同じ月を見てる

 

 

 

 
『間もなく当機はプラント、アプリリウス宇宙港への着陸態勢に入ります。安全のため、シートベルトをお付け下さいますよう……』
 
アナウンスの音声にミリアリアはかちりとベルトをロックしながら、およそひと月前交わした恋人との会話を思い出し、ひとつ息をついた。
 
 
 
***
 
 
 
「もう、そんなに落ち込まないでよ」
『だってよぉ……』
「クリスマスは来年もあるでしょう?男がぐだぐだ言わないの」
『そりゃそうだけどさ…おまえって変に物分かりいいよなぁ』
「……そうね。そう思うならそれでいいわ。じゃあね」
『あ、おい!ちょ』
 
 
二度の大戦が終わり、再会を果たしたディアッカと元鞘に収まって初めてのクリスマス。
絶対に休みを取るから二人きりで過ごそう!と意気込む恋人は、ザフト軍人として今もプラントを守っていた。
そしてミリアリアは地球でジャーナリストとしての活動を再開し、二度目の超遠距離恋愛が始まった。
 
 
ミリアリアだって、本当は楽しみにしていたのだ。
普段会えない分、二人きりで過ごせる時間は何よりの宝物で。
でも、仕事なら仕方がない、と思い、半ば自分を鼓舞するように口にした言葉だった。
それを「物分かりがいい」?
カッと頭に血が昇り、気づけば一方的に通信を切っていた。
勢いで回線をシャットダウンし、メールも拒否した。
それから今日に至るまで、ディアッカと話をすることはなかった。
 
忙しく飛び回っているときはいいのだ。忘れていられるから。
だが不幸なことに、ミリアリアは駆け出しのジャーナリストで──そうたくさん仕事があるわけでは、なかった。
今何をしているのだろう。
クリスマス、仕事だとはいえ夜になれば時間だって空いているだろう。
誰かと過ごすのだろうか。
まさか、でも。
気になるならシャットダウンしている通信を繋ぎ直し、直接聞けばいいのだ。
ミリアリアはディアッカの恋人で、その権利があるはずなのだから。
だが、あんな風に通信を切ってしまった手前、そんなことが出来るはずもなかった。
 
 
 
 
そして、クリスマス・イブ。
悶々とした思いを抱えながら、ミリアリアは朝早くから一人で街を歩いていた。
夜になればきっと綺麗に光り輝くであろう、ライトがたくさんついた街路樹。
笑い合い、肩を寄せ合いながら歩く恋人たち。
ショーウインドウに飾られた、華やかなラッピングを施された箱。
ふと、ミリアリアは歩みを止めた。
視線の先には、宇宙を模したスノードーム。
キラキラと舞い上がるラメパウダーは、雪ではなく星を表しているのだろう、色とりどりの光を放っていて。
なぜだか無性にそれが欲しくなったミリアリアは、ショップを覗き込みスタッフに声をかけようとした、のだが。
 
 
「では、こちらでよろしいですか?」
「はい、それで」
「本当にいいの?嬉しい!」
「こちらはプラント製なんですよ。地球ではなかなか手に入らなくて…」
 
 
スタッフが取り出したスノードームを手のひらに乗せて目を輝かせる少女と、嬉しそうにその姿を見つめる優しそうな少年。
「お客様?何かお探しのものがございますか?」
「……いえ。すみません」
別のスタッフに声をかけられたミリアリアは慌てて会釈をし、逃げるようにそこから離れた。
 
 
 
 
「ついてないなぁ…」
 
恋人にも会えず、一目惚れした雑貨まで買えず。
しょんぼりと公園のベンチに座り、ミリアリアはコーヒーを啜った。
ディアッカに冷たくした罰なのかしら、これって。
はぁ、と溜息を落とし、ついそんなことを考えてしまう。
あれは一点ものだったのだろうか。どうせなら在庫があるかくらい聞いてみればよかった。
いつもならそのくらいのこと、簡単に出来るはずなのに……幸せそうな彼らの姿を目にし、そしてあのスノードームがプラント製、と聞いて体が動かなかった。
 
「……ばかみたい」
 
自意識過剰気味な自分が、なんだかとても嫌だった。
そもそもなぜこんなに心が重いのだ。クリスマス・イブだというのに。
ディアッカに会えなかったからこんな風になってるの?
でも、断ち切ったのは自分じゃない。
そこまで考え、ミリアリアはハッと俯きがちだった顔を上げた。
次にいつディアッカと会えるかなんて、分からない。
別離の間、あれだけディアッカの事を思い出し、奇跡のようにまた再会する事が出来て、仲直りもしたのに。
再び想いが通じ合っても、これでは昔と何も変わらない。
 
 
冷静になれ。もう、間違えてはいけない。
意地を張って、素直になれなくて、どれだけ後悔した?
もう、繰り返したくない。
こんな思いなど、したくない。
 
 
ミリアリアは腕時計に目を落とす。
そして、携帯端末を取り出すととあるページを開き、何かを熱心に調べ始めた。
 
 
 
***
 
 
 
宇宙港を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
クリスマスにイルミネーションを飾る慣習は地球と変わらないらしく、正面広場にはそれなりに大きなクリスマスツリーが煌びやかに光り輝いている。
 
ターミナルの伝手を頼ってプラント行きの便を見つけてもらい、自宅にすっ飛んで戻り必要最低限のものだけバッグに詰め込んでシャトルに乗ったのは、昼過ぎのこと。
プラントとオーブには時差がある。
飛び乗ったシャトルが到着したのは、プラントの標準時間で25日の夜だった。
吐き出す息は白く、プラントもまた冬なのだということをミリアリアに教えてくれる。
ディアッカには、何の連絡もしていなかった。
会いたい。そう言えばきっとディアッカは迎えに来てくれるだろう。
でもその前に、しなければならないことがある。
あの頃から成長していない自分に呆れられてしまっているかもしれないけれど……素直に、思っているままを伝えたい。
 
「あ……」
 
空を見上げると、月が出ていた。
ここはプラントなのだから、もちろん擬似的なものであろう。
でもそれは、とても綺麗だった。
目の前で輝くイルミネーションも確かに綺麗だけれど、ああして空を照らす月も、とても綺麗だと思った。

勢いでここまでやってきたものの、いざとなって少しだけ躊躇していたミリアリアは、月の光に肩を押されるようにバッグから携帯端末を取り出し、メールソフトを立ち上げる。
拒否設定をしていたディアッカのアドレスはふたつ。
まずは拒否設定を解除し、仕事のアドレスとプライベート、どちらにするかしばし迷った後、プライベートのアドレス宛にメールを打つ。
 
 
『今どこにいるの?』
 
 
簡潔な文面。
これが、今のミリアリアの精一杯であった。
まだ深夜とは言えない時間帯だが、ディアッカの仕事が終わっているかどうかなど分からない。
我ながら間抜けな文章ね、と自嘲の笑みを浮かべた時、端末が光り、新着メールの存在を知らせた。
差出人は、ディアッカ・エルスマン。
震える指で画面をタップしメッセージを開くと、そこにはミリアリアの送ったものよりもっと短い言葉がしたためられていた。
 
『帰り道』
 
では、ディアッカは外にいるのだ。
いつもなら鬱陶しいくらい長々メールを送ってくるディアッカがこんな短い言葉一つしか寄こさない、ということは……やはり、怒っているのだろう。
ミリアリアだって仕事が大事で、予定していた日に休めないことなど何度もあった。
しかしディアッカはそれならば、と自分の予定をやりくりして逢瀬の時間を作ってくれた。
そんな彼の優しさを無碍にするようなことをしてしまったのだから、仕方がない。
ミリアリアは空を見上げ……今感じたことを、そのまま送った。
 
『月が綺麗ね』
 
送信ボタンを押し、息を詰めながら端末を抱きしめていると、新着メールがまた、届く。
 
『オーブはまだ昼だろ?』
 
文面に目を通し、ミリアリアは素早くキーボードを叩く。
もう、指は震えていなかった。
たとえ会えなくても、こうして繋がっていることが今は嬉しかった。
遠く感じていた心の距離が、少しだけ近くなった気がしていた。
 
『いいから見てみなさいよ。綺麗でしょ?』
『見たけど。何が言いたいの?お前』
 
謎かけのような返信に苛立ったのか、帰って来た言葉は少しだけ怒っているように見えた。
だがミリアリアは構わず、いちばん伝えたかった言葉をしたため、送信ボタンを押す。
 
 
『私たち、同じ月を見てるわ』
 
 
ああ、ずるい女だな、私。
きっとディアッカは、ミリアリアがオーブにいないことに気がつくはずだ。
少ない貯金をはたいてここまでやってきたくせに、まだ素直になりきれない。
 
「馬鹿だなぁ……私」
 
端末はあれ以来、沈黙している。
それがどういう意味なのかを考えるのが、まだ今は少し怖くて。
くしゅん、とくしゃみをひとつして、抱えていた端末をバッグにしまうと、首に巻いていたマフラーを巻きなおす。
その時背後でピロン、と間の抜けた音が聞こえ、ミリアリアは振り返った。
 
 
「……うそ」
 
 
そこには、黒服にコートを羽織ったディアッカが、険しい表情で息を切らせて立っていた。
 
「……どうして?」
「メールのログから逆探知した」
「なっ…だって、プライベートのアドレスに」
「軍人をなめるなよ」
 
低く落とされた声には、確かに怒りの感情が込められていて。
ミリアリアは一歩後ずさりながらも、なんとか言葉を紡ぎ出した。
 
「し、仕事しなさいよ、馬鹿ね」
「うるせぇ意地っ張り。なんでこんなとこにいんだよ」
「……会い、た、かったから」
「──だったら先に連絡よこせ馬鹿女」
 
ぐいと引き寄せられ、抵抗する間もなく唇を塞がれる。
驚き、碧い瞳を大きく見開いたミリアリアだったが、角度を変えてこれでもかとばかりに落とされるキスの雨に翻弄され、いつしかぎゅっと瞳を閉じていた。
 
 
「…同じ、空の下にいて、同じ月が見られて、嬉しいの」
「うん」
 
 
激しいキスの合間にぽろぽろ零れる想いも、涙も、止まらなくて。
いつの間にか、そう口にしていた。
 
「……ほんとは会いたかったの。いつもあんたばっかりに無理させてた、って思って、会いに来たの」
「……ほんっとに、意地っ張りなのは変わんねぇよな、おまえ」
 
腕の力が緩み、ミリアリアはそうっと顔を上げ、綺麗な紫の瞳を見上げ、言わなければいけない言葉を口にした。
 
 
「ごめんね。わがままで自分勝手で。でも……馬鹿みたいに嬉しい。あんたに、会えて」
「俺も無神経なこと言って悪かった。……来てくれて、めちゃくちゃ嬉しい」
 
 
煌びやかに光り輝くイルミネーションの前で、二人は周囲の目など構わず何度もキスを交わす。
そんな二人を月の光もまた、優しく照らし出していた。
 
 
 
 
 
 
 
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絶対に間に合わないと思っていたクリスマス小噺@2016、間に合いました_:(´ཀ`」 ∠):_ ..
長編とは別の設定で、ケンカップルからの仲直りなクリスマスのお話です。
ミリィはスイッチが入れば行動力抜群だと思うので、手段さえあればこうしてプラントまで行っちゃうんじゃないかな、と思い、そしてディアッカもたまにはこのくらいミリィに喧嘩腰(?)なのも愛しさの表れならでは、と思いながら書きました。
離れた場所から同じものを見ている、という切なく甘いシチュが好きなので、今回楽しく執筆させていただきました。

いつも当サイトに足をお運びいただき、本当にありがたく思っております。
長編の方も佳境に迫っておりますが、年内にもう一つくらい何か更新できればと思っております。
皆様はどんなクリスマスをお過ごしでしょうか。
素敵なクリスマスになることを願っています。
v(゚∇^*)>o⌒☆merry X’mas☆ミ

 

 

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2016,12,25up

2017,1,3改稿