Fashion Check III

 

 

 

 

「ディアッカさん。ミリアリアさんもこちらにいらっしゃるそうですわね」
桃色の髪をなびかせ自分を振り返るラクス・クラインはなぜか楽しげに微笑んでいた。
「ええ、仕事で…。なぜそれを?」
「先程ダコスタさんから伺いましたの。まるで別人のようだったそうですわ。ふふ、あんなに顔を赤くしたダコスタさん、わたくし初めて見ましたわ」
「別人…はあ、そうですか」
化粧でも変えたのだろうか?いや、そもそもミリアリアはメイクが苦手で、わざわざ今日のためにそんなことをするとは思えない。
顔を赤らめたダコスタの件は少しばかり気になったが、ラクス・クラインの謎めいた言動はいつものことだ。
国防委員会主催のパーティーが催されている歓談室へ向かう道すがら、ディアッカの脳内はすっかり仕事モードに切り替わっていた。
 
 
 

「みなさまこんばんは。ラクス・クラインです。本日は…」
ラクスの斜め後ろに控えながら、ディアッカはミリアリアの姿を探していた。
そこそこに着飾った紳士淑女の中でオーブの軍服姿はかえって目立つのに、今日はなぜかその姿が見当たらない。
と、壁際にちょっとした人の輪が出来ていることに気づき、ディアッカは何の気なしに目をやって……ぴきん、と固まった。
 
シンプルだが上質のネックレスにイヤリング。白い肌を引き立てる、絶妙なトーンのシルクベージュのドレス。いつもよりしっかりと施されたメイク。
滅多にしないアイメイクのせいだろうか、まぶたにきらめく薄いラメが碧い瞳をさらに美しく見せている。
取り巻いている男どもは多分、今日の会議に出席したお偉方の秘書か何かだろう。
さっと差し出されたシャンパングラスに目を丸くし、それでも人好きのする笑顔でそれを受け取っている自分の妻──ミリアリアを、ディアッカはただ呆然と見つめていた。
 
「よ。久しぶり」
「おわっ!って、あ、アリー?!」
 
突然肩を叩かれ振り返った先に知己の姿を認め、ディアッカは目を見開いた。
アルフォンス・ジュールはイザークの従兄弟にあたる。
幼い頃から何かと接点がある、ディアッカの数少ない友人の一人だった。
 
「なに慌ててんの?」
「あ、いや、あの」
「似合ってるよな、あのドレス。派手すぎないし、こういう場にはふさわしい」
「……なんで軍服じゃねーんだよ、あいつ」
 
案の定な反応をするディアッカに、アリーはこみ上げる笑いを必死で抑えた。
「ラクス嬢の護衛はいいのか?もう挨拶終わったみたいだけど」
「あ?ああ、良かねぇけど…っ」
ディアッカの視線を追えば、ミリアリアと国防委員の秘書の一人が握手を交わしていた。
差し出された名刺をミリアリアは笑顔で受け取り、秘書の男の顔が僅かに赤らむ。
「あの男、人の嫁さんに…っ!」
「奥様、である前に、在プラント・オーブ総領事館の特別報道官よね?」
飛び込んできた声に、今にも走り出そうとしていたディアッカの足がぴたりと止まった。
 
「なっ…シェリー?」
 
アリーの妻であり、国防委員の秘書という肩書きを持つシェリー・ジュールはしてやったり、とばかりに満足げな笑みを浮かべた。
「この数時間で知り合いが一気に増えそうね、彼女」
「にしても、すごいよね。全く物怖じしてない。度胸あるなぁ」
シャンパングラスを片手にのんびりと会話を交わす二人に呆気にとられていたディアッカだったが、立ち直りもまた早かった。
先程とはまた別の男が、ミリアリアにシャンパングラスを手渡していたからだ。
「あの野郎…」
目の色を変えるディアッカに、シェリーは溜息をついて彼女の夫と顔を見合わせた。
「この人、こんな性格だったかしら?」
「あー、まぁ愛妻家って評判だからね」
「溺愛にもほどがあるわ…あーあ、タイムマシンがあったらいいのに」
「タイムマシン?」
シェリーは肩を竦めて言葉を続けた。
 
 
「過去の私に言ってやるの。彼の本性を。あと、あなたがどれだけ素敵な人かってこともね」
 
 
目を丸くするアリーににっこりと微笑み、シェリーはつかつかとディアッカの前に進み出た。
 
「あのドレス、似合うでしょ。私が見立てたの。アクセサリーも私のを貸したわ。びっくりした?」
「は?いや、驚いたは驚いたけど、なんでそんなこと…」
「彼女の見識を広げるためよ。ミリアリア・エルスマン特別報道官に興味を持つ人間はそれなりにいるのよ?女としてだけじゃなく、ナチュラルという括りとしても、仕事相手としてもね」
「…どういう意味だよ」
「ドレスコードのひとつやふたつ、どうして教えてあげないの?あなたなら百も承知のことでしょう?自分の妻が仕事の場で浮いてしまっても構わないとでも思った?」
「っ…」
 
ぐ、と声を詰まらせるディアッカに、シェリーはなおも詰め寄った。
「知っていて?秘書たちの間で彼女がいつも浮いていたこと。どんな時でも軍服ばかりで飾り気がないって言われてたこと」
「…それは。知らなかったけど…別にいいだろ、あいつがそれでいいと思ってるなら」
「思ってないわよ。気づいていなかっただけ。自分の奥様の真面目さはよくご存知でしょう?ま、あなたにとっては好都合よね。悪い虫も寄ってこないし?」
語尾を上げる口調はまるでディアッカそのもので。
多分シェリーは意図してやっているのだろう、とアルフォンスは妻の勝気さに内心苦笑した。
 
「でもね、今、彼女は仕事をしてるの。あなたと同じようにね。そこにそれ以外の感情が入り込む余地なんて無いわ。だってそういう人だもの。あなたみたいに器用じゃないのよ。わかる?」
「…なんかすげぇ悪意を感じるんだけど、これって気のせい?」
「あら?無関心よりマシでしょう?」
 
反撃を試みたディアッカがまたも言葉に詰まる姿に、そろそろか、とアルフォンスは二人の間に割って入った。
「シェリー、その辺で許してやって?ディアッカもさ、熱くなりすぎ。いいじゃない、自分の奥さんが綺麗でいることに問題なんかないだろ?しかもその奥さんは旦那様一筋!ってやつなんだから」
「ま…まぁ、そうなんだけどさ」
「そうね、ちょっといじめすぎたわ。ごめんなさいねディアッカ」
「え?あ、いや」
「少しは時間あるだろ?俺、飲み物持ってくるから」
そう言ってアルフォンスは人混みに消えていき、毒気を抜かれた様子のディアッカにシェリーはくすりと微笑んだ。
 
 
「……こうして二人きりで話すの、久しぶりね」
「……ああ」
シェリーはかつて遊びで抱いた女のうちの一人だ。何の因果かイザークの従兄弟であるアルフォンスと婚姻統制によって結ばれたが、以前はディアッカへの執着からミリアリアと何度かぶつかったこともあった。
なぜシェリーは、ミリアリアを助けるかのようなことをしたのだろう?
 
「シェリー。その、なんであいつに…」
「……ちょっと手を貸しただけよ。見た目だけで彼女の本質を誤解されたままなんて嫌だったから。なめられたくないじゃない。仮にも自分が認めた人を。それだけよ」
「誤解…?」
「いくら綺麗な小鳥でも、籠の中に入れて見せびらかすだけじゃ小鳥の本質は理解されないわ。小鳥だって外の世界を知ることが出来ない」
 
シェリーの言葉に、ディアッカははっと息を飲んだ。
「私の知ってるあなたは独占欲とは対極の位置にいたけど…ずいぶん上手に隠してたのね。本来の自分を」
「……うるせーよ」
「そういう子供っぽい一面も初めて見たわ」
とうとうくすくすと笑い出したシェリーをディアッカは恨めしげに見やった。
「あんたのそういう一面も初めて見たぜ」
「あら、そう?ちゃんと見ていなかっただけじゃなくて?」
確かに、そうかもしれない。あの頃はミリアリアを忘れたくて、手当たり次第に女を抱いていたのだ。
今思えば随分と非道で、そして失礼な話だとディアッカは内心自責の念に駆られた。
 
 
「ディアッカ。こんなところにいたのか。ラクス嬢はあと五分程で退出されるそうだ」
炭酸水のグラスを手にしたアルフォンスと共に現れたのは、護衛の任についているイザーク・ジュールだった。
「マジで?あー…イザーク先に行っててよ。これ飲んだらすぐに行く」
「…分かった。遅れるなよ」
隣に立つシェリーに律儀に黙礼を送り、イザークはすぐにラクスの元へと戻っていった。
 
「真面目だねぇ、あいつも」
「じゃなきゃ隊長職なんざやってられねぇよ。俺には向いてないね」
「だろうね。お前はやめといたほうがいい」
「ったく、夫婦で言いたい放題すんなよな」
 
軽く肘で小突いてやると、アルフォンスとシェリーは顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべる。
ああ、幸せなんだな、こいつら。
婚姻統制によって結ばれた二人の間には、きっと色々な出来事があったのだろう。
特にシェリーは、自分に気持ちを残したままアリーと夫婦になったのだから。
だが、こうして仲睦まじい二人を目の前にし、ディアッカは改めて二人を祝福したいと思うようになっていた。
「んじゃ俺、そろそろ行くわ」
「え?ミリアリアさんには声かけなくていいのか?」
ディアッカはシェリーに一瞬視線を移し、にやりと笑った。
 
 
「ああ。あいつだって任務中だからな。それに、家に帰れば嫌ってほど一緒だし?んじゃ…サンキューな、シェリー」
 
 
そう言ってグラスの中身を飲み干すと、ディアッカは二人に軽く手を挙げラクスの元に歩き出す。
ふとミリアリアの方に顔を向けると、こちらに気がついたのだろう、碧い瞳がまんまるに見開かれた。
『あとでな』
唇の動きだけでそう伝えると、ミリアリアはふわりと微笑み大きく頷く。
──帰ったらまず思いきり抱きしめて、そして言ってやろう。おつかれさま、と。
 
「…鳥籠に閉じ込めたいわけじゃないしな」
 
自分の溺愛ぶりは自覚しているが、少し自重しなくては。
……些か自信はないが、ミリアリアを認めてくれたシェリーの思いを無駄にしてはならない。
小さく手を振る妻に見送られ、ディアッカもまた任務を果たすべく、ラクスとともに会場を後にしたのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

久しぶりのオリキャラ、アリー&シェリー(コンビ名か笑)登場です。
Fashion Check Ⅱまでお読み頂いた方から続編も読みたい、とありがたいお言葉を頂き調子に乗って書かせて頂きました!
シェリーもびっくりなディアッカのミリィ溺愛っぷりですが、オンオフはやっぱり分けないとね(笑)
久しぶりの長編沿いのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです!

 

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2017,10,13拍手up

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