宣戦布告

 

 

 

 
「嬢ちゃんじゃねぇか!」
懐かしい声に振り返ると、そこには相変わらず長い髪を無造作に束ね、汚れたツナギ姿のマードックが笑顔で立っていた。
「マードックさん!」
思わずハイタッチで再会を喜び合う二人を、キラが苦笑まじりに眺めている。
「エルスマンはどうした?」
「え?振っちゃった!」
「はぁっ?」
「私のやることにあーだこーだ言う男なんて、こっちからお断りよ!それじゃ、また後で!」
にこやかに手を振ってブリッジへと向かうミリアリアを見送り、マードックは溜息をつく。
キラもまた小さく溜息をつき、マードックの隣に立つとぽつりとつぶやいた。
 

「……大丈夫。簡単に切れるほど、儚い絆じゃないですよ。あの二人は」
「……だよなぁ」
 

苦笑いするマードックににこりと微笑み、キラもまたミリアリアを追ってブリッジへと向かった。
 
 
 
***
 
 
 
「カガリ。代わるわ」
「っ、ミリアリア!でも、お前…」
「ここは私の席だもの。だから、ごめんね?カガリ」
「…まさかお前」
 
管制席に座っていたカガリは、久しぶりに会う友人の言葉に驚きの表情を浮かべた。
マリューもまた同様の表情を浮かべて振り返る。
「ミリアリアさん…あなた、戦場カメラマンとしての仕事があるんでしょう?それなのに…」
ちょうどその時、キラが遅れてブリッジへとやってきた。
「ミリィ…?」
「いいんです」
ミリアリアはにっこりと微笑み、カガリからインカムを受け取ると慣れた動作で装着した。
 
「あなたのことだから、私たちの置かれた状況も理解しているわよね?それでも、いいの?」
「ええ。世界もみんなも好きだから写真を撮りたいと思ったんだけど、今はそれが全部危ないんだもの。だから守るんです。私も」
「えっ?」
「そういうことだから。またよろしくね、キラ。皆さんも…また、お世話になります。よろしくお願いします」
 
一瞬の沈黙の後、ノイマンが「おかえり、ハウ」と微笑み、艦橋は柔らかな空気に包まれた。
 
 
 
***
 
 
 
「この部屋を使ってくれ」
「え、ここって…いいんですか?私、下っ端なのに」
「女性はアスハ代表と艦長しかいないからな。部屋も余ってるし、気にしなくていい」
 
自動操縦に切り替え休憩に入ったノイマンにカードキーを渡され、ミリアリアは少しだけ複雑な表情を浮かべた後、こくり、と頷いた。
「艦長も言っていたが…いいのか?写真、もっと撮りたかったんじゃないか?」
静かな、そして柔らかい声にミリアリアは目を丸くし、困ったように微笑んだ。
「いいんです。写真も今回のことも、自分で決めて出した答えですから」
「…そうか。それならいいんだ」
小さく頷いたノイマンだったが、次の瞬間ミリアリアの口から飛び出した言葉に僅かに表情を変えた。
 
 
「──そうやって言ってもらえたら、良かったのにな」
「……エルスマンか」
 
 
はっと口に手を当てたミリアリアは、記憶より随分と大人びて、綺麗になっていて。
あの頃の少女の面影はほとんど残っていなかった。
──あいつが、彼女をこんなに綺麗にしたのか。
頭に浮かんだ小生意気なコーディネイターの少年の顔をノイマンは反射的に振り払った。
「あいつとは…もう、終わったんです」
「でも、忘れてはいないんだろう?」
「私の決めたことを頭ごなしに否定して、出来っこない、よく考えろ、とか…。私のこと、認めてはくれなかった。だからもう…」
「違うな」
「え?」
きっぱりとした言葉にミリアリアはノイマンを見上げた。
 
 
「あいつはずっと前からハウのことを認めていたよ。エルスマンはハウを否定したんじゃない。ただ心配で、そばにいて守れないことが苦しくて…それだけじゃなんじゃないか?」
「…ノイマンさん」
「コーディネイターとは言え、あいつはまだまだガキだよ。俺から見ればね。気持ちだけが先走って、言いたいことを上手く伝えることが出来ない。ハウだってそうだったんじゃないか?」
 
 
優しく微笑まれ、ミリアリアは目を泳がせた後──小さく笑った。
「ノイマンさんは大人ですね」
「そうか?ま、君らより長く生きてれば色々見えてくるものもあるってことさ」
「私…私も、守りたいんです。この世界を。だからまた、みんなと一緒に戦う。そう決めたんです」
──守りたい世界があるんだ!!
それは、キラが発した言葉。
ミリアリアはきっと、この言葉を聞いていたのだろう。あるいは、聞こえていたのだろう。
守りたい世界がある。だから、自分もみんなと一緒に戦う。
 
 
「誰かに言われたからじゃなく、自分で決めたんです。自分の道を。あいつは…怒ると思いますか?」
 
 
小首を傾げて見上げてくるミリアリアに、ノイマンはたまらず吹き出した。
「え、ちょ、ノイマンさん?!」
「悪い…ハウも大概、大人になりきれてないな」
「それってあいつと同レベルってことですか!?」
むくれるミリアリアは、やはり記憶よりも女らしくて、綺麗で。
小さく疼く胸の内に気づかぬふりをしながら、ノイマンは降参、とばかりに両手を挙げた。
 
 
「さぁ、それは分からないな。俺は今のあいつを知らないからね」
「それはそうですけど…でもなんだか、納得がいかない!」
「その点では俺が一歩リード、ってとこだな。今のハウを知らないエルスマンは、随分と損をしていると思うぞ?」
「……え?」
 
 
自らの手で開花させたしなやかで美しい花を愛でることが出来ない迂闊すぎるコーディネイターに、ノイマンは少しだけ同情の念を覚えた。
 
「意味がわからないんですけど…」
「はは。やっぱりハウもまだまだだな。そうだな…意味がわかったら俺の部屋に来るといい」
「へ?どうしてですか?」
「それも含めての宿題だ。…それじゃ、二時間後にブリッジで」
 
きょとんとするミリアリアを残し、ノイマンは部屋を後にする。
この胸の疼きに、まだ名前は付けたくない。
時間はある。AAの操舵士として、死ぬつもりも艦を墜とさせるつもりもない。
だったらたっぷり考えよう。まさに始まったばかりのこの戦いについても、綺麗になった彼女のことも。
そして、彼女もまた考えてくれたらいい。
かつて、ディアッカ・エルスマンが生活していた部屋で、たくさんのことを。
 
 
願わくば、その中に自分のことも含まれていることを願って──。
 
 
一つ伸びをすると、ノイマンは遅い食事を取るべく食堂に向かって歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

一度書いてみたかった、ディアミリでノイ→ミリなお話。運命で、ミリィがAAに戻ってきた時の一コマです。
まぁディアミリは不動なんですけれども(笑)
綺麗になって戻ってきたミリアリアは、きっとクルーたちにモテてたと思うんですよね。
でも張本人としては、ディアッカという存在以外興味を示さない。
振っちゃったとか終わったとか言ってても、結局ディアッカはミリィの心の中にいつもいるのです。
ノイマンさんの遠回しな意思表示、ミリィはきっと気がつかないまんまディアッカと再会するんだろうなぁ…。
ノイマンさんファンの方、ゴメンなさい;;
ちょっと毛色の違うお話ですが、個人的にすごく気に入っています。
一人でも多くの方に楽しんでいただければ幸いです!

 

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2017,4,21拍手小噺up

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