先でそんなことが出来るなんて、とただただ驚いてしまったのだ。
 
「…去年の誕生日、私が言ったこと覚えてる?」
「…あ」
 
昨年のプレゼントは、ミリアリアの負担を少しでも減らしたくて圧力鍋を購入した。
どこで聞きつけたのか、シンからは「なんていうか…プレゼントのセンスがもはや息子ですね」などと言われ、シホとイザークは肩を震わせていたものだった。
その圧力鍋はリアンが産まれ、あと一月で一歳になろうとしている現在も立派に活躍している。
そして、昨年の今日ミリアリアがくれた言葉をディアッカが忘れられる訳がなかった。
「…また明日から、ここでたくさんあなたの好きなものを作って帰りを待ってる、だよな」
「ふふ。覚えててくれたのね」
ベーコンを刻む手を止め、ミリアリアは嬉しそうに微笑んだ。
 
 
「まだリアンも産まれてなくて、これからのことなんて想像もつかなかったけど、今はこうして自分が育てた野菜であなたたちにご飯を作れることが嬉しいの。幸せだな、って思えることがたくさんある。何より家族でこうして一緒に暮らせることが最高の誕生日プレゼントだわ」
 
 
──ああ、ほんとうに、かなわない。
何だってくれてやりたい。ドレスでも宝石でも、望むなら何だって。
だがミリアリアは何も望まない。いや、そんな有り体のものを欲しがったりはしない。
だからこそこんなにも好きになったのだ。夫婦に、そして親になった今でも彼女に恋をしてしまうのだ。
かつての自分なら鼻で笑ったかもしれない。大切なものなど持っていなかったかつての自分なら。
だが今の自分は持っている。何より大切な宝物を、ふたつも。
ツン、と目の奥が熱くなり、ディアッカはミリアリアに気づかれないよう深呼吸をするとジャガイモをいくつかの塊に切り分け、水を張った圧力鍋に入れ火をつけた。
泣くこと自体、子供の頃にもほとんどなかったのに。
好きすぎて、幸せすぎて涙を流すなんて考えたこともなかった。だが、そんな感情を教えてくれたのもまた、ミリアリアなのだ。
こみ上げる想いを抑えきれず、ディアッカはそれをそのまま言葉に乗せた。
 
「…誕生日おめでとう、ミリアリア。生まれてきてくれてありがとな」
「え?どうしたのよいきなり。でも…ありがと、ディアッカ」
 
はにかんだ笑みを浮かべながらも手際よくフライパンにベーコンを放り込み、ミリアリアはご機嫌でディアッカが洗ったクレソンを皿に盛り付けて行く。
この分だと、朝食はクレソンとローストベーコンのサラダ、リアンの離乳食と兼用できるマッシュポテトあたりになるのだろう。
リアンが目を覚ましたら朝食を摂って、公園に出かけて予約していたケーキを取りに行って。
さて、今年のプレゼントはどんなタイミングで渡すべきだろうか?
「ねぇ、オリーブオイル…って、どうしたの?難しい顔して」
顎に手を当て思案していたディアッカははっと我に返り、怪訝な表情で首を傾げる愛しい妻に向け極上の笑みをもってひとつの提案をした。
 
「あのさミリィ、今夜抱かせて?」
「だっ…」
 
音がしそうな勢いで頬を真っ赤に染め上げたミリアリアは口をぱくぱくとさせた後、うろうろと碧い瞳を泳がせた。
「朝から何言ってんのよ、もう!と、とりあえずそれについては前向きに検討しておくから、オリーブオイル取って!ベーコンが焦げすぎちゃうでしょ!」
「はいはい。ミリィってそういう所、かわいいよな」
「っ、手元が狂うからそういうこと言わないの!」
恥ずかしがり屋な所はきっと、いつまで経っても変わらないだろう。自分が彼女に向ける想いと同じように。
「これでいい?」
ミリィの手作りドレッシングはマジで美味いんだよなぁ、と頭の片隅で思いながらディアッカは瓶を手渡し、そのまま身を屈めて優しいキスをひとつ、柔らかな唇に落とした。
 
 
 
 
 
 
 

 

遅くなってしまって大変申しわけありません!!
ミリアリアお誕生日御祝小話@2018となります。
昨年の小噺「たくさんの愛を、君に」の続編とさせて頂きました為、名前だけですがリアンくんも登場します♡
彼はパパと同じお誕生日なので、きっとディア誕の際に活躍してくれることでしょう(笑)

何気ない日常の風景を書きたくて考えたこちらのお話、いかがでしたでしょうか?
民間人として巻き込まれ、結果として二度の戦争を乗り越えてきたミリアリアとっては何でもないような日々がすごく幸せに感じるのではないかと考えながら書きました。
タイトルはミリアリア視点なのですが本文はディアッカ視点という何とも言えない結果となってしまいましたが、一人でも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。
いつもサイトの方に足を運んで下さり、ありがとうございます!
皆様にこのお話を捧げます。
そして、HAPPY BIRTHDAY Miriallia!!

 

 

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2018,2,21up