展望室から見える宇宙は、静けさに満ちていた。
先ほどまで小規模とはいえ戦闘が行われていたなんて信じられない。
いや、それ以前に自分自身が戦艦に乗って、戦争のど真ん中にいること自体が夢のような気がした。
そして隣にいるのがトールではなく、ザフトのコーディネイターであることも。
ディアッカはひどく疲れた顔をしていた。
多分それはミリアリアも同じだろう。
それでも、心配で。
「眠れないの?疲れた顔、してる」
そう声をかけると、ディアッカは驚いた顔で振り返った。
「どういう風の吹き回し?なに、心配してくれてんの?」
シニカルな笑みと揶揄うような言葉に、一瞬にしてかっと頭に血が昇る。
「なによ、心配しちゃ悪いの?いつもそうやってはぐらかして…あんたのそう言うとこ大嫌い!」
「知ってる」
短い切り返しに、ミリアリアははっと我に返る。
そうじゃない。嫌いじゃ、ないのに。
意地を張って、はぐらかされて。こんなんじゃきりがない。
こんな非生産的で無駄なやりとりはもうたくさんだ。
ミリアリアはそっと手を伸ばし、赤いジャケットの端を掴む。
それが合図だったかのように、ディアッカの手がジャケットを掴むミリアリアの手に重ねられた。
「ごめん。……嫌いじゃ、ない、から」
「それも知ってる」
ああ、ばかみたいに、優しいひとだ。この男は。
いっそ嫌いと言ってくれたらいいのに。
意地悪で我儘な、一番醜いミリアリアを受け止める必要なんて、このひとには無いのに。
「なんで、怒んないのよ…私、ひどいこと言ってるのよ?」
「さぁ、なんでかね。俺もわかんね」
ミリアリアの頬に零れ落ちた涙に、ディアッカはそっとキスを落とす。
ほら、またそうやって自分の痛みなんて後回しにして、こんな私を甘やかして。
「おやすみ、また明日な」
耳元で囁かれた言葉と、離れていく大きな手。
離れたくない。ひとりでいて欲しくない。
気づけば再び、赤いジャケットを掴んでいた。
勢いにまかせ、訝しげな顔で首を傾げるディアッカを見上げる。
「私も、眠れないの」
一寸の静寂の後、ディアッカははぁ、と溜息を吐いた。
「…狙って言ってる?つーか意味分かってる?」
「何が、よ」
「そんな顔して人のジャンパー掴んで、挙げ句の果てには私も眠れない、ってさぁ…俺の忍耐を試してんの?」
「…そうよ。試してるのよ。何をすれば殻が割れるのか試してる」
「殻…?」
涙で濡れた瞳できっ、と睨み上げられ、ディアッカの心臓が大きく音を立てた。
「そうよ!大体何なのよ!辛いくせにいつだって一人で抱え込んで、なんでもないふりしてヘラヘラ笑ってはぐらかして。怒りたい時には怒りなさいよ!私のことなんて甘やかしてないで、後回しにしなさいよ!どうしてあんたは自分を大切にしないのよ!」
一気に言葉を吐き出し、ミリアリアは肩で息をする。
新たな涙が零れ落ち、宙を舞った。
その涙を拭うことも忘れ、ぽかんとしたままのディアッカに尚も詰め寄ろうとしたが、一度溢れてしまった感情は制御出来ずにミリアリアはしゃくり上げた。
「…なんで、泣くんだよ」
呆然としていながら、何か別の感情を含んでいるかのような声。
答えたくても涙と嗚咽は止まらず、ただ唇を噛み締める。
と、一度離れたディアッカの手が戸惑うようにミリアリアを引き寄せ、ぎこちなく胸の中に閉じ込められた。
「…怖い、のよ…!そうやってなんでも…ひっく、我慢、して、飲み込んでたら…いつかあんた、ぽっきり折れちゃう…!」
不安をそのまま言葉に乗せれば、さらに涙が溢れた。
ぎぎ、と音がしそうな手つきでディアッカがミリアリアの頭を撫でた。
「お前は…俺に、どうして欲しいんだよ」
普段からは考えられないほど、弱い声。震える手。
そう。それでいい。我慢しないで欲しい。私だって、我慢することをやめたのだから。
「辛い時は…辛いって、ひっく、ちゃんと、言って。がまん、とか、やめて…っ」
不意に抱き締める腕の力が強まり、そのまま二人の体は宙に浮いた。
「…なら、そばにいてよ。ずっと」
ふわふわと無重力の中を彷徨いながら紡がれた、真実の願い。
見上げた紫の瞳が、今まで見た何よりも綺麗だ、と思いながら、ミリアリアはこくりと頷く。
「だったら…いなくならないで。わたしの、そばから」
ゆっくりと近づいてくるディアッカの唇から零れる吐息を感じ、ミリアリアは瞳を閉じる。
初めて触れたそれは、存外柔らかくて、熱かった。
AA時代の二人。ヤキンの少し前あたりのお話です。
ディアッカはメンデルでイザークと再会済み。
似たようなお話ばかり書いていますが、菫の中のディアミリはこんな感じがデフォなのです。
シリアスでやや甘めな作品となりましたが、お気に召して頂ければ嬉しいです!
2017,10,13拍手up
2018,2,6up