物好きで上等

 

 

 

 
ディアッカがその会話を耳にしたのは、本当に偶然だった。

 
 
「ミリアリア・ハウ?あの、ピンクの軍服着たオペレーターが?」
「ああ、あのコーディネイターといい仲らしいぜ。」
「へぇ…物好きだな。」
 
 
あのコーディネイター、が誰を指すかしばし考え、ディアッカは溜息をついた。
『騙されてるんだ、お前は!』
こんな時ほど、イザークの言葉が胸に刺さる。
ナチュラルとコーディネイターの無益な争いを、この戦争を止めたい。ミリアリアを守りたい。
その思いに変わりはないのに、ふとした瞬間心がざわめくのは思っているより自分が弱い人間だから、だろうか。
誰もいない食堂に足を踏み入れ、なんとなくドリンクブースの前で立ち止まり、ぼんやりとそれを眺める。
「……あんた何してるの?」
はっと声のした方を振り返ると、そこにはピンクの軍服姿のミリアリアがタンブラーを手に立っていた。
 
 
 
ミリアリアは、つっけんどんなように見えて、とても優しい。
メンデルでイザークとの邂逅を果たして以来、どこか浮き沈みが激しいディアッカを気にしてくれていたのだろう、と考えてしまうのは自惚れすぎだろうか。
心配されるのは、正直に言えば嬉しい。
だがそれよりも、ミリアリアの困った顔、心配そうな顔は見たくない。
そんな顔をさせるために、ここに残ったつもりはないのだから。
だからディアッカは瞬時に仮面を被る。
いつものように、斜に構えておちゃらけたキャラクターを演じるのだ。
 
「あー、なんか飲もうかなと思ってさ。」
「それにしてはぼんやりしていたように見えたけど?」
「いや、何飲むか迷ってたの。それともアナタ様が選んでくれたりする?」
 
そう言ってニヤリと笑えば、きっと返ってくる言葉は「バカじゃないの?!」あたりだろう。
だがディアッカの予想は外れた。
 
「あのねぇ。ほんとひねくれてるわよねあんた。」
「……は?」
 
つかつかと近寄ってきたミリアリアに下からぎろりと睨み上げられ、ディアッカはぽかんとしてしまう。
「座りなさい」
「へ?」
「いいから!」
その気迫に押される形で手近な椅子に腰を下ろすと、向かいの椅子にミリアリアもまた腰掛けた。
 
 
「…オーブだって一枚岩じゃない。いろいろな人がいるわ。でも大多数のクルーは、あんたのことを信用してる。あんな陰口にいちいちへこんでんじゃないわよ。」
「っ、な、お前」
「何よ?」
 
 
その言葉は、先ほどディアッカが耳にした会話をミリアリアもまた聞いていたということを如実に表していて。
思わず絶句してしまったディアッカの手にタンブラーが押し付けられる。
 
「エターナルからのおすそ分け。あんたがこういうの好きって聞いたから格納庫に持って行ったの。」
「……え?」
「そしたらあんなくっだらないこと話してる奴らがいるじゃない。なんなのあれ?クサナギのクルー?」
「あ、ああ。見かけない顔だったから多分ヘルプで…」
 
しどろもどろなディアッカをもう一度睨み上げ、ミリアリアは溜息をついた。
「あんたもね、理不尽だと思ったら遠慮なく行きなさいよ。悪いことしてるわけじゃないんだし。」
「……でも俺は、コーディネイターだろ。」
ぽつりと溢れた言葉に、ミリアリアはディアッカを見上げたまま先を促すように首を傾げた。
 
 
「ほんとに止められるのか、って…これだけでかい戦争にまで膨れ上がったナチュラルとコーディネイターの間の確執が消えることなんかあるのか、って…お前、考えたことない?」
「あるに決まってるでしょ。あるから、ここにいるんじゃない。」
 
 
迷いのない言葉に、ディアッカは息を詰めた。
 「止められるのか?じゃなくて、止めたいの。時間はかかっても。だから、ああいう風にいつまでもぐちぐち言ってる大人は嫌いなの。だから怒鳴りつけてやったわ。マリューさんに怒られるかしらね。」
「いや、それは…多分、ないと思うけどさ…」
 
ぐちぐち言ってる大人。
あまりの言いように、ディアッカはつい笑みを浮かべてしまった。
「…で?それ。飲まないの?」
「あ?ああ、飲む、けど…」
ディアッカは手元のタンブラーに目を落とした。
 
「緑茶よ。グリーンティー。好きなんでしょ?」
「…もしかしてこれ、お前が煎れてくれたの?」
「いらないなら返して欲しいんだけど」
「いる!いります!」
 
そう言ってそっと口をつけると、どこか懐かしくて落ち着く香りと味がディアッカの口の中に広がった。
自然にほぅ、と息が漏れる。
 
「…ちょっとは元気、出た?」
「…ああ。美味い。」
「そ。良かった。じゃ私、もう寝るわ。」
 
そう言って立ち上がるミリアリアの細い手首を、ディアッカは咄嗟に掴んでいた。
 
 
「お、お前は飲んだのかよ?」
「は?…いいわよ、あんたにあげるから。好きなんでしょ?」
「せっかくなんだし飲めよ!ほら!」
 
 
ぐい、とタンブラーを差し出すと、ミリアリアは迷ったように唇を尖らせた。
と、これはもしかして間接キス、になるのでは、と気づき、ディアッカは目を泳がせた。
「あ、いやその、嫌ならいいんだけどさ。か、間接キスだもんな、これって」
次の瞬間。
胸元を強く引かれ、え、と思う間もなく唇が柔らかい何かで塞がれる。
それがミリアリアの唇だ、と理解するまで、数秒の時間を要した。
 
 
「……物好きで上等よ。私はあんたのこと、信頼してる。」
「…ミリアリア」
「間接キスが嫌なんじゃないの。あんたに飲んで欲しくて煎れたんだから、それはあんたの。…残したら承知しないわよ?」
 
 
口調は強いが、真っ赤なほっぺたでそんな風に言われてもちっとも怖くない。
「じゃ、おやすみなさい。それ飲んでしっかり休んで、気持ち切り替えなさいよ?」
そう言って風のように立ち去るミリアリアを見送ると、ディアッカは思わず唇に指を這わせた。
 
「……マジ、かよ」
 
先程までの陰鬱とした思いは綺麗に吹き飛んでいて。
ディアッカはふわり、と微笑み、もう一度タンブラーに口をつけた。
ミリアリアを守りたい、という想い。
これはきっと、恋、というものなのだろう、とディアッカは思う。
そしてその恋の芽は、確実に芽吹き始めている。
 
 
ミリアリアの存在が、ディアッカを強くする。
そしてそれは、生きる力となりアークエンジェルを、自分自身を守る力ともなるのだ。
「あいつも俺も…物好きなのに違いはねぇな」
半分ほど飲んだタンブラーを手にディアッカは立ち上がると、先程までとは打って変わって軽快な足取りで食堂を後にした。
 
 
そして、同じ頃。
自室に駆け込んだミリアリアが羞恥のあまり真っ赤な顔で頭を抱えていたこと。
そして格納庫で件の男たちに「物好きで上等よ!」と啖呵を切っていたことをディアッカが知るのは、また別のお話。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

私には珍しく、ミリ→ディア?風味です。

ぷらいべったーからの再録。AA時代の二人です。

こんなミリィも大好きです♡

 

 

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