まだ見ぬあなたからの贈り物

 

 

 

 
「ミリィ、ただいま」
 
何やらガサゴソという音とともにディアッカが帰宅したのは、ちょうど日が沈んだ頃のことだった。
 
「おかえりなさいディアッカ。チキン取りに行ってくれたのね」
「ああ。デモも割と短時間で鎮圧出来てさ。なーんかこんな時間に家にいるのって久しぶりかも」
「そうね。でも良かった…今年はもうこのまま家に居られるんでしょう?」
 
キッチンで夕食の仕上げをしていたミリアリアは、クリスマス用のローストチキンを受け取り嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。結局ほぼ毎年深夜か早朝に招集かかってたけど、さすがに今年はねぇだろ」
「そっか。じゃあ着替えてきたら?盛り付けとお皿運ぶの、手伝って欲しいの」
「了解、奥様」
少しだけ膨らみ始めた妻の下腹部を愛おしげに撫で、啄ばむようなキスを落とすとディアッカは寝室へと向かった。
 
 
 
今日はクリスマス。
軍人であるディアッカはこういった時期になればなるだけ休みが取りづらい。
以前より数は減ったものの、人の多い場所を狙って反ナチュラル派のデモやテロが起こるからだ。
その度に鎮圧に駆り出されているのがザフト軍なのだが、その中でもディアッカの立場は少しだけ違っていた。
ナチュラルを妻に持つザフトのエリート将校の存在は、反ナチュラル派にとって刺激になりかねない。
よってディアッカはイザークの判断により鎮圧部隊の先頭には立たず、もっぱら軍用車などでの後方支援に徹していたのだった。
以前はそのことについて内心不満を抱えていた時期もあったが、今はむしろイザークに感謝していた。
ようやく収束した“あの方”──ジェレミー・マクスウェルの引き起こした事件で思い知ったのだ。
力だけでも財力だけでも、大切な存在を守ることなど出来ないと。
ミリアリアを生涯守ると誓った。そして守るべき存在が増えた。
だから、死ぬわけにはいかない。妻と、その体内で息づく子供のためにも。
着替えを済ませ、ベッドに放り出していた軍服をハンガーにかけると、ディアッカは急ぎ足で寝室を出た。
 
 
 
「ごめんね、大したもの作れなくて。去年も風邪引いちゃったし…」
「あのなぁ。動きすぎて転んだらどーすんだよ?それに、たまにはいいじゃん。こういうのも」
 
身重の体に無理はさせられない、とローストチキンを注文し、ケーキも原材料を吟味していると評判の店から取り寄せ済みだったが、食卓にはサラダやオムレツ、キッシュなどディアッカの好物も並んでいた。
 
「来年はチョコレートチーズケーキも作るね」
「ん?ああ、そりゃ嬉しいけど…お前その頃多分授乳中だろ?甘いもん食えんの?」
「……う」
 
来年の今頃は、この食卓にもう一人家族が加わっているのだ。
二人は顔を見合わせて、申し合わせたようにくすくすと笑った。
 
 
「はー、うまかった。ごちそうさん」
「お皿置いといてくれれば洗うわよ」
「俺がやるって。ミリィは座ってろよ」
「だって、ディアッカは一日頑張ってきたじゃない。私は家で楽させてもらったんだし、そんなに量もないからやるわよ」
 
これだけの料理を作るのだって大変だったはずなのに、いつだってディアッカを気にかけ心を砕いてくれるミリアリア。
だが今日ばかりは、座っていてもらわねば困るのだ。
「あ、そうだ!一つ頼まれてくんない?」
「何よ、急に?」
きょとんとするミリアリアに、ディアッカはパンツのポケットから時計を取り出した。
 
「これ、こないだ電池切れちゃってさ。ミリィだったら交換出来るだろ?道具と電池はそこの引き出しに入ってるからさ」
 
それはまだ二人が婚約者同士だった頃、ミリアリアが贈った腕時計だった。AAの支給品だった時計をずっと使っていることに気づいたミリアリアが、イザークやシホに協力してもらい選んだものだ。
「それだったら座りながら作業できるだろ?じゃあ俺、食後のお茶の準備するから」
機械工学を専攻していたミリアリアは、確かに時計の電池交換くらいお手の物だから断る理由もない。
それでも、こうしてミリアリアの負担を減らすべく心を砕いてくれるディアッカがとても愛しくて。
「もう…心配性なんだから。分かったわよ」
ミリアリアは少しだけ頬を染めてそう答え、時計を受け取った。
 
 
「ディアッカ、出来たわよ」
「ああ、こっちもちょうど終わったから今行く」
ディアッカはトレイにポットとカップを乗せ、ゆっくりとミリアリアの元へと向かった。
「お待たせ。時計もありがとな」
ことり、とカップを置くと、ミリアリアはにっこりしながら時計を差し出す。
「どうってことないわよ……え?」
碧い瞳がまん丸に見開かれ、ディアッカはくすりと微笑んだ。
テーブルには、“miriallia”という文字が入った桜色のマグカップが置かれていた。
 
 
「こ、れ…」
「驚くのはちょっと早いぜ?ほら」
「え?」
 
 
視線を移すと、ディアッカの前にはミリアリアのものと色違いらしいマグカップ。
シックなベージュ色のそれにも、“dearka”と名前が入っている。
 
「たまにはこういうのもいいかな、って思ったんだけど…どう?」
「これ…クリスマスプレゼント?」
「そ。ジュエリーも考えたけど、これからは家族も増えるんだし家で使うものがいいかな、って思ってさ」
 
シンプルでいて上品な色使いのマグカップに、ミリアリアは満面の笑みを浮かべ頷いた。
「うん…。名前入りのカップなんて生まれて初めてよ。すごく嬉しい!ありがとうディアッカ!」
大事そうに両手でマグカップを抱えるミリアリアに、ディアッカはほっとした表情を浮かべた。
昔さんざん遊んできた女たちにこれをプレゼントしたなら、マグカップなんて、と一笑に付されただろう。
彼女たちが欲しているものは煌びやかなジュエリーや限定のバッグ、そしてディアッカ・エルスマンの恋人、という地位だったのだから。
そんな飾らない妻が愛おしくて堪らない。そして妻の胎内に息づく二人の愛の結晶も、ディアッカにとっては何にも変えがたい宝物となっていた。
と、ミリアリアが何やらごそごそとクッションの下から包みを取りだし、ディアッカに差し出した。
 
 
「あの…わ、私も、これ」
「…俺に?」
「うん。この間検診で街に出た時、久し振りにあの雑貨屋さんに寄ったの。と、とりあえず開けてみてくれる?」
「あ?ああ」
 
 
アンティークな質感のラッピングを解くと、出てきたのは柔らかな革のキーケースだった。
「あのね…ちょうど店長さんがワークショップを開催する日だったの。革小物の。それで、空きがあるから体調が許せばどう?って言われて」
「ワークショップ…って、もしかしてこれ、お前が作ったの?!」
ディアッカは驚きに目を見開いた。
「あの、あんたって目が肥えてるでしょ?だからこんな素人の手作り品なんてって思ったんだけど、意外と形になったし上質な革らしいから…その、もし人目につくのが恥ずかしければ軍のロッカー用にでも…っ」
「すっげ…」
「へ?」
うつむいていたミリアリアが顔を上げると、そこには子供のように目を輝かせるディアッカの姿があった。
 
「使う。今すぐ付け替える。こんなん作れるなんてミリィはマジですげぇよ…!」
「え、あ、いや…そんなに難しくないのよ?教えてもらいながらだったし」
「だってこれ、世界にひとつだけだろ!あのマフラーと一緒でさ!」
 
以前ラクスに教わりながら編んだマフラーを、ディアッカは毎年愛用してくれている。
シーズンの終わりにはしっかりと店でクリーニングを施し、大切にしまい込んでくれていることも知っている。
「ありがとう、ミリィ。大事にする」
金具の取り付けをやり直した後だって隠しきれてないのに。
少しだけ縫い目がずれてしまったことだって気付いてるくせに。
それでもこうして無邪気な笑顔を見せてくれることが何よりも嬉しい。
 
「…うん。良かった、気に入ってもらえて」
 
二人きりで過ごす、最後のクリスマス。
それが嫌なわけではもちろんない。来年の今頃は、賑やかな家族が増えているのだから。
じわりと浮かんだ涙に気づかれないよう瞬きをしたミリアリアだったが、不意に腹部に走った衝撃に「きゃっ」と思わず声をあげた。
「ミリィ?」
まさか、これって。でも、もう七ヶ月だし。でも──!
訝しげに首を捻るディアッカをそっと手招きし、隣に座らせるとミリアリアは大きな手をそっと腹部に導いた。
 
「な、どうしたんだよ?もしかして痛むのか?」
「いいから、ちょっと待って!」
 
真剣な表情にディアッカは口をつぐみ、しばしの静寂が訪れる。そして──ミリアリアの腹部にぽこ、と何かが当たった。
「──今、のって…」
それはディアッカの掌にも伝わったようで、ミリアリアはふわりと微笑んだ。
「──うん。動いてる。胎動、だね」
胎動。それはミリアリアの中で、夫婦の宝物が確かに生きている証。
 
 
「クリスマスにだなんて…私たちへのプレゼントみたい」
 
 
その言葉に、ディアッカもまた柔らかく微笑んだ。
「プレゼントだな、きっと」
来年は必ず、家族で揃いのマグカップを用意しよう。
そう心に決め、ディアッカは愛おしげにミリアリアの腹部へとキスを落とした。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

たたた、大変遅くなりました…!ディアミリクリスマス小噺@2017でございます!
リアンの誕生日が三月なので、もうちょい早い時期から胎動は感じているはずなんですが、その辺は菫のご都合主義ということでお目こぼしいただければ…っ(土下座)
実はこのネタ、「天使の翼」完結時にはもう出来ていたのですがすっかり遅刻してしまいました。
クリスマスに胎動を感じる、ってなんかいいなぁ、と当時ひとり悦に入っていたというのに…情けない限りです。
そして、その前の年の扇子に引き続き、今年もミリィは手作りプレゼントです。これも菫の好み(ハンドメイド好きなので)全開です(笑)
レザークラフト、ちょっと来年から始めたいと思っているのでつい作品に反映させてしまいました。

なかなかサイトの更新がままならず、遊びに来てくださる皆様には物足りない思いをさせてしまっていると反省しています。
落ち着いたら拍手小噺や書きかけのパラレル、突発小噺などもアップしていきたいと思っておりますので、もうしばらくお時間を頂けましたら嬉しいです。
今年も残すところあと五日となりましたが、皆様はどんなクリスマスをお過ごしでしたでしょうか?
来年もこうしてディアミリの物語を書き続けていられるよう願いつつ、いつも遊びにいらしてくださる
皆様にこのお話を捧げます。
どうか一人でも多くの皆様に楽しんでいただけますように!

 

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2017,12,27up