やさしいひと

 

 

 

 
敵は、いつだって不意に訪れる。
脱走艦であるAAにとって周囲は敵ばかりだが、目下の敵はザフト。
管制席に座り、手早くコンソールを起動させ、ミリアリアはインカムをつけた。
 
 
「ストライクとバスターは?!」
「いつでも出れるとマードックさんから通信がありました!」
「すぐに発進させてちょうだい!」
「了解!」
キーボードに指を走らせると、モニタに二人のパイロットの姿が映し出される。
『嬢ちゃん、いつでも行けるぜ!』
「はい!……ストライク、どうぞ!」
『ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぜ!』
慌ただしくシークエンスを終わらせたストライクが飛び出して行ったのを確認し、ミリアリアはもう一人のパイロットに視線を向けた。
 
 
『俺も準備OKだけどぉ?』
 
 
不敵に笑うパイロット──ディアッカの赤いパイロットスーツは、ザフトのもの。
そして今まさに彼が戦おうとする相手は、かつて彼がいた、ザフト。
メンデルで親友に会った、とひどく落ち込んでいたのはつい先日のこと。
なのにどうして、こんな風に笑えるのだろう。
また会うかもしれないのに。
親友と刃を交えて戦うかもしれないのに。
あの時ぽつりぽつりと想いを口にしたディアッカは、とても辛そうで。
それでも決して涙を見せなかったディアッカをミリアリアは抱きしめ、泣いた。
 
 
 
キラとアスランの葛藤を、ミリアリアはもう知っている。
どんなに辛く、どんなに悩んだであろうかも。
だから、本当は送り出したくない。
辛いことを全部抱え込んでしまう人だと分かったから。
傷ついているくせになんでもないような顔をして、笑って、軽口を叩いて。
心配されるのが嫌いで、気を使って。
『なぁ、まだ?つーかお前、なんて顔してんだよ』
「…うるさいわね」
 
 
──神様、どうかこの優しくて強い人を連れて行かないで。
 
 
「カタパルト接続。……ねぇディアッカ」
『あ?』
「システム正常。進路クリアー。……ちゃんと、帰ってきて。ここに」
これが恋なのかは分からない。
でも、自分に何か出来ることがあるのなら。
このひとを、支えたい。
 
『ミリ…』
「無理に笑わなくてもいい。待ってるから。私はここにいるから。……バスター発進、どうぞ!」
 
ぽかん、とするディアッカを直視出来ず、視線を逸らしたままミリアリアは発進許可を出す。
 
 
『……じゃあさ。戻ってきたらおかえり、って笑って?──ディアッカ・エルスマン、バスター、行くぜ!』
 
 
こめかみに指を当てる軟派なポーズと不敵な笑顔を残し、バスターが宇宙へ飛び出していく。
「なっ……」
「…あいつさ、ミリィの笑顔が何よりの栄養なんだよ」
背後からかけられたサイの声に、ミリアリアの頬がほんのりと染まる。
 
「…まぁ、パイロットの健康管理もクルーの仕事よね。──っ、オレンジデルタに敵機確認!数4です!」
 
ミリアリアの声に、ブリッジが緊張に包まれる。
そうよ、無理に笑う必要なんてない。
あんたが辛い時は、私が笑うから。
私の前では、気を張らなくてもいいから。
だからお願い。
──無事に戻ってきて。
 
 
「取り舵!コリントス装填!」
マリューの声は今この瞬間にも戦闘が続いていることを意味していて、ミリアリアはコンソールに意識を集中させる。
私はここで、私に出来ることをするんだ。
 
 
碧い瞳に、強い光が宿った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

無印時代での出撃シーンのひとコマ。
サイトの拍手小噺にある、「ハーブティー」の続編です。
直接想いを伝えてはいないけれど、ディアッカを心配するミリアリアの
遠回しな思いやりをしっかり受け止めるディアッカ。
そしてミリアリアもまた、トールの死を少しずつ受け入れながら、
戦争を止めるために自分ができることをする、という本来の信念を
思い出し、前を向いていってくれたら、と思い書き上げたお話です。

 

 

text

2016,9,11拍手up

2016,10,17up