ごはんをたべよう

 

 

 

 

ディアッカが目を覚ますと、ベッドはもぬけの空だった。
……ああ、そっか。
昨日の喧嘩を思い出し、溜息をひとつ落とす。
俺は絶対悪くない、と一晩経った今でも思う。
「……ってあいつも同じこと考えてるよな絶対」
小さくぼやくとディアッカはのろのろと起き上がり、バスルームへと向かった。
 
 
 
やけに静かだなと思いながら顔を洗い身支度を整えリビングへと向かう。
どんな顔をすべきか、何と声をかければいいか。
付き合いたてかよ、と苦笑が漏れそうになるが、仕方がないのだ。
本気で好きになった女にはとことん不器用になってしまうのだから、たとえ相手が恋人でなく妻であってももうこれは仕方ない。
 
「……あれ?」
 
リビングにもキッチンにも、ミリアリアの姿はなかった。
かといって、バスルームにも寝室にもいないことは確認済みだ。
慌てて覗き込んだキッチンには、調理道具や食材が中途半端に並んでいる。
シンクにも水滴が付いており、つい先程までそこを使っていたのは明らかだ。
 
 
まるで調理中忽然とそこにいたはずの彼女が消えたような風景に、ディアッカの背筋がぞわり、と寒くなって。
 
 
気づけば玄関へと走り出していた。
Tシャツにスウェット姿のまま適当に靴を履き、玄関のドアを開けてアパートの廊下に飛び出す。
「きゃっ!」
どさ、という音に驚いたディアッカが下を向くと、そこには。
いつものルームウェアのワンピースにパーカーを引っ掛けたミリアリアが尻餅をつき、目をまんまるにしてディアッカを見上げていた。
 
 
 
 
「な…え?」
「いたた…ちょっと、いきなりなんなの?!」
驚きから怒りに変わった碧い瞳にきっ、と睨まれ、ディアッカははっと我に返った。
「なんなのってなんだよ?起きたらお前がいなかったから」
「朝ごはんの材料を買いに行ってたの!もう、いいからどいてよ!」
顔をしかめて立ち上がろうとするミリアリアに手を伸ばすと、いいから大丈夫、とすげない言葉を返される。
いつも買い出しに使っているエコバッグもさっさと拾い上げられてしまい、行き場を失った手が宙を泳いだ。
 
 
「っ、あのなぁ。その態度はねぇだろ。こっちだって心配して……」
「ここに住み始めて何ヶ月経ったと思ってるのよ?近所のお店くらい一人で行けるわ!」
「そういう話をしてんじゃねぇよ!」
「あのね、ここ何処だかわかってる?家の中じゃないのよ?近所迷惑な声出さないでよね!」
 
 
つん、と顎を上げて目の前を通り過ぎるミリアリアに、ディアッカは苛立ち混じりの溜息を吐いた。
 
 
 
***
 
 
 
熱くなった頭を冷やすべくシャワーを浴び、バスルームを出たディアッカは柔らかな匂いに気づき怪訝な表情を浮かべた。
タオルで濡れた髪を拭きながらリビングをそっと覗き込むと、ダイニングテーブルにはすでにコーヒーが用意されていて、いつも通りの光景に、つい喧嘩中であることを忘れそうになる。
 
 
「……座れば?」
 
 
不意に声をかけられ、びく、と肩を揺らしてしまった自分を少しだけ情けなく思いながら、ディアッカは出来るだけ憮然とした表情を崩さずテーブルについた。
先ほど感じた柔らかな匂いは、どうやらキッチンが発生源だったようだ。
程なくして、ディアッカと同じように憮然とした表情を浮かべたミリアリアが白い皿を手に現れ、ことん、とディアッカの前に置いた。
 
「……パンケーキ?」
「違うわよ。ブランブレッド」
 
向かい側にも同じものが乗った皿を置き、再びキッチンに戻ったミリアリアのぶっきらぼうな返事が聞こえた。
「ブランっていうのは穀物の殻のこと。これを使ったパンはローカロリーだし、糖質や脂質を低く抑えながらタンパク質豊富で食物繊維もいっぱいなの。バナナとか野菜のピューレを混ぜれば他の栄養素も補えるわ」
目の前の皿には、薄い緑色、そしてやや黄色がかった二枚のパンが乗っていた。
再びキッチンから出てきたミリアリアは、小さな器をブランブレッドの皿の横に置く。
入っていたのは、彩りも鮮やかな温野菜のサラダだった。
 
 
「タンパク質の含有量もまぁ、プロテイン並ね。ローカロリーだしダイエットにも向いてる」
「……うん」
「……食べたくないなら下げるけど?」
「もしかしてこの材料買いに行くつもりだった?昨日の夜」
 
 
まっすぐ目を見て問うと、それまで必要以上に饒舌だったミリアリアがぐ、と言葉を詰まらせた。
 
 
喧嘩の原因は、昨夜遅くに一人で出かける、と言い出したミリアリアに着いて行こうとしてのこと。
いつもの性分で、どこに、何をしに、なんで一人で、と問いただすディアッカにミリアリアは曖昧な返答しかせず、最終的には口論となった。
結局ミリアリアは外出を断念し不貞寝してしまい、ディアッカ自身も消化不良のまま朝を迎えたのだった。
 
「べ、つに。簡単なレシピをたまたま見つけて、それで」
「……そっか」
 
やっぱり、嘘が下手だ。
ディアッカのためにいつだって心を砕き、体にいい料理を作るべくミリアリアが努力してくれていることをディアッカは知っている。
疲れて帰宅したディアッカを買い物に付き合わせたくない、と考えるであろう優しさも、意固地になってそのことを口に出来ない性格も。
目を泳がすミリアリアを見ているうちに、喧嘩していたことも苛ついていたことも何だか馬鹿らしくなって。
代わりに胸に広がったのは、途方もない愛しさ。
意地っ張りなミリアリアはきっと、ディアッカが何をどう指摘しても素直に答えてはくれないだろう。
その気になれば聞き出せる自信はあったが、今は朝で、互いに出勤前。
ベッドに連れ込むには最もふさわしくないシチュエーションだったので、残念だがそれについては断念することにした。
 
「これ、何でこういう色してんの?」
「……ほうれん草のピューレと、スイートコーンの余りがあったからそれを入れたの」
「こっちは?」
「……バナナ。最近食物繊維が不足してる気が、したから」
 
一瞬言葉につかえたのは、意地っ張りの延長に違いなくて。
ディアッカはふわ、と柔らかく微笑み、フォークを手に取った。
 
 
「いただきます」
 
 
ミリアリアがはっと顔を上げた時、ブランブレッドはすでにディアッカの口の中に半切れ近く消えていた。
「食わねぇの?」
「っ、食べるわよ!」
「すっげー美味い。……ありがとな、ミリィ」
ディアッカの言葉に、ミリアリアの碧い瞳が少しだけ潤んだのが分かったが、それには気づかない振りを決め込む。
泣かせたいわけじゃない。きっとミリアリア自身、この喧嘩をどう収束させていいかわからなかったのだろうから。
だから、ごめん、の代わりにありがとう、と伝えた。
きっとそれで、仲直りできるはずだから。
 
 
「いただきます」
 
 
ミリアリアの声はいつもより少しだけか細くて。
泣かせたくないのにな、と思いながらもディアッカは身を乗り出し、驚いた顔をするミリアリアの頬に触れるだけのキスを落とした後、耳元で「大好き」と囁いた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

ブランブレッドにハマっていたことと、ワンパターンな喧嘩ネタに変化を求めて書き上げました(笑)
私はディアッカの「ごめんな」に自分で書いてて激萌えするんですが(フェチ?笑)、こんな仲直りの
仕方もありかな、と(●´艸`)
この後ミリィがどんな反応をしたかは、皆様のご想像におまかせいたします♡

 

 

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2016,7,19拍手up

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