堕天使の訪問

 

 

 

 
ためらいがちな靴音に、ディアッカは浅い眠りから覚醒した。
食事の時間か?とも思ったが、数刻前あいつがいつもの通りトレーを下げていったはずだから、それはない。
それにこの足音は、あいつじゃない。
直感でそう悟ったディアッカはゆっくりと起き上がり、鉄格子の向こうをじっと見つめた。
キィ、と扉の開く音、そしてゆっくりとこちらへ歩いてくる足音。
 
「──お、まえ」
 
鉄格子の向こうに立っていたのは、医務室でディアッカに銃を向けた赤い髪の少女、だった。
 
 
 
「……ねぇ。あんたがキラを殺したの?」
少しだけ震える声。
きっと怖いのだろう。ディアッカは、コーディネイターなのだから。
あの時はよくわからなかったが、少女はとても整った顔立ちをしていた。
コーディネイター、と言っても差し支えのないような。
 
「知ってるんでしょう?キラは…ストライクはどうなったの?」
「……知らねぇよ。俺はストライクじゃなくて、戦闘機に落とされたんだから」
「──そう」
 
興味なさげにそう呟き、少女の手が拘禁室のキーを解除する。
そうしてあっという間に室内に潜り込んできた少女を、ディアッカは言葉を失いただ見つめていた。
今になって…殺しに来たのか?
そう、少女はディアッカを殺そうとした。
それを身を挺して庇ってくれたのがあいつ──ミリアリアだ。
発砲寸前の銃の前に体ごと飛び出し、寸でで銃口を天井にずらすことでディアッカを、庇った。
ナイフを手に殺そうとした相手を、だ。
ナチュラルはコーディネイターを憎んでいる。
そう思っていたディアッカにとって、あの一連の行動は今も理解できなかった。
 
 
「誰も…私を見てくれないの。キラのことも、教えてくれない」
「……は?」
「キラは本当に死んじゃったの?教えてよ」
「だから知らねぇって…」
「なんで分かんないのよ!コーディネイターのくせに!」
 
 
強い口調に反し、グレーの瞳には涙が溜まっていて。
明らかに不安定な少女の様子に、ディアッカはさりげない動作で枕元にある緊急ボタンを押した。
捕虜の身に何かあった時に使われるボタンだが、まさか自らこれを押すことになるとは、と少しだけ皮肉に感じる。
とにかく、さすがに人が少ないAAとはいえ、コールに気がつかないほど間抜けなクルー達ではないだろう。
もう少しで誰かがここに来るはずだ。
 
「トールを殺されたくせに…どうしてミリィはあんたを庇ったりなんかしたのよ…」
 
ぽろりと溢れた呟きに、ディアッカはハッと顔を上げた。
そんなこと、こっちが聞きたいくらいだ。
あまつさえ自ら殺そうと刃物を向けた相手を身を挺して庇い、食事まで運んでくれて、嫌そうにしながらも食事が終わるまでそばで待っていてくれて。
あの時ミリアリアが叫んだ「違う」という言葉の意味を、ディアッカはまだ計り兼ねていた。
 
「パパを殺したのもキラを殺したのもコーディネイターなのよ?!私はあんたが憎い…あんただけじゃない、コーディネイター全部が憎いわ。なのに何よ!違う、って。自分だけいい子ぶって…」
「いい子ぶってる訳じゃねえだろ。あいつなりに導き出した答えが、あんたと違ってた。それだけじゃねぇの?」
「な…何なの、あんた!あの子に殺されかけたくせに!」
「それだけじゃねぇ。助けられたんだよ。あんたから」
 
その言葉に、少女の体が電流を受けたように大きく震えた。
 
 
「あんたさぁ…コーディネイターを嫌ってるなら、どうしてキラってやつのことはそんなに気にかけるんだよ。コーディネイターだろ?それにあいつのカレシの名前はほとんど出てきてないよな」
「知らないわよ!でもキラは……キラ、はっ…殺すのよ。私の為に、あんたたちを!じゃなきゃあんなことしない!」
「…あんなこと?」
「そうよ。私はサイの婚約者だもの。キラの事なんかほんとはどうだって…」
「おまえ、いったい何の話…」
「おい!どうした!」
 
 
どやどやと数人の足音とともに声が聞こえ、ディアッカは内心安堵の息を吐く。
丸腰の少女を手にかけるなど造作もなかったが、出来ればそれはしたくなかった。
「……フレイ!?」
色眼鏡の少年に名を呼ばれ、少女の肩がびくりと跳ねる。
 
「フレイ、なんでこんなところに…!」
「まぁまぁ、落ち着け坊主」
 
色眼鏡の少年兵を諌めたのは、確か尋問にも同席していた金髪の男だった。
その落ち着いた佇まいから、ディアッカは男が少なくとも二十代後半であろう、と目星をつける。
 
「で?ザフトの坊主。説明してくれるよな?」
「説明も何も…寝てたらこいつがいきなりやってきて、独房のロックも解除して中に入ってきたんだよ。俺が引き入れたわけじゃねぇ」
「ふむ……それで?」
「それで、も何も…一方的に話をされただけだ」
「何を?」
 
ディアッカは少女に視線を向けた。
白く綺麗な顔を真っ青にし、色眼鏡の少年兵の助けがなければ立っていられないほど憔悴した少女。
ありのままを伝えてもいいのだろうが、自分にきつい目を向ける少年兵の心の内が嫌というほどわかってしまい、ディアッカは返事をはぐらかした。
 
 
「その子さぁ、いろいろあって参ってんじゃねーの?コーディネイターについてひとしきり喚いてたけど」
「……坊主、彼女を部屋まで送ってやってくれ。必要なら医務室で薬を。ここは俺がやっておくから」
「…いえ、俺は残ります」
「っ、なんでよ、サイ…!ミリィの事はあんなに心配してたくせに!」
 
 
少年を振り返った少女の瞳から、涙が飛び散った。
「アーガイル、俺も行くから。とにかく彼女を連れて行こう」
「……わかりました。お願いします、トノムラさん」
ナチュラルにしては整った顔立ちの優男に促され、少女は泣きながら独房を出て行った。
そのすぐ後ろをサイと呼ばれた少年兵が歩いていく。
 
「……あれ、あのメガネ君ってあいつの彼氏?」
 
三人が消えていった方向を顎で指し示すと、金髪の男は肩を竦めた。
 
「まぁ…公にはそういうことになってたな」
「実際は違ってた、ってわけ?」
「捕虜にする話じゃない」
「そういうと思ったぜ。…ああ、俺はあの子にゃ指一本触れてねーぜ?そこは安心してくれて構わない」
「わかってるさ。そもそも彼女はコーディネイターに良い感情を持ってない」
「へぇ。キラってやつのことはあれこれ喋ってたけど?」
 
途端に金髪の男はぐっ、と言葉を詰まらせる。
何やら複雑な事情がありそうだが、ディアッカの興味は別のところにあった。
 
「で?俺はなんか罪にでも問われんの?」
「そんなことはない。第一、理由がないだろう」
「そ。じゃあさ、いっこだけ頼まれてくんない?」
「は?」
 
訝しげに目を眇める金髪の男の顔がおかしくて、ディアッカはニヤリと笑った。
 
 
「あの子がここに来たこと、公にしないで欲しいんだよね。特にあの…跳ね毛の女の子あたりには知られないように」
 
 
意外だったのだろう。金髪の男がぽかん、と口を開け言葉を失うのがわかった。
 
「あの子が自分のことをどう思ってるか知っちまったら、あいつ、今以上に落ち込んじまうだろ?それはすなわち、俺の楽しみでもある温かいメシにまで影響を及ぼしかねない。だから、さ」
「……おまえ」
「つーことで、俺もう寝ていい?寝るか食うしか楽しみないんだから、出来ればその辺は考慮して欲しいんだけど?」
「……ああ、分かった。艦長にだけは義務だから報告するが、お嬢ちゃんの耳に入るようなことはしない。メガネの坊主にもきっちり釘を刺しておくよ」
「話が分かるおっさんで助かるぜ」
「おっさんじゃない!じゃ、また何かあればそこのボタンを押すようにな」
「へーへー」
 
施錠の音、遠ざかっていく男の足音。
ようやく取り戻した静かな空間の中で、ごろりと転がったディアッカは天井を見上げながらぽつりとつぶやいた。
「ばっかみてぇ。何、変な気回しちゃってんだっつーの」
どうしてこんなことを思ってしまうのだろう。
やつれた表情を隠しもせず、それでも律儀に温かい食事を運んでくれるミリアリアに、これ以上悲しい顔をして欲しくない、だなんて。
歳の頃も近いであろう数少ない同性の仲間にあんな風に思われていたと知ったら、きっとミリアリアはひどく傷つくだろうから。
そんなことにはなって欲しくない、と自然に思ってしまった自分の心理がディアッカにはよくわからないし、わかっては、いけない気がした。
 
「……寝よ」
 
きっといつもの気まぐれだ。
こんな状況でも持って生まれた性格は変わらない。だから、きっとそうに違いない。
ぎゅっと閉じた瞼の裏に、綺麗な碧い瞳が浮かんで、消えた。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

フレイファンの方、ごめんなさい…;;
AAでの捕虜時代、もしもディアッカとフレイが会話する機会があったら…と考えて出来上がった作品です。
とんでもなく捏造に走っております。
ミリィがほんの少ししか出てこないのはご愛嬌、ということで(滝汗
ミリィに対して薄ぼんやりとした感情を抱く少年時代のディアッカが書けて満足です!

いつもたくさんの拍手をありがとうございます。
作品の感想などもいただければ光栄の極みです。

 

 

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2017,4,12 up

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