「なに、これ?」
「ちょっと休憩入れれば?強いのばっか飲んでんじゃん」
ほわりと湯気の立つグラスにミリアリアはそっと手を伸ばし、「あったかい…」と呟いた。
「どうしてディアッカは酔わないの?それだって強いじゃない。ハンター、だっけ?」
「よく覚えてんな。そ、似合ってるだろ?」
「…そういえばそうね。さっきの人、すごく綺麗だったもの」
ディアッカが頼んだホット・カルーアミルクを口に運び、ミリアリアはくすくすと笑った。
「…ハンターにすら手も出されなかった私は、やっぱり魅力に欠けてるってこと、か」
言葉に詰まるディアッカを、潤んだ碧い瞳が捕らえる。
「昨日ね、荷物を取りに行ってきたの。元カレの家に」
「──あの、電話の相手?」
ミリアリアは俯き、こくりと頷いた。
「バカみたいよね。何かひとつでも彼のところに残しておけば繋がったままでいられる気がしてた。でも違ったみたい。早く取りに来て欲しい、って言われちゃった」
「それで…昨日あれから行ったのか?ひとりで」
「ええ」
両手でグラスを持ったミリアリアは、どこか儚げで。
ディアッカは黙って話の続きを待った。
無理に聞き出すようなことはしたくない。なぜか強く、そう思った。
「荷物って言っても、バレエ関係のDVDとちょっとしたアクセサリーだったんだけどね。捨ててくれていい、って言えなかった。どんな形でも顔を見て話が出来る、って思って急いで向かったわ。でも…部屋にさえ入れてもらえなかった。玄関先で紙袋ごと渡されておしまい。もう話すことは無いんだって」
ゆっくりとグラスを傾け、ミリアリアはもう一度溜息を吐いた。
「……私ね、バレエを辞めようかな、って思ってたの」
「っ、なんで…」
「彼…演出家なの。新人賞を取ったばかりだけど、新進気鋭なんて書かれてた。知り合ったのも親友の紹介だし、バレエを続けてたら関わりは残っちゃうでしょ?それに、振られたのもバレエがきっかけだったから」
「きっかけ、って…」
首を傾げたディアッカだったが、いつしか空になっていた自分とミリアリアのグラスに気づき、目線で問いかけた。
「次はストロベリーロワイヤルにしようかな。ディアッカは?」
「あ?ああ、俺はダイキリで」
反射的に思いついたカクテルを口にすると、ミリアリアがバーテンダーにそれをそのまま伝えた。
「…同じ畑の人だからこそ、分かってもらえると思ってた。どうしてもうまく踊れなかったこと、作品に対する解釈、仲間たちとのちょっとしたやり取り…今思うと、子供がその日学校であったことをお父さんに聞かせてるみたいな感じ?」
その姿は容易に想像がついて、ディアッカは頷いた。
「…でも彼はそれが嫌だったんだって。もっと普通の恋がしたかったけど、ミリィとはやっぱり無理だ、って振られちゃった」
ことりと目の前に置かれた赤い色のカクテルに口をつけ、ミリアリアは微笑んだ。ひどく、寂しげに。
「ねぇ。普通の恋、って、どういうものなの?」
「え?」
「メールや電話でたまに話して、週末はどっちかの家に泊まってセックスして、二人で遊びに行ったりすれば良かったの?」
あけすけな問いに、ディアッカは言葉に詰まった。
「…ごめん。こんなこと聞いても困るだけよね」
「あ、いや…そんなこと、ねぇけど」
ストロベリーロワイヤルを一気に半分ほど飲み干し、ミリアリアは大きな溜息を吐いた。
「おい、飲み過ぎじゃねぇ?」
「平気よ。…ディアッカは、今まで彼女とかいたことないの?」
「あー…あるっちゃあるけど、最近はずっとフリー、かな」
「さっきの人は?」
「…言わせんなよ。分かってるくせに」
思わず渋面になるディアッカがおかしかったのか、ミリアリアは小さく声を上げて笑った。
ああ、やっぱりかわいいな。
酒の力だろうか、ディアッカは素直にそう思った。
と、ポケットで震えるスマホに気づく。
「わり、ミゲルからだ。あ、ミゲルってスタジオのやつな。ちょっと待っててくんない?」
「うん。気にしないで大丈夫だからゆっくり話してきて」
ミゲルは今日夜番で、この時間はスタジオにいるはずだ。
ディアッカはバーテンダーに目配せして席を立ち、バーの外に出た。
電話の内容は、機材の保管場所が分からないという些細な内容だった。
保管場所を説明し、通話を終わらせてすぐに店内へと戻ったディアッカだったが──目の前に広がる光景に愕然とした。
「……申し訳ありません。ちょっと目を離した隙に」
カウンターに突っ伏してすやすやと眠るミリアリアの手には、空になったストロベリーロワイヤルのグラスが握られたままで。
苦笑交じりのバーテンダーの言葉に、ディアッカは引きつった笑みを浮かべ頷くことしかできなかった。
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バレエが全然出てこないまま、四話目です(笑)
ミリィの元彼ですが、多分皆様の予想通りかと思われます。
(こういうのって、パラレルならではの楽しみですよね)
失恋の傷を抱えて酔いつぶれてしまったミリアリアを、ディアッカはどうするのでしょう…?
2017,10,15up