心を溶かす呪文

 

 

 

 
太陽の光が恋しい。
 
アークエンジェルの通路を歩きながら、ミリアリアは溜息をついた。
ヘリオポリスの擬似的な太陽でもない、ぽかぽかと暖かな陽光。
そう、まるで──トールみたいな。
もう二度と会うことのない大切な人のことを想い、瞳の奥が熱くなる。
ああ、だめだ。
あと少しで部屋なんだから、ここで泣いたらだめ。
宇宙へ出てもうすぐでひと月。
だんだんと食事も摂れるようになり、自然な笑顔も出るようになった、と思う。
ひとりで隠れて涙する回数も、だいぶ減ったと思う。
 
──と言うより、なかなかひとりになれなくなった、と表現したほうが正しいのだが。
 
でもその反面、あいつがミリアリアの胸に澱のように溜まった想いを受け止めてくれたからこそ少しずつ前を向けるようになってきた、と言うのも事実で。
それでも、トールのことを忘れたわけじゃない。忘れられるはずがない。
こんな日は早く部屋に戻って、泣きたいだけ泣けば明日にはまた笑えるはず。
あいつはまだ格納庫に詰めているようで、ブリッジからここまで姿を見かけない。
そこまで考えた時、なぜか胸がつきん、と小さく痛んだが、ミリアリアはそれに気づかないふりをした。
目の前の角を曲がったらもう部屋に辿り着く。
気が緩んで零れ落ちそうになった涙を必死で我慢し、角を曲がる。
「おっと。あれ?休憩?」
「──っ」
目の前には、赤いジャンパーをラフに着こなす金髪に紫の瞳の“あいつ”──ディアッカ・エルスマンが驚いた表情で立っていた。
 
 
***
 
 
「ほら、早く中まで入れって」
「ここは私の部屋でしょ!何よその言い草!それになんであんたまで入ってくるのよ!」
 
ミリアリアの瞳に溜まった涙をディアッカが見過ごすはずもなく、気づけば手首を掴まれ、自室に放り込まれていた。
「出てってよ!私、寝るんだから!」
「ヤダ」
「やだ、って…」
「だって俺も休憩だもん。んでもって、今日はここで休憩する」
飄々とミリアリアのベッドに座り込むディアッカに、思わず溜息が漏れた。
 
「はい、どーぞ?」
 
まるで自分のベッドのようにくつろぎ、腕を左右に広げるディアッカは、柔らかく微笑んでいて。
ミリアリアは小さな手をぎゅっと握りしめる。
これ以上、優しくしないで。
必死で取り繕ってきたものが、壊れてしまうから。
これ以上、あなたを好きに、させないで。
また失くすかもしれない、この恐怖はきっとあなたにはわからないでしょう?
 
「……戦争が終わったら、あんたは戻るのよね?プラントに」
「あ?」
 
何を言い出すのか、といった顔でディアッカが首を傾げる。
 
 
「そうしたら私とあんたはもう会うこともない。だから…後腐れのない私にそんなに構うわけ?」
 
 
ひどいことを言っている自覚はあった。
一見軽く見えるディアッカは、本当は気遣いが出来てとても優しい人だ。
ナチュラルの中で生活して、きっと自分だって気を張り詰めているくせに、ミリアリアに注がれる眼差しはいつだって優しい。
だから、縋ってしまいたくなる。最初は嫌いだったはずなのに、どんどんこの男に惹かれていく自分がいる。
 
──ずっとそばになんて、いられないのに。また、失くすかもしれないのに。
 
うつむいたまま唇を噛むミリアリアの耳に、ギシ、とベッドがきしむ音が飛び込んでくる。
無言で立ち上がったディアッカの吐いた溜息に、ああ、怒らせてしまった、と心が痛んだ。
でもきっと、これでいいんだ。
大切なものなど、もういらない。
あんな恐怖を味わうのは一度きりでいい。
だから──早く出て行って欲しい。
夜は長いから、ミリアリアが気の済むまで泣いてもまだ眠る時間くらい残してくれる。
思い切り泣いて、こんな醜い感情もすべて涙と一緒に洗い流して、また明日から笑うんだ。
 
 
ふ、と目の前が暗くなった、と自覚した瞬間、ミリアリアの体は力強い腕に捕らわれていた。
「そういうふうに思ってたんだ」
落ちてきた声はひどく静かで。
ミリアリアは返事をすることが出来なかった。
「後腐れのない関係、ねぇ…。ま、昔そんなこともあったかな」
ぽん、ぽんと軽くミリアリアの背中を叩きながら、ディアッカは言葉を続けた。
 
「でも、おまえは違うぜ?こんな危なっかしくて脆くて…強くなろうって足掻いてる女、簡単に手放すかっつーの」
「……私は、あんたのものになった覚えなんてないわ」
 
必死で涙をこらえながらも気丈に言い返すミリアリアを、ディアッカはさらにぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ、俺のものになってよ」
「──なん、で?あんた、私の言ったことちゃんと…」
「うん、聞いてた。本心じゃないこともちゃんと分かってる」
どうして。このひとは。
こらえていた涙がぶわり、と盛り上がり、そのままぼろぼろと零れる。
 
 
「俺じゃ役不足かもしんねぇけどさ。泣いちゃえよ。泣いて、溜め込んだ悪いモン全部出しちまえ。んでぐっすり寝て、しっかり飯食って、生きようぜ?」
 
 
びく、とミリアリアの体が震えた。
「生き、る……」
「そ。おまえはきっとさ、もうこんな思いしたくない、って考えてるんだろうなって勝手に俺は思ってたわけ。だから一人になりたがってた。違う?」
どうしてこの人は、こんなにも私を見てくれているんだろう。
言葉が見つからず、ミリアリアは緩く首を振り、ただ涙を零し続けた。
 
「だけどおまえはそれを乗り越えようって足掻いてる。ひとりで生きていくんだ、って。だからこそ…放ってなんておけねぇよ」
「あんた…お人好しのバカよ……こんなのおかしい…っ」
「まあね。俺もびっくりだぜ。でもまぁいいじゃん?とにかく今日のところは泣いとけって。それで…」
 
そっと後頭部に回された手に頭を引き寄せられ、その優しい仕草に更に涙が止まらなくなる。
 
 
「もっと俺を信じて、好きになって。……俺はお前と生きて、戦争が終わった後の未来を一緒に見てみたい。だから絶対、お前を置いていなくなんてならないから。ひとりにしないって約束する」
 
 
いなくならない。ひとりに、しない。
ディアッカのその言葉は、ミリアリアの全身から力を奪って。
だらんと垂らしていた腕を赤いジャンパーの背中に回してしがみつくと、ミリアリアは子供のように声を上げて泣きじゃくった。
 
 
 
 
 
 
 
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AA時代。両想いだけどくっついていない二人。
ディアッカへの感情に気づいていながら蓋をしているミリアリアと、そんな
ミリアリアに素直な願いを伝えるディアッカ。
Blog拍手小噺「煤けた約束」に繋がる小噺です。
スマートっぽいけどそうでないような17歳のディアッカを書きたくて撃沈orz

 

 

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2016,9,20up