終わらない恋

 

 

 

 

「なぁ、お前が欲しいものって何?」
「何よ、いきなり」
「だってさぁ…次にいつ会えるかわかんないじゃん。だから今のうちに聞いときたいんだよね」
 
軽い口調で紡がれた言葉が痛くて、ミリアリアは思わず目を伏せてしまった。
「…急に聞かれても、わかんないわよ」
「はは、まぁそうだよな。悪い。んじゃ…元気で」
かつ、というブーツが鳴る音に、ミリアリアははっと顔を上げる。
「──あっ…あの!ありがとう!いろいろ…っ!」
ぴたり、と歩みを止めたディアッカの赤い軍服が、ふわりとはためいた。
「……サンキュ」
そう言ってこちらを振り向かないままひらりと手を挙げ消えていくディアッカを、ミリアリアは見えなくなるまで見つめていた。
 
 
 
***
 
 
 
ミリアリアは、ディアッカのことが好きだった。
そしてディアッカもまた、ミリアリアが好きだ、と言葉にしてくれていた。
戦争が終わって、程なくして抜け殻のようになってしまったミリアリアを半ば強引に外に連れ出し、たくさん話をしてくれて、たくさん甘やかせて、泣きたい時に泣かせてくれた。
心の中に残る膿を出し切ってしまえ、とばかりに。
 
そうしていくうちに、ディアッカの存在はミリアリアの中でどんどん大きくなっていった。
トールの存在はミリアリアにとってとても大切なことには変わりない。忘れることなどありえない。
だが、それでも好きになってしまったのだ。ディアッカを。
恋をしてしまったのだ。
 
そんな中、ディアッカにプラントへの帰還要請が入った。
ショックを受けなかったと言えば嘘になる。
だが、これで良かったのかもしれない、とも思った。
あれだけの実力を持っているのだ。ただ漠然とオーブで生きていく彼の姿など、正直想像がつかなかった。
戦後の復興がままならないのはプラントとて同じ。
ならば、家族や友人の元へ戻り、その力を役立ててほしい。
ディアッカはたくさんの大切なことを思い出させてくれた。食べること、声を上げて泣くこと、笑うこと、そして──人を好きになることを。
だからミリアリアはディアッカを呼び出し、プラントへ戻ったほうがいい、と告げた。
だがその言葉にディアッカは激怒し、激しい言い合いになった。
 
「お前、俺がいなくなってもいいのかよ!」
「いいわよ別に!私はあんたがいなくても自分で考えて、出来ることをする!うぬぼれないでよね!」
 
売り言葉に買い言葉の応酬は、いつものこと。
だが、決定打のようなそれに、空気が一気に冷えた。
いいはずがない。だって、こんなにも好きになってしまったのだから。
ひとりはいやだ。もう、大切な人と離れるなんてしたくない。
違う、って言わなくちゃ。きちんと説明しなくちゃ。
 
 
「そ、っか」
 
 
先に口を開いたのは、ディアッカの方だった。
 
「俺、振られた?もしかしなくても」
「ディア…」
「つーか、これはこれでビターエンド、ってやつ?お前がそうやって立ち直ってくれるのは俺の望みでもあったわけだし?」
 
そう言って微笑むディアッカの紫の瞳に浮かぶのは、切なげな色。
ミリアリアはなすすべもなく言葉を失い、立ち尽くしす事しかできなかった。
 
 
 
***
 
 
 
傷だらけのAAはザフトの要塞で艦体修理をすることとなり、つい先刻無事入港した。
クルーたちには半舷休憩が言い渡され、ミリアリアは通路の小さな窓からそっと外の様子を伺う。
 
ユニウスセブン落下事件に端を発した二度目の戦争は、ようやく終わりを迎えた。
コーディネイターとナチュラルの未来は、これで和平への道を歩き出すはずだ。
それはオーブにいるカガリが、AAのクルーが、平和の歌姫であるラクス・クラインとキラ、ザフトを離反しオーブに戻ってきたアスラン、そしてミリアリア自身が望んでいたこと。
 
──あいつは、どこでどうしているんだろう。
 
激戦の中、何度も脳裏をよぎったアメジストの瞳。
きっとどこかで戦っている。私の、敵として。
それはミリアリアの心をしくりと痛ませたが、AAに再び乗艦し、ここにいることに後悔はなかった。
もう戦いたくない、それよりも戦争によって起こる悲劇や爪痕を、かつての自分のような何も知らないで過ごしている人たちに届けたい。
だから、AAに戻ったのだ。再び起こってしまった戦争の結末をこの目で見届けるために。
そして戦争は終わった。
これから──地球に帰ったら何をしよう。またカメラを手に戦争の爪痕を追って世界を回ろうか。
それとも、オーブに留まり復興の手伝いをしようか。
それとも……会いに、行こうか。
きっと今ならば、ラクスに頼めば会うことくらい可能だろう。何よりもラクス本人から再三声をかけられていたのだから。ここにいる間ならばジュール隊との通信も容易い、と。
きゅう、と痛む胸に手を当て、ミリアリアはひとり自嘲の笑みを浮かべた。
 
「……図々しいわよね、それも」
「なにが?」
 
耳に飛び込んできた声に、息が止まる。
まさか。でも。そんな。
そろそろと振り返った先には、少しだけ大人びたミリアリアのよく知る男。
ザフトの緑色の軍服を纏ったディアッカ・エルスマンが立っていた。
 
 
「なん、で、いるのよ」
「おせっかいな奴に聞いてさ。お前を振った女がAAに乗ってるぞ、ってね」
 
 
シニカルな口調は相変わらずだったが、紡がれた言葉にミリアリアの胸が先程とは違う痛みを訴えた。
マードックたちには勢いであんなことを言ってしまったけれど、あの時、そんなつもりではなかったのだ。
ただ、自分の想いとディアッカの幸せ、あるべき場所、種族の違い。様々なことが頭をよぎって、ぐちゃぐちゃになって。
結果、心にもないことを言って突き放してしまった。きちんと想いを告げることすら出来ないまま、道は分かたれた。
 
「ったく…なんでまたこんなとこに来ちまったんだよ。無事だったからいいものの…」
「…見届けようと思ったのよ。戦争の結末を。それに…やっぱり私は、AAのクルーだから」
 
もう、嘘はつきたくない。こうして再び会うことが出来たのだから、たとえ心は離れてしまっていてもそれだけはしたくなかった。
「ふぅん…。で?アナタサマの目に映ったのはどんな光景だったわけ?」
からかうような意地悪な口調は、まるであの時のようで。
ミリアリアはまっすぐにディアッカを見つめ、口を開いた。
 
「怖かったわ。ひとつ光が消えるごとに誰かの命も消えていく。その中のひとつがあんただったら、って思うと、すごく怖かった」
 
ひゅ、と息を飲む音が聞こえたと思った次の瞬間──ミリアリアはディアッカの腕の中にいた。
「…期待させんなよ…振られたんだろ?俺は!」
掠れた、苦しげな声。
愚かで弱かった自分のせいでこんな声を出させていることが苦しくて。
ミリアリアはあの時言えなかった答えを言葉に乗せた。
 
 
「私が欲しかったのは──誰に咎められることもなく、胸を張って好きな人を好きと言える世界よ」
 
 
それはコーディネイターもナチュラルも関係なく、好きな人を好きと言える世界。差別も偏見もない世界。
「ビターエンドじゃ、なかったのかよ…」
「あの時はそうだったかもしれないわ。でも…ハッピーエンドにしたいの。私に…人を好きになることを思い出させてくれたあなたと。手遅れ、かもしれない、けど…」
一度は別の道を歩いたけれど。意地を張って傷つけてしまったけれど。終わった関係かもしれないけれど。
私の恋は、まだ終わっていなかった。
 
「よかった。また、会えて」
 
もっとたくさん伝えたいことがあったし、聞きたいことがあった。
でもミリアリアの唇は、荒々しくて、けれども優しいディアッカの唇に塞がれてしまって。
ようやく解放された時には、膝ががくがくと震えてしまっていた。
「ミリアリア」
名を呼ばれ、顔を上げると──ずっと愛してやまない紫水晶の瞳に、囚われる。
 
 
「……俺が、必ず創るから。お前の欲しい世界を。だから、そばに居ろよ。俺はもう、お前をひとりに、したくない」
 
 
ディアッカは、最初から分かっていたのだ。ミリアリアが心の奥底にもつ喪失の恐怖を。
馬鹿みたいだ。意地ばかり張って、この人の優しさに甘えて、伸ばされた手を何度も振り払って。
それでも待っていてくれた大好きな男にミリアリアはぎゅっとしがみつき、万感の想いを言葉に乗せた。
 
 
「…うん。ひとりに、しないで。ひとりは、いやなの」
 
 
ディアッカからの返事は、壊れてしまいそうなくらいに強い抱擁と、再び落とされたキスの雨、だった。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

50000hitお礼小噺は、種終了後〜運命終了後の再会までを舞台とさせて頂きました。
「誰に咎められることもなく、胸を張って好きな人を好きと言える世界」
これはSEEDにおいて、二種族の争いの先にあらねばならないことだと私は思います。
差別や偏見のもとではありえない世界ですからね。

最近はすっかり更新もまちまちになっておりますが、いつも足をお運びくださり本当にありがとうございます。
自サイトだけでも何番線じだよ、な再会話ですが、50000hit御礼として皆様にお楽しみ頂ければ幸いです!

 

 

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2017,11,7up