ふたつめの奇跡

 

 

 

 
ゆっくりと目を開けると、点滴の管が見えた。
赤く染まっているのは、輸血を受けているから。
……そういえば私、出産したんだったっけ。
どうにも思考がぼんやりしているのは、出産時の出血による貧血のせいなのか、それとも疲労のせいなのか。
なかなか回らない頭でそんなことを考えながら、ミリアリアはベッドに横付けされた息子に目をやり、小さく息を飲む。
そこには、息子の小さな頭をそうっと撫でながら、これ以上ないほどに優しく微笑むディアッカの姿があった。
息子と対面した時、静かに涙を流したディアッカ。
自分でもどうしてかわからないけど勝手に出てくる、と溢れる涙をぬぐいながら照れくさそうに笑う愛しい人に、ミリアリアの心がふわりと暖かくなって。
だが疲れ切った体は休息を求めており、いつしかミリアリアは眠ってしまっていたのだった。
 
「…ディアッカ」
 
小さく名を呼ぶと、ディアッカはびくりと肩を揺らした。
「悪い、起こしちまった?」
「ううん。私こそごめんね。やっぱり疲れてるみたいで、ディアッカの顔を見たら安心しちゃって…。これ、眠ってる間につけられたのかしら?」
「ああ。マリアが処置してくれた。また俺の血を分けてやれたら良かったんだけどな」
懐かしい話題に、ミリアリアは小さく笑った。
再会してすぐに巻き込まれたテロで重傷を負ったミリアリアは、ディアッカの血を輸血されることで最悪の事態を逃れた。
思えばあそこから、全てが始まったのだ。
ディアッカのプロポーズを受け、婚約者としてプラントに残り、たくさんの出来事があった中こうして奇跡のように大好きな人の子供を授かることができた。
そして──もうひとつの奇跡がまさに今日、起きた。
ディアッカは気づいているだろうか?
いや、この状況ではきっと頭からすっかり抜け落ちているに違いない。
 
「しばらくそこかしこが痛むとは思うけど、しっかり睡眠とって体休めねぇとな。貧血も…」
「ねぇディアッカ。今日は何日?」
「は?」
 
きょとんとするディアッカがおかしくて、ミリアリアはついくすくすと笑ってしまう。
体じゅうが怠くて頭だってぼんやりしているけれど、これだけは、伝えたい。
 
 
「──お誕生日、おめでとう」
 
 
ぽかんと口を開けたディアッカはミリアリアと小さな息子にかわるがわる目をやり、部屋にかけられたカレンダーに視線を移し──傍目にも分かるくらい息を詰めた。
 
「そうなったらいいのにな、って少しだけ考えたけど、予定日はだいぶ先だったからありえないと思ってたの。でも…奇跡みたいに私たちのところに来てくれたこの子が、あなたと同じ日に産まれてきてくれるなんて…もうひとつの奇跡が起こったみたいじゃない?」
 
今日は、三月二十九日。
ディアッカの二十三回目の誕生日であり、ミリアリアとの愛の結晶がこの世に生を受けた日。
「マジかよ…」
言葉が見つからず口元を手で押さえるディアッカを見つめるミリアリアの瞳から、不意に涙が零れる。
 
 
「…こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけれど…良かった。今日、産めて」
「…ああ。確かにちょっと早かったけど…こうして無事に産まれてくれたんだ。最高のプレゼントだぜ」
「ほんとはね…ちょっとだけ、怖かったの。お産が進まなくて、麻酔も効かなくて。でも日付が変わって、今日が何の日か気づいた時…勇気をもらえた」
 
 
あえてディアッカの立会いを拒んだミリアリア。
だが、慣れない場所での初めての経験──それも痛みを伴うもの──に、いくら母になるとはいえ恐怖を感じないわけがない。
「それにね、一番きつい時マリアさんが、ディアッカが外で待っててくれてる、って教えてくれたの。だから、頑張れた。絶対にこの子をディアッカに会わせるんだ、って思えた。だから…すごく、嬉しい」
泣き笑いを浮かべるミリアリアは飾り気などどこにもなかったが、今までで一番綺麗で。
ディアッカはまた熱くなる瞼を理性でねじ伏せ、ミリアリアの上にかがみ込むとそっと唇を重ねた。
 
「ありがとな、ミリアリア。俺…何があっても絶対に守るから。お前と、こいつを」
「うん。私も、守るわ。…あとね、お願いがあるの」
「お願い?」
「……この子の名前、ディアッカに、つけて欲しい」
 
性別を事前に聞いていなかったため、二人は子供の名前についてまだ何も話し合っていなかった。
産まれてから顔を見て、決めるのはそのあとでいい、と二人の意見も一致しており、ぎりぎり早産だったこともあって名前のこともディアッカの頭からはすっかり吹き飛んでいて。
だが、愛しい妻の小さくて甘いお強請りに応えるべく、ディアッカは目を覚ましてむずかる我が子をじっと見つめる。
そして──小さく呟いた。
 
 
「リアン…。リアン・エルスマン。“絆”って意味のフランス語なんだけどさ…どう?」
 
 
首を傾げるディアッカに、ミリアリアはにっこり笑って頷いた。
「絆…すごく素敵な意味だし、きれいな響きね。強くて、優しい子に育ちそう。リアン、今日からこれがあなたの名前よ?」
愛おしげに我が子に向かい囁くミリアリアはやはりとても綺麗で。
リアン、とたった今名付けられた息子も、泣くことなくむにゃむにゃと大人しくミリアリアの言葉に耳を傾けているようだ。
 
「ディアッカ、そういえばこの子、抱っこしたの?」
 
愛しい二人に見惚れていたディアッカは、思いもよらぬ言葉に紫の瞳を大きく見開いた。
 
「いや、まだ…さっきマリアがいろいろ教えてくれたけど、それどころじゃなくて」
「抱っこしなくていいの?」
「…なんか、俺の力じゃ壊しちまいそうで」
「ばかね、壊れないわよ。…私だって、壊れたりしなかったでしょう?」
 
ミリアリアの言葉に背中を押されるかのように、ディアッカはそっと小さな小さな体に手を伸ばし──大切な宝物を、抱き上げた。
ミリアリアそっくりの碧い瞳がディアッカをまっすぐに見上げる。
生後間もない新生児はまだ目がよく見えていないと聞くが、まるで吸い込まれそうなほどにその瞳は透き通っていて。
 
 
「…リアン。俺がお前のとうさんだ。これからよろしくな」
 
 
たくましい腕に抱えられたリアンと、そんな息子に蕩けるような優しい笑みを浮かべるディアッカを見つめながら、ミリアリアは今この瞬間、自分たちはきっと宇宙で一番幸せだ、と思った。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

遅刻してしまいましたが、ディアッカお誕生日小噺@2017でございます。
「天使の翼」79話の補完作品でもあります。
父と息子の誕生日が同じ、というなんともご都合主義な展開ですが、実はこれ実話なのです。
(詳しくはブログの方に後日記載いたしますね)

ディアッカ24歳、ミリアリア23歳という若い夫婦ですが、これからリアンとともに新たな生活が始まります。
そんなエピソードもそのうち書ければいいなと思っております!
短い作品ですが、どうか皆様にお楽しみいただけますように。
Happy Birthday to Dearka&Lien!!!

 

 

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2017,3,30up