もっと信じて。もっと、好きになって。

 

 

 

 
ドアを開けた瞬間、ミリアリアは後悔した。
今すぐドアを閉めて、目に映った光景を無かったことにしたい。
カガリから懇願されて就いた特別報道官の地位もこの白い軍服も全部捨てて、ここではない何処かに逃げたい。
だが、現実問題としてそんなことは許されない。
ミリアリアはそっと呼吸を整え、貴賓室の中へと一歩を踏み出した。
 
 
「オーブ連合首長国特別報道官、ミリアリア・ハウです。ようこそオーブへ。私たちはあなたを歓迎します」
「ザフト軍ジュール隊副官、ディアッカ・エルスマンです。今回の国際会議の護衛について指揮を取らせて頂きます。よろしく」
 
 
形式通りの挨拶をし、握手を交わすためにミリアリアは手を差し出す。
何故カガリは自分に、プラントの警備責任者を『ひとりで』出迎えるよう命じたのか。
お節介で、しかし友達思いな代表首長に、ミリアリアは内心で溜息をついた。
と、差し出した手に、黒い軍服に包まれた褐色の大きな手が同じように伸ばされ──強い力で体ごと引き寄せられた。
「きゃ…」
「やっと会えた」
きつく抱きしめられ、耳元で囁かれると、ミリアリアの体が強張った。
ここは行政府の貴賓室で、自分たちはもう何の関係もない、はずなのに──。
 
「ディ…エルスマン副官!はなして、くださ…」
「なんで会いに来ないまま戻った?」
 
静かな声に、ミリアリアは言葉を失う。
それは一年前、二度目の大戦が終わりを告げた時の出来事を指しているに他ならなかったから。
「しら、な…」
「ずっと待ってた。あの日」
落とされた言葉に、心臓がぎゅっと締め付けられて。
ミリアリアは“あの日”のことを思い出していた。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリィ。これ、ディアッカから」
AAが地球に戻る前日。
ザフトの白服を纏ったキラから手渡されたメモを、ミリアリアは反射的に受け取ってしまった。
「キラ…私もう、あいつとは…」
「僕は頼まれただけだよ。決めるのはミリィだから」
ふわりと微笑む旧友の言葉に、ミリアリアはぐっと顎を引き、メモを開く。
そこには懐かしくて綺麗な筆跡で、『待ってる』と書かれていた。
その下にはAAが格納されているドッグの談話室の場所と、時間。
この時間にここで待っている、ということなのだろう。
 
「……あいつ、元気だった?」
 
俯いたままのミリアリアの言葉に、キラは頷いた。
「うん。被弾はしたけど怪我もなかったって。あと彼ね、黒服に昇進したんだ」
「被弾……昇進?」
ミリアリアはぱっと顔を上げた。
「異例のことだ、ってラクスも驚いてたよ。それだけディアッカが積み上げてきた功績が大きかったんだろうね」
「……そう。ありがとう、キラ。よく考えてみるわ」
静かに微笑むミリアリアに、キラはそうだね、と頷いた。
 
 
 
***
 
 
 
「キラから…受け取らなかったの?手紙」
「受け取ったさ。けど納得できるようなもんじゃなかった」
「あれが…っ、私の気持ちよ!今もそれは変わりない!なのにどうしてあんたはこうやって…慣れてきた頃にいつも私をかき乱すのよ!」
 
キラに手紙だけを託し、ミリアリアはディアッカに指定された場所に行くことなく地球へと戻った。
『私は元気です。昇進おめでとう。体に気をつけて、元気で。』とだけ記した手紙。
どんな気持ちでこの男はそれを受け取ったのだろう。
どんな気持ちで来るはずのない女を待ち続けていたのだろう。
想像するだけで胸が苦しくて、それでも彼の手を取るわけにはいかなくて、だけど、離れがたい気持ちも確かで。
ぐちゃぐちゃな思考の中、ミリアリアは駄々をこねる子供のようにディアッカの腕の中でもがき、ついには涙を浮かべた。
 
 
「せっかく…思い出にできるって、思ったのに…っ」
「なんで思い出にする必要があるんだよ」
「私はオーブの軍人で、ナチュラルなのよ?!あんた、自分の立場分かってるの?!」
 
 
先の大戦でAAに与し、緑服へと実質降格となったディアッカ。
数少ない逢瀬の中でも決してそのことについて多くを語ろうとはしなかったけれど、きっと言われなき誹謗中傷を受けたこともあっただろう。
親友や親族の後押しがあろうとも、少なくとも、温かく受け入れてもらえる環境ではなかったはず。
それ以前に、彼の性格からして親友はともかく親の後押しなど全力で拒否するだろうけれど。
 
だから、そんな彼が昇進したと聞かされて、ミリアリアは本当に嬉しくて、安心したのだ。
それは彼の居場所がちゃんとあって、かつ彼の努力が認められたことに他ならなかったから。
だが同時に、自分はディアッカともう関わってはいけない、と思った。
未だくすぶり続ける二種族間の関係。
戦争は終わったけれど、人の心はそう簡単に切り替わるものではない。
せっかく公私ともに認められたディアッカに、ナチュラルの女の影などあってはならないのだ。
短い期間だがジャーナリストとして活動してきたミリアリアは、自然と最悪の事態を想像し、不安要素を回避する癖が身についていた。
だから──短い言葉に精一杯の想いを込めて、キラに託したのに。
 
 
「私は…ナチュラルなの。せっかく信用を取り戻したあんたがオーブ軍人でナチュラルの私と連絡を取り合ってる、なんてことになったら……全部無駄になるでしょう?!あんたの努力が!」
「だから思い出にしようと思ったわけ?」
「そうよ!あんたのことだってちゃんと見てたわ!任務の合間に写真も撮った!それだけで…それだけで良かったのに、なんで…」
「お前、バカだろ」
 
 
落とされた言葉に、かぁっと目の前が真っ赤に染まった。
「そうねバカよね!わかってるわよそんなの!バカなくせに戦場になんて飛び出して、AAに出戻って、それで」
「そういう類のバカじゃねぇよ」
「っ…じゃあなんなのよ!」
「種族とか昇進とか、どうだっていいんだよ。恋人がナチュラルで何が悪い?俺たちが戦った理由は、種族の違いも関係ない、平和な世界を作るためだったんじゃねぇの?」
がん、と頭を殴られたような気がした。
そう、私たちは同じ志を持って戦った。
居る場所は違っても、それは変わらなかった。
……それでも、理想と現実はまだ隔たりがある。
「お前さ、難しく考えすぎ。そんでもって、不器用すぎ」
「…だってバカだもの」
「ああもう…拗ねんなっつーの!」
ぐい、と肩を掴まれ、少しだけ腰を屈めたディアッカの紫の視線に縛り付けられる。
 
 
「俺の立場を考えてくれたんだろ?」
 
 
うぬぼれないで。勝手に決めつけないで。あんたこそバカじゃないの。
思い浮かんだ言葉はしかし、実際に形にはならなかった。
許容量を超えて溢れてしまった涙が、言葉の代わりに全てを語ってしまっていたから。
 
「そういう風に…言うの、やめてよね」
「なんで?」
「…っ、わたし、壊れちゃうもの!どんどん貪欲になって期待して、おかしく、なるっ…!」
 
強引に唇を塞がれ、ミリアリアは最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。
あっという間に入り込んできた舌に口内を蹂躙され、縋るものを求めて黒服の袖をぎゅっと握りしめる。
やっと唇が解放された頃には、膝に力が入らずディアッカの胸に体を預けなければ立っていられなかった。
「それぞれの立場ってもんがあるから、公私混同はしない。でも、もう我慢もしない。好きだ、ミリアリア」
その矛盾した言葉すら全部愛しくて、離れたくなくて。
再びぎゅっと抱きしめられ、すっぽりとディアッカの胸に収まったミリアリアはぎこちなく腕を上げ、逞しい背中にそっと回した。
 
「貪欲になっても壊れてもいい。好きなだけおかしくなったっていい。全部俺が受け止めるから。お前の優しさも弱さも、強さも」
「……あんたがいなくなっちゃったら、私は今度こそもうきっと立ち直れない。責任…重大よ?」
「いなくなんねーよ。こんなに好きな女置いて、いなくなんかなれるかよ。だからさ…」
 
耳元で囁かれた言葉に、ミリアリアの瞳から大粒の涙が溢れる。
 
 
「絶対にお前を守るから。俺のこと、もっと信じて。それで、もっと好きになって?」
 
 
自分はこの男を見くびっていたのかもしれない、とミリアリアは思う。
生意気なコーディネイターの少年だったくせに、ちょっと見ない間に一人で勝手に大人になって。
だからこそ置いていかれたくない。体も、心も。
「……厄介ごと抱えても、知らないんだから」
「そういう意地っ張りで優しいミリィも、ホントに大好き」
頬に残る涙をそっと拭われ、ミリアリアは紫の瞳を見上げる。
 
「公私混同は…ダメなんだからね?」
「しないって言ったばっかでしょ?」
 
どちらからともなくくすりと笑い、ミリアリアはずっと恋い焦がれていた男の胸に顔を埋め、小さく呟いた。
「ひどいこと言って、ずっと逃げててごめんなさい。…好きよ、ディアッカ」
ひゅ、と息を飲んだ隙をついて背伸びをし、かすめるようなキスを贈る。
 
 
「これから宜しくお願いしますね、エルスマン副官?」
「──こちらこそ。ハウ報道官?」
 
 
もう、自分に嘘をつくのはやめよう。
自分が恋したこの人を信じて──もっともっと、好きになろう。
ふわり、と花のように微笑んだミリアリアをディアッカは愛おしげに見つめ、もう一度だけ唇を奪った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

 

遅ればせながらの20000hit御礼小噺です;;
カウンタは35000をとうに過ぎているのに…ごめんなさい;;
サイト本編とはまた別のディアミリ、いかがでしたでしょうか?
運命でのディアッカが少年ぽさ皆無で大人になっていたことに当時
ビックリした思い出があり、それをもとに今回のお話を作成しました。
ワンパターンな話ばかりで恐縮ですが、一人でも多くの方に
楽しんでいただければ幸いです。
いつも当サイトに足をお運び頂き、拍手や温かいコメントまで本当に
ありがとうございます!
全てが創作の糧となっております。
ディアミリを愛する皆様と共に、これからも幸せな二人のお話を書き続けられたらいいな、
と思っております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

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2016,9,29up