試し読み 僕らは本能で恋をする 2

 

 

 

 
「…あんた、オーブの技術者たちに会ったの?!」
「ああ。ここへ来る途中に発見して簡単に話を聞いた。彼らにはイザークとキラがついてる」
「じゃあ…無事に保護されたのね。良かった…」
 
ほぅ、と安堵を溜息を漏らすミリアリアをじろりと見下ろしたディアッカだったが、その頬がわずかに赤く腫れている事に目敏く気がついた。
 
「お前…その顔…」
 
 拒絶する間もなく打たれた頬に大きな手が当てられ、ミリアリアの胸がどきん、と甘く疼いた。
甘えてはいけない。この手も、声も、もう私のものではないのだから。
 
「たいしたことないわ」
 
ふい、と顔を背けるミリアリアに、ディアッカは苛ただしげに溜息を吐いた。
「ねぇディアッカ、ザフトの爆弾処理班に連絡は取れないかな?」
微妙な空気に一石を投じるかのようなサイの提案に、ミリアリアとカズイは顔を見合わせた。
確かに、爆弾処理班が来てくれれば自分たちの作業もスムーズに進むかもしれない。
だがディアッカはゆっくりと首を振った。
 
 
「初耳だろうけどさ…ついさっき、犯行声明が出された。最高評議会議事堂に爆弾を仕掛けた、ってな。ラクス嬢が市民に避難勧告を出してるし、爆弾処理班自体出払ってるだろうな」
「っ、そんな馬鹿な!だってあいつら、ここに着いてからずっと僕たちと一緒にいたんだ!一体いつそんなこと…」
 
 
カズイの言葉に、ディアッカは難しい顔で考え込んだ。
「確かに、フェイクの可能性も充分考えられる。だがそいつらの仲間がもしもプラントに侵入していたら?」
「……あいつらは逃走ルートを確保しているような口ぶりだった。可能性はあるよね。ただ、タイミング次第だけど」
「タイミング?」
 
首を傾げるミリアリアに、サイは困ったように微笑んだ。
「例えば、使節団である僕らの中にブルーコスモスが紛れ込んでいても不思議はないだろう?ただそうなると、議事堂、だっけ?そこに爆破物を仕掛ける時間はない。でもその前に別働隊が入国していたら爆破物を仕掛ける事が出来る。つまり、爆弾は本物、ってこともありえるだろ?」
「…ま、それなりの準備があればプラントへの侵入は可能、って事がこれで分かったな。確率は五分、か」
「…だったらなおさら、こっちで出来る事は私達でやりましょう」
きっぱりとしたミリアリアの言葉に、ディアッカはがしがしと頭を掻きむしった。
 
「あのなぁ!逃げるって選択肢はねぇのかよ?!」
「無いわね。これでも私たち、それなりに知識はあるから。システムに侵入して出来ることが無いか探るつもりよ。タイムリミットはあと一時間半と少し。無理と判断したらここを出るわ」
「だから!そんな短時間で何が…!」
 
その時階下から足音が聞こえ、一同に緊張が走った。
ディアッカがミリアリアをさっと背に庇い、こんな時だというのにサイは苦笑してしまう。
ミリアリアの巻き込まれた事件については、事前にキラから聞かされていた。
記憶を失くしたミリアリアの面倒を、彼女と別れたはずのディアッカが見ている事も。
本人たちがなんと言おうと、二人が互いに寄せる想いは今も昔も変わりないはずだ、とサイは信じていた。
たとえ今は片方が記憶を失くしていたとしても、この二人の関係は、特別なのだ。
 
 
ーートール。ミリアリアは幸せになってもいいよな?
 
 
今は亡き友人に思いを馳せ、サイもまた近づいてくる足音に身構えた。
ディアッカの手が拳銃にかかる。
だが、飛び込んできた声は意外な人物のものだった。
 
「ディアッカ!ミリアリアは発見できたのか?」
 
 ふっ、とディアッカの体から力が抜けるのが分かり、ミリアリアもまた安堵の表情を浮かべた。
「イザーク…来るなら通信くらい入れろよ」
「悪い。こちらも急いでいたんでな。それより…」
イザークの胡乱げな目つきに気がつき、ミリアリアはディアッカの背後から飛び出すと前に進み出た。
「あ、あの…さっきはごめんなさい。勝手な事をして…」
「俺の時と随分態度が違うじゃねーか…」
背後でぼやくディアッカの声を無視し、イザークは軽く首を振った。
「いや…こちらこそ礼を言う。それに、危険な目に合わせてしまってすまない」
「いいえ。私が自分で決めたことだから。…ありがとう、ディアッカを守ってくれて」
そう言ってふわりと笑うミリアリアに既視感を感じ、イザークは小さく息を飲んだ。
まだディアッカとミリアリアが恋人同士だった頃、イザークは何度かミリアリアと話をしたことがあった。
だが記憶を失くしたミリアリアにとって、イザークは初対面にも等しい存在のはず。
ならばなぜあの時、ミリアリアはイザークの名を呼んだのだろう?
それは、つまりーー。
 
「ミリアリア…お前…」
 
驚いた顔をするイザークの問いに、ミリアリアは答えずかすかに微笑む。
と、階段の下からひゅっ、と息を飲む音が聞こえた。
 
 
「ミリィ!…サイ、カズイ!?」
「キラ!」
 
 
イザークの後を追ってきたのだろうか。
そこには、ザフトの白い軍服を身に纏ったキラ・ヤマトが目を丸くして立っていた。
 
 
 
 
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