俺との恋が悪いことみたいに言わないで

 

 

 

 
「ハウ三尉。あのザフト兵とはどのような関係かね?」
 
 
二度目の大戦がようやく終わりを告げ、艦隊修理を兼ねた協議の為ゴンドアナへの入港を許されたAAのブリッジ内に硬い声が響いたのは、停泊して一週間目のことだった。
声の主はクサナギからマリュー・ラミアスに会う為にAAに訪れていたオーブ軍の高官。
「え……」
言葉に詰まってしまったミリアリアに助け舟を出すように、艦長であるマリュー・ラミアスが口を開いた。
 
「彼はミリアリアさんの古くからの友人です。私たちとも面識のある、信頼も置ける人物です」
「ほう…艦長も公認の仲、と理解してよろしいと?」
「何が仰りたいのですか?」
 
男の言葉に、ブリッジ内の空気が一気に緊迫する。
 
 
「あれほどの大きな戦争が終わって間もないのに、随分と呑気なことだと思ったまでです。少なくともクサナギではだいぶ話題になりましたがね。先日の出来事は」
  
 
それが、ゴンドアナに入港してすぐに現れたザフト兵──ディアッカ・エルスマンとオーブ軍三尉であるミリアリア・ハウの再会シーンであることは、ブリッジにいる誰もが理解出来た。
人波をかき分けてまっすぐミリアリアの元に駆け寄った緑服のザフト兵はそのまましっかりと彼女を抱きしめ……彼女もまた、数瞬の後その背中に腕を回し、しっかりと抱きしめ返した。
それが単なる友情からの抱擁でないことは一目瞭然で、彼らの過去を知っているAAのクルーたちは一様に柔らかな表情を浮かべたものだったが、経緯を知らない第三者からすれば、疑問に思うのも無理はなかった。
特に、ディアッカはつい先日軍服の色が変わったこともあり、精悍な容姿と相まってとても目立つ。
だからきっと、何度となくこの艦に出入りしていることに皆気づき始めていたのだろう。
こんな風に生真面目が過ぎる軍人気質の男ならば、余計に。
重い空気の中、ミリアリアは管制席から立ち上がり床に降り立つと深々と頭を下げた。
 
 
「──あのような場で浮ついた態度を取ってしまったこと、申し訳ありませんでした」
「ミリアリアさん…!」
 
 
思わず声を上げかけたマリューだったが、隣に立っていた恋人──ムゥ・ラ・フラガにそっと肩を掴まれ、ぐっと唇を噛み締めた。
 
「軍人としての自覚が足らないのではないか?仮にも数刻前まで敵対していた相手に……」
「自覚が足らなかったことは認めます。ですが…数刻前まで敵であった、と仰るのならば、停戦勧告が発令された時点でもうその認識は過去のものなのではないでしょうか?」
「──なに?」
「コーディネイターは敵ではありません。私たちと同じように喜怒哀楽の感情を持つ人間です。そして私も」
「……何が言いたい」
 
ミリアリアはまっすぐに男を見上げた。
 
 
「先ほど申し上げました通り、自覚が足らなかったことは認めます。ですが、大切に想う人の無事な姿を目にしても自分の感情を全て押し殺して素知らぬ顔をするなんて、私には出来ません。それは…あまりにも不自然だと思います」
「なっ……」
「とはいえ、軍旗を乱したことは自覚しています。降格も懲罰も、その必要があるのならいつでもクサナギまで出頭します」
 
 
きっぱりと言い切ったミリアリアを男は忌々しげに睨みつけ、踵を返した。
 
「ラミアス艦長。後ほど部下の再教育プログラムのマニュアルをお持ちしましょう。いくらカガリ様の口添えがあったとはいえ、どうもこの艦のクルーは…」
「いいえ。その必要はありません」
 
きりりとした声で言葉を遮られ、男は驚いた顔で振り返り──チョコレート色の瞳に射抜かれ、言葉を失った。
 
 
「貴官の仰ることも間違いではないと私も思います。ですが、それぞれの思い、というものもあります。たとえ軍人であっても。私はその思いを無駄にしたくはありませんので」
 
 
ぎり、と男は歯を食いしばり、喉元まで出かかった言葉をどうやら飲み込んだらしい。
「左様ですか。艦長殿のお考え、しかと受け止めました。では私はこれで」
足音も荒く、しゅん、と開いたドアから消えていく男の姿をブリッジクルーたちは無言のまま見送る。
立ち尽くしていたミリアリアの頭にぽん、とフラガの大きな手が置かれた。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリアリア」
 
背後から聞こえた声に、はっとミリアリアは体を硬くした。
ここはエターナルの展望室。
あれから気を利かせたマリューに用事を言いつかり、ミリアリアはエターナルで仕事をしていた。
間違ったことを言ったつもりはない。
だがブリッジには古くからのクルー以外にも、新しく配属されたオーブ軍の兵士たちがいる。
彼らがミリアリアとディアッカの関係をどこまで知っているかも分からないし、ミリアリアが言い放った言葉をどう捉えたのかも分からない。
そして何より、ミリアリアは怖くなったのだ。
ディアッカの存在が、彼を知らない者たちの目にどう映っているのかが。
だからマリューの言葉に甘え、エターナルへとやってきた。
ああ見えてディアッカは、ミリアリアが忙しい時、無理を押してまで顔を出そうとしない。
そんなところはかつてAAにいた頃よりも思慮深くなっていて、大人になったのだな、とミリアリアは感じていた。
だからきっと今日は顔を合わすこともないだろう、と思っていたのに。
 
「……ごめん。艦長から頼まれて今日はこっちに」
「クサナギのやつとやりあったんだって?」
 
ずばりと切り込まれ、ミリアリアは思わず息を詰めてしまう。
「う、うん、ちょっとね。誰に聞いたの?」
「フラガのおっさん」
すい、と背の高いシルエットがすぐ隣にやってきて、ミリアリアは思わず俯いた。
「そ、か。ごめん。なんか気を使わせちゃって…きゃっ!」
不意にがばりと抱きしめられ、ミリアリアは思わず小さく悲鳴をあげた。
「ちょ、ディアッカ?」
ぎゅうぎゅうと力が込められ、ミリアリアは戸惑い、ディアッカの名を小さく呼んだ。
「なんで謝るの」
「だ、だって…フラガさんから聞いたんでしょ?嫌な思いしたんじゃ…」
抱きしめる腕にさらに力が込められ、ミリアリアの言葉は途中で途切れてしまう。
 
 
「なんでそうやって…一人で抱え込むんだよ。俺を庇う必要なんかないだろ」
「ディア…」
「──俺との恋が悪いことみたいに、言うなよ……っ!」
  
 
耳元で囁かれた言葉がミリアリアの脳に届くまで、数瞬の間を要した。
「……悪いことなんて、思ってないわ。ただ…あんたが嫌な思いをするのが嫌だっただけ、よ」
息ができないほどきつく抱きしめられながら、やっとそれだけ言葉を紡ぎ出す。
もう、ただ泣いているだけの成り行きで軍人になった少女兵ではない。
自分の意思で、ディアッカの手を再び取った。そのことに後悔なんてこれっぽっちもしていない。
そしてミリアリアは、自分の出来ることでディアッカを守りたい、と強く思っている。
だから、そんな風に苦しそうな顔なんてしないで欲しいのに──。
 
 
「堂々としていればいい、確かにそう思うし、私はあんたとの関係を後ろめたく思ってなんていないわ」
 
 
ミリアリアの静かな声に、きつく回されていた腕の力が少しだけ緩んだ。
「ミリィ…」
まるで子犬のような紫の瞳に見つめられ、ミリアリアはふわり、と微笑む。
 
「私だけ守ってもらうのは不公平だわ。武器は持てなくても言葉でだったらあんたのことを守れる。だから…そのくらいしたって、いいでしょ?」
すぐに万人に受け入れられよう、などとは思わない。
 
自分たちはナチュラルとコーディネイターで、二人がともにあるためには多くの障害や偏見を乗り越える必要がある。
だから、それはゆっくりでいい。
二人のことを分かってくれる人たちがいて、目の前の愛しい人が笑顔でいてくれるなら、今はそれだけで、いい。
そのためならいくらだってミリアリアは戦うだろう。自分にできるやり方で。
 
 
「……やっぱ、好きだわ俺。おまえ」
「ばっ…!何、よ」
「こーいうのを“惚れ直す”っつーんだろうなぁ」
「ば、バカなこと言ってないでそろそろ離してよ!くるし…」
 
 
自分を見つめる紫の瞳が切なげに細められた、と思った次の瞬間、落ちてきた唇に自分のそれを塞がれ、ミリアリアは思わず目を見開いた。
半開きだった唇から入り込んできた舌に口内を蹂躙され、思わず広い背中にしがみつく。
こんな突然のキスなのに、気持ちいい、と思ってしまう自分は、やはり少し動揺していたのかもしれない。
満足したらしいディアッカが唇を離す頃には、ミリアリアの息はすっかり上がってしまっていた。
 
 
「また会えて……またおまえに恋ができて、良かった」
「……わたしも」
 
 
二人はしっかりと視線を合わせて笑いあい、もう一度、唇を重ねた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

ディアミリ・アスカガアンソロの表紙を描いて下さっているりとるさんの素敵な絵に
触発されて書き上げました(お見せできないのが残念!)。
みなさんご覧になったら多分萌えすぎて爆発します(笑)
オーブ軍の皆様方はディアッカを知らないわけだし、こんなやりとりもあったのでは?と
想像してみました。
守って、守られる。そういう関係の二人が大好きです。

 

 

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