見てる方がじれったい

 

 

 

 
数分おきにモニタから聞こえてくる溜息に、マードックはガシガシと頭を掻きむしった。
 
 
「坊主よぉ、なんとかなんねぇのかよそのシケた溜息!」
「……呼吸くらい好きにさせろっつーの」
 
 
すっかり拗ねた口調でそう応じたのは、ディアッカ・エルスマン。
地球で捕虜になり、オーブ攻防戦の折に解放されたものの、なぜかバスターを奪取してAAを護りに戻り、そのまま仲間となったコーディネイターの少年だ。
ザフトの『赤服』を纏っていたという少年は、今朝方からバスターのコックピットに潜りっぱなしで作業をしていた。
時刻はすでに昼を回っている。
腹だって減ってるはずなのに──と眉を顰めたマードックの目に、ちらりとピンク色の軍服が映り込む。
この艦であの軍服を纏うのは、昨夜食堂でディアッカと派手な喧嘩を繰り広げた少女、ミリアリア・ハウただ一人。
トレーに乗せたおにぎりを持ちキョロキョロと周囲を見回している姿は小動物のようだ。
……もしやあのトレーは、坊主への差し入れか?
なんだかんだといつも一緒に食事を取っている二人だ。
朝も昼も顔を合わさなければ、さすがに心配にもなるのだろう。
マードックはコックピットと外部を繋ぐ通信の音声のボリュームを上げ、ディアッカに声をかけた。
 
「おい坊主、ちょっと出てこいよ」
「……飯ならいらねぇし」
「そうじゃなくてだな、あそこに──」
「………俺さ、エターナルに移ろうかな」
 
突然の爆弾発言に、マードックは息を飲む。
そしてそれは、恐る恐るバスターに近づいてきていたミリアリアも同じだった。
「っ…話は後だ」
「親爺?急に何だよ」
訝しげなディアッカの声を無視し、マードックは青ざめて俯いているミリアリアの元へと移動した。
「嬢ちゃん、どうした?」
コックピット内にも聞こえるように出来る限り明るく声をかけたが、碧い瞳は暗く陰ったままで。
「……これ。あいつに渡してもらえますか。朝から何も食べてないから、ってフラガさんが」
トレーにはきれいな三角形のおにぎりに付け合せのおかず、そして飲み物のタンブラーが乗せられていた。
「嬢ちゃんが作ったのかい?」
「っ、あの、はい。人手が無かったので。それじゃ私、戻ります」
「おい、だったら直接あいつに」
「いえ、マードックさんから渡してください。……ごめんなさい」
くるりと身体を反転させ、ミリアリアはあっという間に格納庫から出て行く。
マードックはバスターを振り返ったが、そこにディアッカの姿は、無かった。
 
 
***
 
 
「哨戒訓練?」
ブリッジでのブリーフィングに参加していたサイとミリアリアは同時に声を上げた。
「ああ。君たちは普段ブリッジからしか戦闘の様子を見ることが出来ていない。だからって戦闘に参加させるわけにはいかない。そうだろ?」
「はい……」
「そこでだ。幸い現在は連合の姿も見かけず状況は落ち着いている。この機会に君ら二人には宇宙空間に出てもらって、パイロット目線での視認状況を体験してほしい。どうだい?」
 
首をかしげ、にっこりと微笑むフラガ。
ミリアリアとサイは戸惑ったように顔を見合わせ、頷くしかなかった。
 
 
 
 
「パイロットスーツって結構タイトね…」
なんとか一人でスーツを身につけ、ミリアリアは息をついた。
……前にユニウスセブンでの補給で着たスーツじゃダメなのかしら?
そんなことを思いながらロッカールームを後にし、格納庫に足を踏み入れる。
そこには既にキラと同じ青いパイロットスーツに身を包んだサイとフラガにマードック。そして何故か──アスランとディアッカまでもが揃っていた。
一瞬顔が強張ってしまったが、それはディアッカも同じで。
「…すみません。お待たせしました」
何事もないような声を出せただろうか?
内心ひやりとしながらも、ミリアリアは一行の元へと小走りで向かった。
 
「じゃあ早速行きますか。坊主、お嬢ちゃんを頼むぜ?メガネの兄さんはジャスティスでいいか?」
「ちょ…!」
「な、おい!」
 
途端、同時に声を上げたミリアリアとディアッカははっと我に返り、バツが悪そうに目をそらした。
「え、あの…俺なんかが乗っても大丈夫、なのかな?」
「キラの機体の調整が終わらなくて、俺が代わりに来たんだ。……こちらこそ、よろしく」
サイとアスランは早速スムーズに会話を進めている。
ミリアリアは肩を落としてはあぁ、と深く溜息をつき、意を決してディアッカに顔を向けた。
「………いい?」
険の残る碧い視線にぐ、と息を飲み、ディアッカは仏頂面で顎をしゃくった。
「命令なんだからしょーがねぇだろ。さっさと来いよ」
対照的な二組の背後でフラガとマードックは目を見交わし、溜息をついた。
 
 
***
 
 
喧嘩の原因は、とある会話を耳にし激怒したディアッカをミリアリアが諌めたことだった。
 
「あのオペレーターの子も、恋人が死んで間もないのにもうコーディネイターに乗り換えるなんて、以外と尻軽だよなぁ。確かにいい男だけどよぉ」
「ま、ザフトのやつもナチュラルが珍しいだけだろ。しばらくすりゃ飽きてエターナルに移るんじゃないか?」
「まあな、でも前みたいに辛気臭い顔してウロウロされるよりゃマシだろ。最も、飽きられたらまた元どおりかもしれないけどな」
 
それが自分のことだと理解し、ミリアリアはきゅっと唇を噛み締めた。
と、それまで半歩後ろにいたはずのディアッカが突然前に出る。
ミリアリアは慌ててディアッカのジャケットを掴み、通路脇へと引っ張り込んだ。
 
「だめ!やめて」
「あ?なんで止めるんだよ?」
「いいの。私は大丈夫」
 
俯いたまま静かにそう口にしたミリアリアを、ディアッカは睨みつけた。
「侮辱されてんだぞ?!お前だけじゃなくお前の恋人も!大丈夫なわけ……!」
「大丈夫だって言ってるでしょ?!そもそもあんたのことじゃないんだからいいじゃない!気になるならあの人たちが言ってたようにエターナルに行けば?」
きっ、とディアッカを見上げ──ミリアリアの胸がずきん、と痛む。
そのまま走り去るミリアリアを、ディアッカは追いかけてこなかった。
 
 
 
 
気まずい空気の中、ディアッカとミリアリアを乗せたバスターは発進シークエンスに入る。
ディアッカの前に腰掛ける体勢が、どうにもいたたまれない。
『進路クリア。バスター、どうぞ』
「バスター、出る!」
チャンドラの声に短く答え、ディアッカは流れるような仕草で計器を操作した。
「きゃ…」
初めて感じる発進時の衝撃。
想像以上に感じるGに、ミリアリアは小さく悲鳴をあげてしまった。
「腹に力入れて、俺に寄りかかっていいから。すぐ楽になる」
「う、うん」
ディアッカの声にミリアリアは素直に従う。
だが、すぐに眼前に広がった宇宙空間に心を奪われ、思わず「う、わ…」と声を上げていた。
 
 
「広くて…真っ暗」
「宇宙空間だからな」
 
 
ぼそりと打たれた相槌は、ひどくぶっきらぼうだった。
「……あんたはいつも、こんな広いところで戦ってるのね」
怖くないのだろうか。
いくら通信が繋がっているとは言え、こんな狭いコックピットで、たったひとりで。
ディアッカは黙ったままだったが、ミリアリアは構わず言葉を続けた。
 
「地上から見た星は綺麗なのに、こうして見るとただの岩みたいなのね」
 
返事は、ない。
沈黙に耐え切れず、ミリアリアは意を決して背を向けたまま口を開いた。
 
「……エターナルに、移るの?」
 
それまで沈黙を貫いて来たディアッカの体が、びくりと揺れた。
「マードックさんに言ってたわよね。エターナルに移ろうかな、って」
やはりディアッカは返事をせず、コックピット内を沈黙が支配する。
先に根を上げたのはミリアリアの方だった。
 
 
「ねぇ、どうして返事してくれないの?いつもはうるさいくらい喋る癖に!」
「……うるさいって思ってんならちょうどいいだろ」
「答えになってないわ!どうして無視するの?エターナルに行くの?答えてよ!」
 
 
くるりと振り返るミリアリアと向き合い、ディアッカは息を飲む。
ミリアリアの碧い瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
 
「…あんたがそう決めたなら…そうしたらいいわ。でも、だからってこんなの、嫌なのよ…」
「おま…なんで……泣いてんだよ?」
「うるさいわね!あんたがいなくなる前に謝りたくたって…無視されたら、謝ることも出来ないじゃない!」
 
なぜあの時、胸が痛んだか。
それは、見たことも無いくらい悲しげな顔を、ディアッカがしたからだ。
本気で自分を心配し、憤ってくれている。
だが、だからこそミリアリアはこの問題にディアッカを関わらせたくなかったのだ。
 
「あんたが本気で怒ってくれてたの、ちゃんと分かってた。だからあんな風に…あんな言い方良くなかった、って思って…謝りたくて……」
「……じゃあなんであの時止めたんだよ」
 
落とされたディアッカの声は、ひどく冷たかった。
それはそうだろう。本気で心配した相手からあんな態度を取られたら、誰だって怒りを感じるはずだ。
だが、このチャンスを逃したら、ディアッカはこのままエターナルへ居を移してしまうかもしれない。
拳を握りしめ、ミリアリアは口を開いた。
 
 
「私を庇ったりしたら…それこそあんたの立場がなくなるじゃない。ああいう風に言われたこと、初めてじゃないから…私は平気なの」
「平気なわけねぇだろ!」
「平気なの!それに、私の代わりはいるけど、あんたの代わりはいないのよ?」
 
 
ミリアリアの言葉にディアッカは息を飲んだ。
自分を、庇ってくれていた?こんなにすぐ泣いて、ぼろぼろに壊れかけているくせに?
先程の言葉を信じるなら、きっとディアッカが捕虜であった当時から、ミリアリアは何かと噂され続けてきたのかもしれない。
あの頃自分に食事を運んできてくれたのも、他ならぬミリアリアだったのだから。
 
「私なんかより、もっと自分を大事にしなさいよ……」
 
ひく、としゃくり上げた弾みにぽろぽろと零れ落ちた涙が、ヘルメットの中を粒になって舞っている。
その姿に、ディアッカの胸がぎゅっと締め付けられて。
気づけば、本気で怒鳴っていた。
 
 
「なんでそうやって全部ひっ被るんだよ!」
 
 
今度はミリアリアがびく、と肩を跳ねさせる。
それでもミリアリアは臆する事なく、碧い瞳を再びきっ、とディアッカに向けた。
「ひっ被ってなんてない!私のせいであんたが悪く言われるのが嫌なの!コーディネイターのくせに、それ位なんでわかんないのよっ?!」
「俺だって嫌なんだよ!好きな女が侮辱されんのは!」
勢いよく飛び出した言葉はそのまま狭いコックピットに響き渡って。
ミリアリアは目をまん丸くしたまま絶句し、ディアッカもまた我に返り、言葉を続けることが出来ない。
 
「す、き…って……なに……」
 
戸惑い半分に発せられたミリアリアの言葉に、ディアッカは頭を抱えしゃがみこみたい衝動に駆られた。
だがここは宇宙空間で、コックピットの中で。
「……ああもう!好きは好きだよ!そのまんまの意味だ!」
やけっぱちにそう吐き捨て、ディアッカはプイとそっぽを向いてしまう。
一方ミリアリアは、混乱と戸惑いを隠しきれなかった。
確かに、ディアッカは何かにつけ自分を構ってきてはいたけれど、それは単なる好奇心、もしくは捕虜時代の世話をしたのがミリアリアだったから話しかけやすいのだ、と勝手に思っていた。
最初は殺したいくらい憎い、と思って、でも少しずつ関わりを深めていくにつれ、その感情は綺麗さっぱり無くなり、変な人、と思って、そして──。
 
「わたし、あの」
「……いいよもう。トールが今でも好きなんだろ?困らせるのは分かってたからさ。…悪い」
 
そっぽを向いたままのディアッカの言葉が、胸に突き刺さる。
トール。そう、私はトールが好きで、いなくなってしまったのが悲しくて、心にぽっかり穴が開いたようだった。
皆に心配をかけたくなくて、泣く時は一人で、と決めていた。
でも、ディアッカはそんなミリアリアを探し出し、黙ってそばにいてくれて。
変な人、から優しい人なのかもしれない、と思い始めたのはいつからだったろう?
今だってこうしてミリアリアの気持ちを考え、謝ってくれた。
──本当なら、謝らなければいけないのは自分の方なのに。
そこまで考え、ミリアリアの胸が今度はじんわりと温かくなった。
 
 
「……告白と謝罪を同時にされるなんて初めてだわ」
「……は?」
 
 
ぽかんと口を開けたまま振り向いたディアッカは、再び息を飲む。
ヘルメットの中、涙の粒に彩られたミリアリアは──柔らかく笑っていた。
 
「ありがとうディアッカ。謝るのは私の方よ。……ごめんね、ひどいこと言って」
「……な、え」
 
目を白黒させ口ごもるディアッカがおかしくて、ミリアリアはまた笑う。
瞳に残っていた涙の粒が、その拍子に飛び散った。
 
 
「トールのこと、忘れることなんてできないし、無かったことにしたくない。でもね、うまく言えないけど…あんたがくれた優しさもすごく嬉しくて、そんなあんたに支えてもらってるのも事実なの」
「──え」
「まだ、自分の気持ちをうまく言葉にはできない。ただ、あんたの居場所がなくなるようなことはして欲しくなかった。だから…困ったりなんてしないから、そんな風に言わないで?」
 
 
ディアッカはしばらく呆然としたままだったが、仕切り直すかのように一つ咳払いをし、ミリアリアに前を向くようにと言った。
「……そんな風に言われたら、俺、都合いいように解釈するけど?」
「すぐに返事は出来ない。今は戦争をしているんだし、気持ちの整理だって出来てない。でも今言った言葉に嘘はないわ。あんた相手に取り繕ってもしょうがないでしょう…って、何…!」
背後からぎゅうっと抱きしめられ、ミリアリアは驚いて声を上げた。
 
「ちょ、そんなことしていいなんて…!」
「今だけ許可して。じゃないと嬉しすぎてライフルぶっ放しそうだから」
「ば、ばかじゃないのっ!?」
「ミリアリア、好きだ。今すぐ返事がほしいなんて言わない。でも、俺がお前のこと好きだってことだけ覚えてて。今はそれだけでいいから」
 
それまでと打って変わった真摯な声に、ミリアリアはゆっくりと体の力を抜いた。
「──うん」
それから暫く二人は、そのまま無言で目の前に広がる広大な宇宙空間をただ、見つめていた。
 
 

***
 
 
無事哨戒訓練を終え、ミリアリアとサイが一足先に着替えに向かった後の格納庫では、フラガとマードックがニヤニヤと笑いながらディアッカを小突いていた。
「坊主、これで一つ貸しが出来たな」
「どうだ?仲直りできたのか?」
「……いい大人のくせに見え透いた真似してくれんじゃん?おっさんどもはさぁ」
ほんのりと耳を赤く染めながらも憎まれ口をたたくディアッカに、マードックがからからと笑った。
 
 
「ったく、見てる方がじれったいんだよ、お前さんたちは!」
「ほっとけこの出歯亀オヤジども!」
 
 
サイを見送ったアスランはきょとんとそんな言い争いのようなじゃれあいのような不思議な光景を眺めていたが、どうやら無事仲直りは出来たようだ、とふわりと微笑む。
そう、仲直りできたに違いない。
バスターのコックピットから先に出てきたディアッカが手を差し伸べたミリアリアの顔は、まぎれもない笑顔だったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

大変お待たせしました;;30000hitキリリクになります!
あつみん様、二度目のゲットおめでとうございます☆
なんとかリクエストに沿った内容に仕上がっていればいいのですが…;;
中途半端なシリアスになってしまいましたが、AA時代のディアミリです。
トールを想いつつもディアッカの優しさを自覚し、だんだん惹かれて行っている微妙な時期のミリアリア。
拙い文章でそんな空気感が伝わるか不安ですが、楽しんでいただければ幸いです。
あつみん様、リクエストありがとうございました!
そして、いつも当サイトに遊びに来てくださる皆様も、本当にありがとうございます!!
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

 

 

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2016,8,21up