強く儚いもの

 

 

 

 
コンコン、という控えめなノックの後、顔を覗かせたのは白い軍服に身を包んだキラだった。
 
「イザーク、ディアッカ、そろそろいい?」
「ああ、急ぎの用件は済ませた。シホ、悪いが後を頼む」
「了解しました。プレゼントは持たれましたか?」
「ああ、そうだったな。すまん」
 
慌てて引き出しから小さな包みを取り出すイザークに、シホはくすりと笑みを零した。
 
「キラ、ミリィもう着いてる?」
「うん。さっき着いたってダコスタさんから連絡が来たよ」
「そっか。サンキュ」
 
ディアッカは軍服のポケットに忍ばせた小さなメッセージカードにそっと触れ、満足げに微笑むと立ち上がった。
 
 
 
***
 
 
 
「改めて、お誕生日おめでとう、ラクス。これ、ディアッカと私から」
 
ミリアリアが差し出した四角い包みに、ラクスは水色の瞳を大きく見開き、花のような笑顔を浮かべた。
 
「わたくしに、ですか?まぁ…どうしましょう、キラ!」
「イザークのも一緒に、他のプレゼントとは別にしておこうか?後でゆっくり開けたほうがいいでしょ」
「ええ、そうですわね。ああ、でも今開けてみたい気もいたしますし…ありがとうございます、ディアッカさん、ミリアリアさん」
「大したものじゃないんだけど…時間のある時、ゆっくり見てみてね」
「キラも一緒に見てみるといいぜ。結構面白いからさ」
 
ディアッカの言葉に、キラをちらりと見上げながらラクスは嬉しそうに、笑った。
 
 
 
***
 
 
 
「どうしたの、こんなとこで」
広いバルコニーでワインを片手にぼんやりと空を眺めていたイザークが振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべたキラが立っていた。
 
「…少し、熱気にあてられた。今ディアッカが水を持ってくる」
「そっか。イザークって人混み苦手なんだね」
「…任務中は別だかな。本来得意ではない」
 
自らもシャンパングラスを手に、キラはイザークの隣に並んだ。
ぎこちない沈黙が、バルコニーを支配する。
静かな空間に、遠くからエアカーのクラクションが聞こえてきた。
 
 
──そういえば、こいつとこいつの機体を堕とそうと躍起になっていたのは、まだほんの数年前だったな。
 
 
ふとそんなことを思い、イザークは眉間に指を這わせた。
あの頃は、まさか連合軍の機体にコーディネイターが乗っているなどとは考えも及ばず、パイロットはよほど優秀なナチュラルなのだろう、と内心思っていた。
そして、ナチュラル風情に何度も煮え湯を飲まされ続けた事実がどうしようもなく悔しかった。
だがヤキン・ドゥーエの戦いの後再会したディアッカから紹介されたストライクのパイロット──キラは、華奢で線の細い少年だった。
そして二度目の大戦後に再会した時のキラはどこか達観した雰囲気を纏っていて。
ラクスという存在がなければ、この男はどうなっていたのだろう。
 
 
「……母さんはさ、いつも手作りのケーキを焼いてくれた。父さんは、まだ小さな僕にも解りやすい機械工学の本を買ってくれた。そのケーキをアスランと二人で食べて、一緒に本を読んでさ。楽しかったんだ」
 
 
突然キラが語りだし、イザークは我に返った。
「……幼年学校時代か」
確かキラとアスランは、コペルニクスで同じ学校に通っていたはずだ。
ブルーコスモスのテロに巻き込まれたパトリック・ザラの意向で、アスランは幼年学校の卒業に合わせてコペルニクスからプラントへ移住したのだ。
そしてキラは両親とともにヘリオポリスに移り、“あの日”まで平和な日常を送っていたはずだった。
 
 
「僕とカガリのこと、知ってるよね?イザーク」
 
 
静かに、だが確かな響きを持って発された言葉に、イザークはほんの少し、眉を上げた。
キラの出自については、二度目の大戦の後、プラントに戻ってきたラクス・クラインとバルトフェルドから聞かされていた。
『キラという人を、少しでも分かって頂きたいのです』
そう言って寂しげに微笑んだラクスの顔を、今でもイザークは覚えている。
 

「コロニー・メンデルで生を受けた双生児のきょうだいで、お前はコーディネイター、アスハ代表はナチュラル。生後間もなく二人は別々の里親に引き取られ、それから十六年離れて暮らしていた。このことか?」
「半分、正解かな」
「半分?」
「僕という存在が生まれるために、いくつもの命が犠牲になった。これは聞いてない?」
 

穏やかな声でさらりと告げられた衝撃的な事実に、イザークは小さく息を飲んだ。
「ラウ・ル・クルーゼがそう言ってたんだ。一度目の戦争の時、メンデルでね。僕の本当の親はメンデルの研究員。遺伝子学の研究の結晶として誕生した僕の命は、たくさんの命の上に成り立ってる。そして僕は二度の戦争で、たくさんの命をこの手にかけた」
「おい、キラ…」
「ストライクやフリーダムに乗ったこと、後悔してないよ。僕は僕の大切なものを守りたかった。……一度、なくしてるから」
それがサイの婚約者であったフレイ・アルスターを指していることを、イザークは知らない。
「たださ、たまに思うんだ。誕生日ってなんだろう、って。ラクスもミリィもサイも…みんな、おめでとうって言ってくれる。でも僕は…」
「キラ」
その先に続く言葉を止めるべく、イザークはキラの名を呼ぶ。
だがキラは、儚い笑顔を浮かべながらするりと言葉を吐き出した。
 
 
「生まれてきて、良かったのかなって…今でも時々、思うんだ」
 
 
誕生日。両親の祝福のもと、この世に生を受けた日。
だがキラは知ってしまった。
自分がいくつもの命を犠牲にして誕生したということを。
今は亡きクルーゼがキラに何をどう言ったのか、イザークには分からない。
クルーゼ自身、謎の多い人物だったから。
だが、キラの言葉を肯定するわけにはいかなかった。
何よりイザーク自身が、キラの言葉に納得など出来ていなかったのだから。
全く、世話の焼ける。
 
 
「……悪いわけがなかろう。この馬鹿者が」
 
 
そんな風に言われるなど思いもよらなかったのだろう。キラが紫の瞳をまん丸に見開いた。
 
「生まれてきて悪い人間など、この世にはいない。それに、大勢の命を犠牲にして自らが存在しているというのなら…俺も同じだ。俺とてあの戦争で数えきれぬほどナチュラルを撃墜し、罪もない民間人をも手にかけた。忘れたか?」
「あ……」
 
キラの脳裏に、紙で作られた小さな花が浮かんで、消えた。
「あの時の行為…脱出艇とは知らなかった、では済まされん。誰にどう詫びればいいのか、と迷ったこともある。だが…俺は命ある限り全て背負うと決めた。だから俺は、そう簡単に死ぬわけにはいかない、といつも思っている。生きることが、償いだと」
「イザーク…」
「それに、だ」
アイスブルーの瞳に射抜かれたかのように、キラはイザークから視線を外せずにいた。
 
 
「お前の出自を知ったからといって、俺の感情は何も変わらん。ラクス嬢もそうではなかったか?」
 
 
今度はキラが息を飲む番だった。
「お前を必要としてくれる者たちがいる。きょうだいだと慕ってくれる者も、たとえ血のつながりはなくとも愛情を注いでくれる両親も、一度ならず敵となっても分かり合えた親友や、誕生日を祝ってくれる友人も。そんな…大切な存在のために、自分という存在を認めよう、とは思えんか?」
イザークの言葉に、キラの瞳が揺れた。

 
「僕は…僕のままで、いいのかな」
「くだらん。当たり前だろうが。お前がそのような迷いをいつまでも抱えたままでは、ラクス嬢が悲しむぞ」
 

守りたいものを、守るのではなかったのか?
言外にそう告げたイザークの瞳には、一片の迷いもない。
ゆっくりとかみ砕くようにその言葉を受け止めたキラの体から、すぅっと力が抜けていくのが分かった。
 
「イザーク…ありがとう。なんかさ、たまにこんなこと考え出して、いつもぐるぐるしちゃってて。でも…きみの言葉でなんだかすごく気が楽になった」
「ふん。そんなことで落ち込む暇があるのならさっさと主役の元に戻るのだな。…ラクス嬢を支えられるのは、お前しかいないのだから」
 
その言葉にキラはきょとん、とした後、ゆっくりと破顔する。
「うん。じゃあ、またあとで」
「ああ」
足早に室内へと戻るキラを見送り、イザークはまた空を見上げる。
 
 
誰よりも強い力と高い能力を持ちながら、誰よりも儚い心を持つキラ。
そんなキラを本当の意味で支えてやれるのもまた、ラクス・クラインだけなのだ。
そう、ディアッカがただひたすらにミリアリアだけを望んだように。
 
「……いろいろな愛の形が、あるものだな」
 
懐から携帯端末を取り出したイザークは、メール送信画面を開く。
そして、『もう少ししたら出る。この後、寄ってもいいか』とだけ打ち、メールに気付いたら目を丸くするであろう愛しい恋人の元へ想いを届けるべく、送信ボタンを押した。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

ラクス誕の対になる作品…だったのですが…;;
キラが暗黒面に堕ちかけてますね(滝汗)
みんなに祝福されるラクスを見てちょっとナーバスになってしまったキラ。
そんなキラの弱さを、かつて刃を交えたイザークが受け止め、不器用ながらも励ますお話でした。
ディアミリ全然出てこなくてごめんなさい…;;

 

 

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2017,2,14拍手小噺up

2017,4,28up