それでもやっぱり触れ合いたくて

 

 

 

 

「うん、順調ね。流産しかけたのが嘘みたい」
頭の横に置かれた超音波検査用のモニタに目をやり、ミリアリアは安堵の息を吐き出した。
「ありがとうございます」
「もう産休に入ったのよね?自宅での生活はどう?悪阻も治まったかしら」
「ええと…はい、悪阻はもう大丈夫ですし、なんだか申し訳ないくらい楽させてもらってて…。ディアッカ、お休みの日は家事も手伝ってくれますし」
「あら。模範的な旦那様じゃない。いいのよそれで。もっと使ってやりなさいな」
「はい…」
検査の後始末を済ませ、衣服を整えるミリアリアの口調の歯切れの悪さに気づき、彼女の主治医でありその夫の従姉妹でもあるマリア・エルスマンは首を傾げた。
 
 
「何か気になることがあるの?」
「え?あ、いえ…その…」
 
 
まだほとんどわからない下腹部の膨らみを労わるようにそっと椅子に腰掛けたミリアリアは、しばし目を泳がせた後、口を開いた──。
 
 
 
***
 
 
 
「行ってらっしゃい、ディアッカ」
「ん。体調は?」
「もう悪阻も治まったし大丈夫。昨日マリアさんからもお墨付きをもらったわ」
「お墨付き?」
「あ、えと、なんでもないわ。とにかく大丈夫だから、ね?」
「…ああ。行ってくる」
 
お墨付きってなんのことだ?体調?にしちゃちょっと変な表現だよな…。
そんな疑問がふと頭をよぎったが、珍しくなかなか腕の中から離れようとしない愛しい妻の姿に、ディアッカの脳内はミリアリアへの愛で一杯になってしまったのだった。
 
 
 
「はぁ……」
気色の悪い溜息はこれで何度目だろうか。
シホ・ハーネンフースは密室である軍本部内のエレベーター内で、すす、と隣に立つ男との距離をとった。
ミリアリアと何かあったのか、とも思ったが、そうであれば彼はこんな風に分かりやすい態度はしない。
「…てぇなぁ」
聴覚に優れた自分ですら僅かしか聞き取れなかった呟きに、シホは恐る恐る問いかけた。
 
「ディアッカ、何か言った?」
「あ?だからミリアリアの裸が見たいんだよ」
 
次の瞬間、エレベーター内にばごっと重い音が響いた。
 
 
 

「お前は馬鹿か」
「あーはいはいそうです馬鹿ですー。お前のカノジョは馬鹿力だけどな!」
「ディアッカ貴様…!」
「あーミリィの裸が見てぇ」
「言うな!生々しいっ!!」
 
シホに殴られた頭をさすりながら、ディアッカはふてぶてしくジュール隊隊長室のソファーにもたれかかった。
奇跡のような妊娠、そして切迫流産を乗り越えた愛しい妻に、無理はさせられない。
そう思っていたディアッカは、カーペンタリアから戻って以来そういった行為を一貫して避けていた。
だが、隣に眠る温かな体に触れられないことにそろそろ限界を感じていたのもまた事実で。
今朝の愛らしいミリアリアの姿に、抑えてきた欲望が一気に噴出してしまったのだった。
 
 
「そもそも、どうしてそう頑なに拒むのだ?その…ミリアリアとの接触を」
「接触じゃねぇよ、セックスだよ」
「やかましいっ!洒落など聞きたくないわ!確かにミリアリアの体が一番大切なことは分かるが、全くしてはいけないものでもないのだろう?」
「…は?」
「は?ではないっ!!いみじくもエルスマン博士の一人息子だろうが貴様はっ!分からなければ主治医でも父君でも教えを乞えばよかろう!」
「……イザーク、俺ちょっと市内の警備に出るわ。んじゃ」
 
 
きらり、と目を輝かせたディアッカが風のように執務室から消えていくのを見送り、イザークは盛大な溜息をついた。
 
 
 
***
 
 
 
「エルスマン先生、お客様です」
「え?アポイントなんてあったかしら…」
 
マリア・エルスマンは訝しげな顔をして論文から顔を上げた。
ここ、アプリリウスにいる間、自分が受け持つ患者はミリアリア・エルスマンのみに限定されている。
しかし彼女はつい昨日検診に来たばかりだ。
「ザフトの方ですが、どういたしましょう?」
その言葉でピンときたマリアは目を丸くした後小さく微笑み、「お通しして。それとコーヒーを。ああ、私のクリスタルマウンテンを使ってちょうだい」と看護師に指示した。
 
 
「わざわざ一人で来るなんて珍しいことね?ディアッカ」
「別にいいだろ、どうだって」
 
 
ザフトの黒服を纏い、大きな体をソファに沈めたマリアの従兄弟──ディアッカ・エルスマンは、仏頂面でコーヒーを口に運んだ。
「ミリアリアさんの検診は昨日だったわ。あなた自ら送迎したんだし、もちろん分かってるわよね?」
「俺の記憶力をなめんなよ」
「なら私に何の用があるのかしら?」
天使のようににっこりと微笑むマリアから目を逸らしながら、ディアッカは用件を切り出した。
 
「……あいつの体、その、今はどうなんだ」
「どうって?」
「切迫流産は乗り切ったよな。んで今はいわゆる安定期だろ」
「そうね。昨日の検診でも特に問題はなかったわ。母子ともに順調よ」
「……そ、か」
「あなた変わったわね、ディアッカ」
「え?」
 
正面のソファに腰掛け、くすくすと笑うマリアにディアッカはぽかんとした顔を向けた。
「あなたが聞きたいのは、妊娠中の性行為について、かしら?」
ぐっ、と言葉に詰まるディアッカの姿がよほどおかしかったのだろう。マリアはとうとう声をあげて笑い出した。
 
「何がおかしいんだよ」
「ふふ…ごめんなさい、似た者同士だなって思って、つい微笑ましくて」
「はぁ?」
「昨日、ミリアリアさんに全く同じ質問をされたわ。もっとも彼女はあなたみたいに回りくどくじゃなくて、最初から核心に触れてきたけどね」
「……はぁ?!」
 
驚きのあまりソファから立ち上がるディアッカを見上げ、マリアは言葉を続けた。
「一通りの説明はしておいたわ。長時間の行為や、体を冷やしたり、無茶な体位や激しいものじゃなければ問題ない、ってね」
「あいつが…そんなことを?」
ミリアリアはどちらかといえば奥手で、貞淑なタイプだと思う。
ミリアリアの方から誘ってきたことなど、出会ってから数えるほどだ。
それも、たいてい何かしらの理由があったり記念日だったりで、純粋な欲望のみでディアッカを欲しがることなど多分、無かった。
そんなミリアリアがマリアに、自分と同じ質問をした?
それはつまり──。
 
 
「一応、あなたにだから言っておくわ。本来プラントでは生産期まで体内で胎児を育てるケース自体が珍しいことなのは知ってるわよね。そして彼女はナチュラルなの。だからくれぐれも…」
「く、くれぐれも何だよ」
「ガツガツしたセックスはしないこと!いつもの二倍ゆっくりやりなさい。その程度で中折れするなら最初から諦めなさい。彼女が気に病むことになるわよ」
 
 
可愛らしい口から飛び出したえげつない…もとい、容赦のない言葉に、ディアッカは危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
 
「おま…中折れとかいうな!失礼だろ!」
「大丈夫、愛があれば中折れなんて些細なものでしかないわ」
「些細じゃねぇよ!つーかなんで中折れが前提になってんだよ!」
「とにかく。ミリアリアさんにはしっかり釘を刺しておいたから。無茶はしないこと、無理だと思ったらすぐあなたに言うこと、ってね。……もう、セックスが快楽を求めるためのものだけじゃないって理解してるでしょう?」
 
若かりし頃の愚行を知るマリアの言葉に、ディアッカは言葉に詰まった。
 
 
「それに…あなたの奥様の性格からして、こんなことを面と向かって私に聞くなんて相当勇気がいったはずよ。その意味をちゃんと考えなさいな。真っ赤になってたわ、彼女」
 
 
容易にその姿が想像出来てしまい、ディアッカの表情が変わった。
そう、奥手で貞淑で、ひどく恥ずかしがり屋なのだ、ミリアリアは。
真っ赤な顔をしながら、きっと一生懸命言葉を選んで質問したのだろう。
自分と、触れ合うために。
 
「愛されてるのね。羨ましいわ」
「当たり前だろ。悔しかったらお前も遊んでないでいいオトコ見つけろよ」
「はいはい。ザフトの夜の撃墜率ナンバーワンのあなたに言われたくないわ」
 
憎まれ口をたたき合い、顔を見合わせどちらからともなく微笑み合うと、ディアッカはひらりと手を振り部屋を出て行った。
 
 
 
***
 
 
 
その日の夜。
後は眠るだけの状態に身支度を済ませたディアッカは、ごくりと唾を飲み込むと寝室のドアを開けた。
「あ、ディアッカ」
先にベッドに入り、枕を背もたれにタブレットとにらめっこをしていたミリアリアが顔を上げ、ふわりと微笑む。
 
「そんなもん持ち込んで、珍しいな。なんか気になる情報でもあったのか?」
「ターミナルに繋いでたわけじゃないわ。アスランとカガリの結婚式、ようやく日取りが決まったんですって。だいぶ先だけど、立場もあるし仕方ないわよね。公表前なんだけどメールで連絡をくれたの」
 
今や話題に上がらぬ日はないくらいに加熱する報道により、プラントにいても大切な友人である二人の情報は簡単に手に入る。
あの忌まわしい事件の後ようやく心を決めたアスランのプロポーズを受け、慎重に協議を重ねた上で婚約を発表したオーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハはミリアリアの親友と言っても良い間柄だ。
プライベートで気のおける友人が少ないカガリにとって、また同じナチュラルとして伴侶にコーディネイターを選んだ者同士としても、二人はしょっちゅう近況報告をし合っているようだ。
 
「そっか。いつ?」
「今からだと約一年後ね」
「うわ、気の長い話だな…でもその頃にはもう産まれてるんだよな?出席、どうする?」
「マーナさんが一流の乳母を用意して待っててくれるらしいわよ。予定日通りに産まれたとしてももう首も座ってると思うし、シャトルの搭乗規約もクリアしてたわ」
「お父さんとお母さんにも会えるな。できればそれより前にこっちに来られりゃいいんだけど」
「ふふ、ありがとうね。でもヴィジフォンもあるし、顔を見せることはできるから大丈夫」
 
ことん、とタブレットをベッド脇の小さなテーブルに置き、ミリアリアは気持ちよさそうに布団へと潜り込む。
「ディアッカ、あったかい」
冷え性な妻をそっと抱き寄せながら隣へと潜り込むと、嬉しそうな甘い声が耳を打った。
ああ、女の前でこんなに緊張したことなどあっただろうか。
いや、少なくともミリアリア以外の前では無いはずだ。
……初めて抱いた時も、ここまで心臓が激しく鼓動を打つことなど、なかった。
ミリアリアも昨日、こんな風に緊張したんだろうか。
 
 
「……優しくする、から。抱いても、いいか?」
「………え?」
 
 
腕の中で息を飲むミリアリアの頭に手を添えて胸元に押し付け、ディアッカは言葉を続けた。
「マリアに色々教わったんだろ?その…」
「ど、どうして知ってるの!?」
ぎょっとした声に、ディアッカはつい笑みを浮かべていた。
 
「同じこと考えてた、ってこと。俺も今日マリアのところに行ったんだ。んで、色々教わってきた」
「う…そ」
「嘘じゃねぇよ。でも…お前がそんな風に思ってくれてたこと、すっげぇ嬉しい。恥ずかしがりのお前がさ、勇気振り絞って話を切り出したんだろうなって思っただけで、もうどうしようもなく嬉しい」
「…私だって、好きな人に触れて欲しい、とか…考えないわけじゃないもの」
「お前の体を大事にしなきゃ、ってずっと思ってた。でもさ、ふとした瞬間やっぱり触れたくなるんだ。好きだから」
 
見つめ合った二人は、そのままそっと唇を重ねる。
小さな手が蜜色の金髪に伸ばされ、くすぐったさと緊張でディアッカの背筋に電流が走った。
 
 
「無理は、させない」
「大丈夫。信じてるから」
 
 
細心の注意を払いながらミリアリアに覆いかぶさったディアッカが、思い出したように口を開いた。
 
「頭、触ってもいいけどてっぺんは勘弁な」
「…どうして?」
「あー…ちょっと、打撲?大したことねぇけど一応な」
 
どうして頭頂部に打撲傷?とミリアリアは内心首を傾げたが、与えられる優しくて甘い愛に、疑問はすぐに消え去ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

まず。
すみませんミリアリアとシホ以外全員会話が少々お下品です(スライディング土下座)!
オリキャラのマリアちゃんも中○れ連呼でガンガン攻めますねぇ(笑)
きっとエルスマンの血がそうさせるのでしょう←適当
妊娠中期〜後期(安定期)は、一応仲良ししても大丈夫なんですよね。
知ってはいたものの、書くにあたりネットで確認しまくりましたよ(笑)
リアンがお腹にいる頃の甘い二人(と、ちょっとキャラ崩壊気味なディアッカ)を、少しでもお楽しみいただければ幸いです!

 

 

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2017,4,28拍手小噺up

2017,7,21up