「ミリアリアー?何やってんのー?」
 
その気安い口調に、ミリアリアは眉を顰めて振り返った。
「あんたこそ何してんのよ?この時間は休憩でしょ?」
蜜色の金髪に紫の瞳のコーディネイターは、ミリアリアの言葉になぜか一瞬驚いた顔になり──へらり、と笑った。
 
「ちょっと、なによその顔は」
「いや、俺の休憩時間、なんで知ってんのかなって思ってさ」
「っ…た、たまたまよ!別にチェックとかしてるわけじゃないからね!」
 
しまった、と言った表情の後、つん、と顎をそらすミリアリアに、ディアッカはくすくすと笑った。
いつもなら食堂でかち合う時間帯に自分がいなかった事に、ミリアリアは気付いていたのだろう。
──少しでも、気にかけてもらえてるのか?もしかして。
たったそれだけの事がこんなにも嬉しく感じてしまうなんて、とディアッカは内心で苦笑した。
 
「エターナルからジャンク屋来てんだろ?なんか掘り出しモノが無いかなって思ってさ」
「…だから食事もそこそこにこんなところにいたわけ?あんたね。その辺に買い物に来てるんじゃないのよ?補給受けてるんだって認識ある?」
「もちろんあるって!あ、何コレ」
 
ミリアリアの説教を回避すべく、ディアッカはとっさに目についた小さな何かを手に取った。
 
「…ガラス?石、か?」
「あら、それ…?ちょっと見せて」
 
ふわり、と鼻先に甘い香りを感じたと思った次の瞬間、ミリアリアの頭が自分のすぐ目の前にあり、ディアッカの心臓がどくん、と跳ねた。
癖が強すぎて何をしても跳ねてしまう、と言っていた茶色い髪は、遠目で見るよりふんわりとしていて柔らかそうで。
つい手を伸ばしたくなる衝動をディアッカは必死で堪えた。
 
 
「…似てるけど…違うみたいね。いくら何でもこんな所にあるわけないか…」
 
 
小さく溜息をついたミリアリアの様子に、ディアッカは首を傾げた。
 
「なぁ、何の話だよ?」
「え?ああ…護り石かと思ったのよ。でも違うみたい。きっと石とガラスの粉末を練って作られた合成石だと思うわ、これ。学生とかが買うような、手頃な値段のアクセサリーとかに使われてるやつ」
「護り石?」
 
聞き慣れない言葉に不思議そうな表情を浮かべたディアッカに、ミリアリアはころころと掌で石を転がしながら言葉を続けた。
 
 
「そう。オーブって鉱物資源が豊富で、山の中には採石場もあるの。プラントでは馴染みが無いかもしれないけど、そう言う所から採掘された鉱物が色々な過程を経て宝石になるのよ。で、これはその原石を模した合成石、ってわけ」
「ふーん…。で、護り石って?」
「オーブの言い伝えのひとつよ」
「言い伝え…って、どんな?」
「え?あー、えっと…」
「おーいディアッカ!ちょっとこの辺のパーツ、選別頼む!」
 
 
いつもより饒舌なミリアリアともっと話をしていたい、と思っていたディアッカだったが、その願いはマードックによって無惨にも打ち砕かれた。
 
「ほら!マードックさん呼んでるじゃない。早く行って手伝って来なさいよ」
「へいへい。つーか俺、休憩なんですけど?」
「こんなとこでうろうろしてたら掴まって当然!休憩時間はこの後にずらしてもらうのね」
「うぇ、マジかよ…」
 
ぶつくさとぼやきながらマードックの元へと去って行ったディアッカを見送り、ミリアリアは掌の石に目を落とす。
紫に近い藍色の中に、きらきらと光る結晶のような物質はきっとガラスだろう。
作り物めいた輝きは、やはり、自分の知るハウメアの護り石とは、違う──。
マスドライバーの破壊により壊滅的な被害を受けたであろうオーブを思い出し、ミリアリアの綺麗な碧い瞳に一瞬影が差す。
この戦争が終わったら、自分はオーブに戻るのだろう。
その時オーブは、どうなっているのだろうか。
ヘリオポリスから避難した両親の住む家は?
そもそも今回の攻撃の際、両親はきちんと避難出来たのだろうか。
 
 
──今は、考えても仕方がない。
 
 
ミリアリアはそっと溜息をついて手の中の石を戻すと、そのまま格納庫を後にした。
 
 
 
***
 
 
 
「なぁ、俺も欲しい」
「……はい?」
 
ジャンク屋からの補給を終え、夕食にありついていたミリアリアは目の前に陣取る少年の声に首を傾げた。
 
「あんた、ライ麦パン好きなの?」
「は?……あのな、なんで俺がお前の分の飯を欲しがんなきゃいけねぇんだよ。そうじゃなくて!ほら、さっきの」
「さっき?」
「い・し!なんだっけ?ハウメアの護り石だっけ?」
「……はぁ?」
 
唐突なおねだりに、ミリアリアは気の抜けた声を上げてしまう。
「あれからマードックの親爺に聞いたわけ。ハウメアってオーブの神様なんだろ?んで護り石ってのは、その神様の力が宿ってて、守ってくれるんだよな?持ち主のこと」
かなり大雑把な説明だとミリアリアは思ったが、まぁ大筋は間違っていない。
だがなぜディアッカはそんなものを急に欲しがり出したのだろう?
 
「オーブだったらそれこそピンからキリまでいろいろな石が売ってるけど…それかジャンク屋に頼めば?ああ、クサナギのクルーにも詳しい人がいるかもね」
「だー!そうじゃなくて!俺はミリアリアが選んだのが欲しいの!じゃなきゃ意味ねぇの!」
 
はあぁ、と深いため息をつくディアッカをミリアリアはきょとんと見つめ……かあっ、と頬を染めた。
 
 
自分が選んだ石が欲しい。じゃなきゃ意味がない。
それって…それって!
 
 
「あれ?ミリアリアどうしたの?下向いちゃって」
「……あんたって本当に、どこまで本気かわかんないわ」
「俺はいつでも本気だよ?特に、ミリアリアに関しては」
いつになく柔らかな声にはっと顔を上げると、頬杖をついてふわりと微笑むディアッカと目が合った。
 
屈託無く寄せられる恋に気がつくまでには時間がかかった。
そしてミリアリアもまた、薄々だったが自身の心がどこを向いているか、に気がつき始めていた。
でも、まだ迷っている。
トールを忘れることなんてできないから。
そんな気持ちで、別の人の手を取るなんて──不誠実だ、と感じてしまうから。
その反面、後ろめたさを覚えながらも心だけは惹かれて行っていて。
どうしたらいいか、わからない。
ただひとつ分かるのは──もう誰もいなくなって欲しくない、ということだけ。
 
 
ぼんやりとしてしまったミリアリアを眺めながら、ディアッカは小さく苦笑交じりの溜息をついた。
困らせるつもりはなかったのに、どうしても歯止めが効かなくなってしまう。
こんな顔をさせたいわけじゃ、ないのに。
 
「……いや、そういうのって自分で選ぶってのも風情がないじゃん?なんとなくさ。だったらミリアリアに選んでほしいなー、って」
 
そう逃げ道を作ってやると、不意にミリアリアがまっすぐディアッカと視線を合わせた。
 
「冷めるわよ、ごはん」
「……へ?あ、ああ、そうだな」
 
唐突な話題の転換に、ディアッカもまた間抜けな声を漏らしてしまう。
ミリアリアは目の前に置かれたトレーに視線を落とすとしばらく考える素振りを見せて──今日仕入れたばかりの苺にぐさりとフォークを刺し、ディアッカの目の前に突き出した。
 
「はい」
「………えーと、ミリアリアさん?」
 
石の話から一転、なぜ自分は目の前に苺を突き出されているのだろう。
「今はこれで我慢しなさい。ほら、口開けて!」
ピシリと言われ、反射的に口を開けるとそのまま苺が詰め込まれる。
口内に、甘酸っぱい味が広がった。
 
 
「とっておきなんだから、味わって食べなさいよね?……護り石のことは、戦争が終わって平和になって、その時忘れてなかったら考えてあげてもいいわ」
 
 
尊大にそう言ってのけたミリアリアだったが、その頬はほんのり染まったままで。
「だから…それを目標に頑張んなさい。分かった?」
ディアッカは紫の目をまん丸に見開いた後、ごくりと苺を飲み込み、微笑んだ。
意地っ張りなミリアリアらしい振る舞いの奥に隠された真意に、心が温かくなる。
そうだ、俺は必ず生き延びてここへ戻ってくる。
戦争を終わらせて、平和な世界を取り戻して、そして──。
「……りょーかい」
出撃時に見せるお決まりのサインを送って見せると、「もう!またふざけてる!」とミリアリアは頬を膨らませて──くすり、と笑った。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

またもAA時代のひとコマです。
長編「心を重ねて」内の“護り石”というお話とリンクしています。
前半部分は1年以上前に書いてあったのですが、ようやく最後まで書き上げることができました。
宇宙空間での苺はきっと大層貴重品だったはず…!
この時交わした約束、とも言えないほどの約束を、ミリアリアは大切に覚えています。
私の中のミリィはこんな感じで、誰に対しても些細な一言を大事にするイメージです( *´艸`)

 

 

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