30, ミリアリア・ハウ

 

 

 

 
何かが壁にぶち当たる、だん!という音は食堂にいたものたちを振り返らせるのに充分な効果を発揮した。
 
「なんで…援護しなかったんだよ」
 
首根っこをつかまれた少年──ディアッカ・エルスマンは無表情に男を見下ろすと、なんでもないような仕草でその手を払った。
 
「悪いけど、いくらコーディネイターでも万能じゃないんでね。それに…俺の援護があったところで必ず助かるとは限らないでしょ?」
「てめぇ…!」
「やめてください!何してるんですか?!」
 
たまたま休憩で食堂にやってきたらしいミリアリアが目の前の光景に息を飲み、慌てて二人の間に割って入った。
 
 
「こいつのことを責めてもどうしようもないでしょう!それに、こんな時に仲間割れなんて…」
「仲間?だったらなんで助けなかった?!あいつがナチュラルだったからか?!」
「なっ…」
「…もういいよ、ミリアリア」
「でも!」
 
 
くしゃり、とミリアリアの髪を撫で、ディアッカは出口に向かい歩き始め──ふと立ち止まった。
 
「戦争やってんだ。いつどこで誰が死ぬかなんて誰にも分かんねぇし、ナチュラルもコーディネイターも関係ねぇよ」
 
感情の読めない口調でそう呟き食堂を後にする背中を、ミリアリアも周囲のクルーたちもただ黙って見送ることしか出来なかった。
 
 
 
***
 
 
 
インターフォンの音に、ディアッカは閉じていた目をぱちりと開いた。
時計に目をやれば、部屋に戻ってからゆうに三時間は経っている。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
またいつ敵が攻めてくるかわからないのに呑気なものだ、と自嘲の笑みを小さく浮かべながら、枕元のボタンを押す。
多分、休憩時間を過ぎても戻らないディアッカにしびれを切らした整備クルーの誰かだろう。
 
「あー、ごめん、寝過ごした。今戻る…」
「…わたしよ」
 
その声がディアッカの脳細胞に染み渡り、“わたし”という人物が誰なのかを弾き出すまでに一瞬の間があって。
がばりと勢いよく起き上がり、何度か手順を間違えながらもロックを外し、しゅん、とドアが開く。
「……ミリアリア」
そこには、食事のトレーを手にしたミリアリアが少しだけ驚いた顔で立っていた。
 
 
 
「戦闘で疲れてるんだから、ちゃんと食べなきゃダメでしょ」
ベッド脇のテーブルにトレーを置くとミリアリアは椅子に腰掛け、ずい、と身を乗り出した。
「人には食べろ食べろ言うくせに、自分は食べないつもりじゃないわよね」
「…そんなにたくさん食えねぇし」
やけに皿の載せられたトレーにちらりと目を走らせれば、ミリアリアははぁ、と溜息をついた。
 
「二人分よ。あんたが言ったんじゃない。ひとりで食べるより誰かと食べたほうがおいしい、って」
 
はっと顔を上げると、ミリアリアはそっぽを向いて、どこかふてくされた顔をしていた。
見た目にそぐわぬ頑固な少女は、きっとディアッカが食事を摂るまで梃子でも動かないつもりだろう。
「…食う」
手を伸ばして掴んだパンは、しっかりと温かかった。
 
 
 
「なんか思い出すな。拘禁室」
「は?」
「お前、いつもこうやって温めなおして持ってきてくれてたろ。食事」
「…だって、冷たいご飯なんておいしくないじゃない」
 
こうして二人向かい合って食事をしたことなど、もう数え切れない。
だが、ミリアリアの纏う空気はいつもとどこかが違っていた。
内心不思議に思っていたディアッカだったが、「…ねぇ」という小さな声に首を傾げた。
食べかけの皿を前に、ミリアリアは俯いていて。
だから、どんな顔をしているかまでは分からなかった。
 
 
「あんたがいつだって全力で戦ってること、私は知ってるわ。他のクルーだってちゃんと分かってる」
 
 
ずき、と胸が痛んだのはきっと、気のせいだ。
ディアッカは肩を竦めた。
 
「さっきのアレ見てもまだそういうこと言う?」
「言うわ。だって事実だもの。あの人、すごく萎れてた。八つ当たりした、って」
「八つ当たり、ねぇ…」
「完璧に感情を制御できる人なんてそうそういないわ。ナチュラルもコーディネイターもきっとそこは変わらないと思う」
「……そういやいたな。ザフトにも」
 
戦友の死を受け入れられず、ロッカーをめちゃくちゃに破壊した銀髪の友人の顔が頭をよぎる。
「でも、あんたは出来ちゃうのよね」
「え?」
俯いたままのミリアリアの膝にぽたりと滴が落ち、ディアッカは目を見開いた。
 
 
「辛くても傷ついても悩んでても平気な顔して、全部一人で抱えてこっそり消化しようとして。そんなの苦しいじゃない。万能じゃないって言ったのあんたじゃない。だったらよしなさいよ、そうやって平気なふりするの!」
 
 
一息に言い切り、ひく、と嗚咽を漏らすミリアリアを、ディアッカは言葉すら忘れてぽかんと見つめる。
 
「き、傷ついたなら、ひく、怒りなさいよ。平気な顔されたらこっちは何も出来ないじゃない」
「…何も出来ない、って、えっと、つーかなんでいきなり泣いて」
「うるさいわね!痛いのよ!なんでかわかんないけど、そうやって平気な顔してるあんたを見てると胸が痛いの!何か出来ることはないかって一生懸命考えてもわかんないの!」
「…ミリアリア」
「そもそも何で私が…っく、こんな気持ちにならなきゃいけないのよ!もう、わかんないことだらけよ…」
 
嗚咽が漏れる度、茶色の跳ね毛が揺れる。
──泣かせたくなんか、ないのに。
ああ、でも俺のために泣いてくれてるんだよな、これって。
そっと小さな頭に手を伸ばし、柔らかい髪を撫でる。
そのくらいしか、出来ることが思いつかなかったから。
 
 
「…援護、しきれなかった自覚はあったんだ。さっき。AAとおっさんの援護で精一杯だった」
「…うん」
「悔しかった。…俺の方こそ八つ当たりだ」
「うん」
「ごめんな。それでもって…サンキュ。いろいろと」
「ひっく、うん」
「泣くなって」
「う、るさいっ…ば、か」
 
 
子供のようなその仕草に、張り詰めていた心と体から力が抜けていく。
ああ、すげぇな。素直にそう思った。思うしかなかった。
 
 
細くて小さくてすぐ泣いて、自分の弱さを認め、それでもなお強くなろうとする女。
そのくせ鈍感で臆病で、自分の抱える感情に名前をつけれないでいる、愚かで優しい女。
こんなにも心が癒され、隠し通してきた素直な感情を晒け出せるのは、それが“こいつ”だから。
 
 
こいつ──ミリアリア・ハウ。
それが、ディアッカが初めて本気で恋をした、ナチュラルの少女の名前だった。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

久しぶりのお題更新です。
こちらのお題は初対面〜D様がAAのクルーになってから間もない頃のお話が多い気がするのですが、あえて無印終盤の時間軸をテーマに書いてみました。
ディアッカに対して抱いている感情をはっきりと認められないミリアリアと、すでに彼女に恋をしていることを自覚済みのディアッカ。
そんな彼の視点から書いたお話です。
拙い作品ですが、どうかお楽しみいただけますように!!

 

 

text

2017,5,11up