試し読み 星に祈りを 

 

 

 

 

 

足早に出かけるディアッカを見送り、ミリアリアはリビングへと一人戻った。
言われた通り分厚いカーテンは閉めたままなので、窓からディアッカを見送ることも出来ない。
仕方がないので、テーブルに置きっぱなしだったラップトップの電源を入れ、ぼんやりとモニタを見つめた。
久しぶりに外に出られて気分転換になったのは良かったが、ああして慌ただしく出かけていくディアッカを目の当たりにし、ミリアリアは改めて自分が今いる場所が地球ではない、ということを実感した。
地球にいた頃、ひた隠しにしながらもあれだけ恋い焦がれたディアッカと自分は今、同じ屋根の下にいる。
ディアッカの言葉を信じてプラントにやってきて、自由こそ制限されているものの、精神的にはずいぶん楽になった。
元通りには程遠いが少しずつ体重も増え、医師からも顔色の良さを指摘されたミリアリアは、好きな人と居られるだけで、こんなにも違うものか、と驚くばかりだった。
アークエンジェルにいた頃の二人の関係を思えば、ミリアリアがディアッカを見送る、など到底ありえなかっただろう。
それが今は毎朝朝食を一緒に食べて、出かけるディアッカを見送って。
食器を洗ったら端末に向かい、必要があれば洗濯や掃除をして、陽が傾けば食材を見繕って二人分の夕食を準備して。
帰宅したディアッカと二人で夕食を食べて、色々な話をして笑いあって、一つのベッドで眠る。
仕事部屋は別だけど寝室は同じで、と頑なに主張するディアッカについ頷いてしまったが、体調を慮ってか、同じベッドで眠ってもディアッカは決してミリアリアの体には一切触れようとしなかった。
くれるのは、優しくて甘いキスだけ。
その先を拒むつもりなどなかったが、それでも頭のどこかで何かがストップをかけているような、そんな気がして、ミリアリアもそのことについて特に言及することはなかった。
ただ、一緒に居られるだけで満足だった。
ぼんやりとしていたミリアリアは、新着メールを表すウィンドウが表示されていることに気づき、はっとモニタを見つめた。
 
「…しっかりしなきゃ」
 
穏やかな生活に満足して、本来の目的を忘れてはいけない。
自分はここで──プラントで、ダストコーディネイターの現状について市民たちに伝えねばならないことがあるのだ。
彼らがどうして捨てられたのか、どうやって生きてきたのか。
どうして、命を落としたのか。
地球では障害が多くて成しえなかったことも、プラントでならきっと、出来るはず──。
彼らを捨てた張本人である親たちにスポットを当てたことで予想外の攻撃に晒されているのは事実だが、それでもブルーコスモスに目をつけられていた頃に比べたらずっとマシだ。
何より、ディアッカがそばにいてくれる。
自分は一人ではない。
その想いは、ミリアリアの心を少しだけ強くしていた。
「え、アスラン…?」
意外なメールの差出人に、思わず声が漏れる。
アスラン・ザラは戦後オーブに亡命し、アレックス・ディノと名乗ってオーブの代表首長であるカガリと行動を共にしている。
カガリからならともかく、アスランからメール?
何かカガリの身に起きたのかと不安になり、ミリアリアは慌ててメールを開いた。
 
 
『ミリアリアヘ
突然すまない。元気でやっているだろうか。
つい先程、アプリリウスで反ナチュラル派のテロが起こったと行政府に連絡が入った。
カガリがひどく心配しているが、彼女は今色々と忙しくてメールもろくに送ることができない。
俺はまだ余裕があるから、出来たら安否確認だけでもさせて欲しい。連絡を待つ。       
                 アレックス・ディノ』
 
 
アスランらしい、どこか言葉足らずでぶっきらぼうな文面に、ミリアリアは思わずくすりと笑った。
決して長くないメールは、くれぐれも気をつけてほしい、とこれまた簡潔な言葉で締めくくられていた。
カガリも、地球で頑張っているんだ。私も頑張らないと。
ミリアリアはメールのアイコンをクリックし、返信画面を開いた。
 
 
 
早々にアスランへのメールを返信し、ミリアリアはターミナルへの回線を開いた。
肌身離さず持ち歩いている通行証をスロットに差し込み、パスワードを入力する。
自然と指はディアッカが向かったであろうテロの情報をチェックしていて、ミリアリアは画面に向かい苦笑した。
ディアッカが所属するジュール隊は、言わずと知れたザフトの精鋭部隊だ。
たくさんの優秀な隊員たちもいるのだし、きっと、大丈夫。
そう思いながらもざっと関連するスレッドをチェックしてみたが、どうやらテロリストが議事堂の一室に立てこもりを続けているようで、膠着状態が続いているとのことだった。
この様子では、ディアッカの帰宅もいつもより遅いだろう。
きっと酷く疲れて帰って来るだろう、と思い、夕食は胃に優しいものにしよう、とミリアリアは思った。
となれば、いつもより時間がある。
ミリアリアはふと思い立ち、画像を保存しているフォルダを開いた。
地球にいた頃撮りためた写真がこれでもかと詰まっているそのフォルダには、あの日のデータも入っている。
地球にいた頃は、一人で見ることを医師に禁じられていた。
記事をまとめるにはどうしても画像が必要で、しかしいざそれを目にすると大抵発作を起こしていたからだ。
だから、再び一人で取材に出ることになった時から今まで、ミリアリアがそのフォルダを開くことはなかった。
誰かが近くにいてくれるオーブとは違い、自分の身は自分で守らねばならない環境に身を置くからには、万が一を考え不安要素は一つでも少ない方がいい、という判断からだった。
だが、プラントでも地球でも、どこかへ記事を持ち込むのであれば必然的に画像も必要となる。
ミリアリアはここ最近の自分を思い返した。
プラントへ来て、ディアッカのそばにいるようになってからは一度も起きていない過呼吸の発作。
カウンセリングでの医師の言葉。
何より、レポートをまとめる際にあの当時のことを思い出しても、以前のように息苦しくなることもなかった。
それは、一人で作業していてもディアッカがいる時でも、変わらない。
…そろそろ、向かい合う時期ではないだろうか。
ずっと重りのようにつきまとっていた不安感も今はない。
そう、先ほども思ったはずだ。
穏やかな生活に満足して、本来の目的を忘れてはいけない、と。
カガリやアスランも地球で出来ることをしている。
ならば自分も一歩、前に進みたい。
ミリアリアはモニタをまっすぐ見つめ、数ヶ月ぶりにあの日の画像データを、開いた。
 
「…っ」
 
微かに息を飲むも、いつものような息苦しさは感じない。
やはり、精神的に安定しているとこれほどまでに違うものなのだろうか。
内心で胸をなでおろしながら、ミリアリアは凄惨な光景が詰まった画像をチェックし、必要と思われるものをどんどんピックアップしていった。
記憶よりも画像の量は多く、ミリアリアは無意識に重い溜息を漏らす。
ブルーコスモスの非常なテロによって、無残に散っていったダストコーディネイター達。
彼らとの約束を果たすためにも、前に進まなくては──。
そう決意を新たにしながら画像をスクロールさせていたミリアリアだったが、ある画像が現れたと同時にぐらり、と視界が揺れた。
 
 
 
 
 
 
 
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