恋の病

 

 

 

 
「ねぇとうさん、おれ、病気かもしれない」
 
神妙な顔でそう呟いたリアンに、ディアッカは読んでいた本を危うく落としかけた。
「な、え、お前どっか変なのか?!どこが痛い?」
「そういうんじゃないよ。それならもっと早く言ってるし」
「はぁ?じゃあ何だよ?」
リアンは母親譲りの碧い瞳を泳がせ、もごもごと黙り込んでしまう。
そんなところはミリアリアそっくりで、ディアッカはつい小さく笑みを浮かべてしまった。
 
「……るんだ」
「あ?」
「し、心臓が、どきどきするんだってば!あの子といると!」
「………はい?」
 
ぽかんと口を開け絶句するディアッカに、リアンは事の次第を語り始めた。
 
 
 
***
 
 
 
「──でね、おれが困ってた時、その子が黙って貸してくれたんだ、クレヨン」
「へぇ」
「でもさ、そのせいで決められた時間に絵が描き終わらなかったんだ、その子。でね、先生に注意されちゃって」
「あー…」
「おれ、外で遊んでたから先生にクレヨンのこと言えなくて、あわててその子のところに行ったんだ。今から一緒に先生のところに行こう、って。そしたらさぁ…」
 
リアンは少しだけ泣きそうな顔になりながら言葉を続けた。
 
 
「『わたしがやりたくてやったことなんだから、余計なことしないで!それより忘れ物に気をつけたら?』って怒られた…って、とうさんなに笑ってるの?!」
「い、いや、悪い…っはは…」
 
 
ディアッカは肩を震わせながらもリアンの頭を優しく撫でた。
 
「で?それからどうなったんだよ?」
「…ほかの女の子はおれのこと怒ったりしないでしょ?だからびっくりして、はい!ってお返事したんだ。そうすればほかの子みたいにニコニコしてくれるかなぁって思って。でも、その子は違ったんだ」
「どんなふうに?」
「うーん、あんまりニコニコはしてくれない。でもね、おれが造形の時間に作ったリースを見て、すごい!って笑ってくれたんだ。その時初めて心臓がどきどきして」
「…その日からそのドキドキが今でも続いてる、ってか」
「そう。ねぇとうさん、おれ病気なの?お医者さんなんだからわかるよね?」
 
真剣な顔で自分を見上げるリアンをひょいと抱き上げ膝に乗せると、ディアッカは難しい表情を作ってひとしきり小さな額に手を当てたり脈を測る素振りをした。
 
「と、とうさん…?」
「リアン。お前の病名が分かった」
「え…っ!?」
 
リアンの柔らかな渋金の髪を掻き上げ、おでことおでこをピタリとくっつけながら、ディアッカは神妙な顔で、告げた。
 
 
「病名は“恋の病”だ」
 
 
暖かい海を思わせる碧い瞳が、ぱちくりと見開かれる。
 
「…なに、それ」
「ちょい難しいかもしれねぇけど…人にはさ、誰でも一生の間にこう、気になる相手ってのができるわけ。リアンは今までそういう相手、いたことあるか?」
「ええと…ない」
「じゃあ好きな女の子は?」
「かあさん」
 
きっぱりと答えた息子に苦笑いを浮かべつつ、ディアッカは話を続けた。
 
「女の子、の括りに入ってるって知ったら、かあさん喜ぶぜ?今度言ってやれよ。あー、それでだな。これから何度もそういう相手が現れるかもしれないし、一生に一度、その子だけかもしれない。それはとうさんにも分かんねぇ」
「…うん」
「さっきリアンは初めて、って言ったよな?だからびっくりしたんだよ、心臓が」
「それでどきどきしたの?おれの心臓!」
「ああ。大きくなっていくにつれて心臓もそういうのに慣れてくるから心配すんな。薬もいらねぇよ。ああ…その子と仲良くなれたら少しは早く治まるんじゃねぇかな」
「そっか…ちょっと、がんばってみる!」
 
何か策があるのか意味深な笑みを浮かべ自室へと駆けて行ったリアンは、今年の春から幼年学校に入ったばかり。
ハーフコーディネイターということを隠さず入学させたが、スクールライフは概ね順調らしい。
 
 
それにしても、親子というのは女の好みまで似るものなのだろうか。
愛しい妻を彷彿とさせる“その子”の言動を思い出し、ディアッカはまたくすくすと笑った。
彼はこれから、いくつもの出会いと別れを経験していくのだろう。そして、恋も。
結果的に初恋が最後の恋となったディアッカだが、息子がそうであるとは限らない。
 
 
「病名は“初恋”の方が良かったかねぇ…」
 
 
どうか、たくさんの良き出会いを、息子に。
その為にも、この平和がずっとずっと続きますように。
「ただいまー。ディアッカ?ユアン?」
聞こえてきたのは大切な妻の、明るい声。
ディアッカは玄関へと向かい、おかえりの言葉と一緒にその小さな体内で育まれている新しい宝物ごと、ミリアリアをぎゅっと抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

「天使の翼」の後のお話です。
いろいろ書きたいネタはあるんですが、やっと一つ書くことができました;;
リアンは早生まれなので、4歳になってすぐスクールライフが始まってます。
ミリィは第二子妊娠中。そしてディアッカは駆け出しのドクター。
リアンとディアッカ、二人でお留守番中の一コマとして思いついたこちらのお話、いかがでしたでしょうか?
ディアッカの心情を少しでも書き表すことが出来ていたなら幸いです!

 

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2017,7,21拍手up

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