希少であるというだけの価値

 

 

 

 
採血、そして何度も繰り返してきた幾つかの検査を終え、ディアッカは捲り上げていたインナーの袖を下ろすと軍服を羽織り、診察室を出た。
 
 
「お疲れ様。これで終わり?」
「ああ。悪いな、だいぶ待っただろ。」
「ここでも仕事はできるもの。だから大丈夫よ。」
 
 
二度目の大戦後再会を果たし、再び想いを通わせたミリアリアは現在、カガリの元で報道官の一人として勤務している。
彼女の休暇とディアッカの“定期健診”が重なってしまったのは、その休暇を利用して突然ミリアリアがプラントにやってきたことが原因だった。
 
 
 
ディアッカは緻密なコーディネイトにより、特化した身体能力を有している。
そのポテンシャルは一般的な常識をはるかに上回っており、そのことに目をつけた彼の父であるタッド・エルスマンは、後世の為にも研究の対象としてディアッカの生体データを定期的にチェックしたい、と申し出た。
まだアカデミーを出たばかりであらゆる事象について深く考えていなかったディアッカは、それでうるさい父が黙るのであれば、とすぐにその申し出を承諾した。
そしてそれ以来数年に渡り、こうしてディアッカは年に数回父の経営する病院を訪れ、メディカルチェックのかたわら生体データの提出に協力し続けていたのであった。
 
「とりあえず出ようぜ。こんなとこに長居したくねぇし。」
「うん。」
 
素直に頷いたミリアリアは膝に置いていたタブレットをぱたんと閉じ、愛用のショルダーバッグにそっとしまい込む。
並んで外へ出ると、柔らかな春の風が二人の髪を揺らした。
 
「プラントもこの時期は暖かいのね。天気もいいし。」
「システムでこういう風に設定されてるだけだし、太陽だって人工のものだ。地球のそれとは、やっぱり違うさ。」
空を見上げ、眩しげに目を細めていたミリアリアはどこかいつもと違うディアッカの言葉にくるりと振り返った。
「…どうかした?」
「…俺ってさ、希少種なんだろうな。」
「希少種?」
首をかしげるミリアリアを見下ろし、ディアッカはシニカルな笑みを浮かべた。
 
「なんかさ、こうやってデータ取られて実験動物みたいに扱われると、俺って人間なのかな、って考えちまうんだよな。人間じゃなきゃなんなんだ?新種の生命体?それとも化け物?ってさ。」
「ディアッカ…」
「昔はこんなこと思わなかったのにな。なんか最近、おかしいのかも。俺。」
 
同じように空を見上げて、はぁ、とため息を吐くディアッカを見上げーーミリアリアは、伝えなければならないことを頭の中でもう一度整理し、口を開いた。
 
 
「もしもあんたが人間じゃなければ、私のお腹の中にいるのは一体なんなのかしらね。」
 
 
その言葉に、ディアッカの足がぴたり、と止まった。
ミリアリアは足を止めることなく、ディアッカの前を何事もなかったように歩き続けている。
「…ミリィ?」
「他に類を見ない希少な存在。だからこうしてデータを採られて、研究される。でも、あんたの価値はそれだけなの?」
くるり、と振り返ったミリアリアの碧い瞳がうろたえるディアッカを映し出した。
 
「これまで何の努力もしなかった?生きる為に足掻いたこともなければ、頭が爆発しそうになるくらい悩んで、考えたこともない?誰かを好きになって、切なくて苦しくて、泣きたくなったこともない?」
「それは…!」
 
あるに決まっている。
アカデミーでイザークたちと共に学び、二度の戦争を最前線に近い場所で戦った。
自分のすべきこと、あるべき場所はどこかと考え、目の前に立つミリアリアのことがどうしようもなく好きで、会いたくて、でも会えなくて、そしてやっと捕まえてーーー!
 
「あるんでしょう?だったらあんたは間違いなくただの人間よ。遺伝子を操作されていても、私やみんなと同じ人間だわ。失敗もするし、そうやって弱気になったり、自分を卑下したりする、普通の人よ。」
 
再びさぁっと風が吹き、向かい合ったまま見つめあう二人の髪を揺らす。
 
 
「ミリアリア。さっきの…その…」
「妊娠したの。5ヶ月目に入ったわ。」
 
 
そっと下腹部に手を当てるミリアリアは、とても穏やかな顔をしていて。
まるで引き寄せられるかのようにディアッカはミリアリアの元へと近づき、細い体を抱きしめていた。
「いつ、分かったんだ?」
「ひと月くらい前かな。」
「なんでその時点で俺に言わなかった?しかもおまえ、そんな体でプラントまで…」
「分からなかったんだもの。次に会えるのがいつになるか。」
「は?」
「地球に戻ったら、出産まで管理入院するの。ハーフコーディネイターを産むって、これでも結構大変なのよ?」
「な…おまえ、まさか…ひとりで」
「親にも話はしてあるわ。…すぐにどうこうできるものじゃないでしょう?私たちの立場は。」
 
ナチュラルとコーディネイターである二人。
和平への道が進んでいるとは言え、ナチュラルのプラントへの入国は未だ厳しい審査がある。
今回ミリアリアがすんなり入国できたのも、オーブの代表であるカガリの力があってのことだった。
 
 
「私は大丈夫。ひとりでもちゃんとこの子を産んでみせるわ。だからあんたも…」
「…ふざけんな」
「え?」
「何勝手にひとりで決めてんだよ?俺と…お前の子供だろ?お前は大丈夫でも、俺は大丈夫じゃねぇ!…おまえ、ひとりで育てるつもりだったろ。」
 
 
図星を指され、ミリアリアはぐっと言葉を詰まらせた。
ザフトの軍人で、コーディネイターの中でも優秀な部類に入り、なおかつ有力者の息子であるディアッカと地球の一般家庭出身のミリアリア。
どれだけ二人の想いが深くても、愛を成就させるにはたくさんの高い壁があることをミリアリアはよく知っていた。
一国の元首であるカガリですら、アスランと正式に夫婦となるまでには幾多の試練を乗り越える必要があったのだから。
それでも、胎内に宿った小さな命をなんとしてでも守りたかった。
二人の愛の結晶が、ただ愛おしかった。
直接顔を見るのは半年に一度が精一杯な恋人に妊娠を告げることも最初は躊躇ったが、きちんとディアッカに話をするべきだ、と言うアスランの言葉に背中を押され、カガリの協力のもとプラントへやってきた。
だが、いざとなるとなかなか話を切り出せず、ディアッカの用事に付き合う形で定期検診に付き添いーー結果として、彼の心に巣食う本音を聞く事となった。
 
確かに、ディアッカはコーディネイターの未来にとってとても有益で、希少な価値のある存在なのかもしれない。
でも、こんな風に寂しげに微笑むディアッカを見たくなんてなかった。
大事なのは体だけで、中身には何の価値もない、間違ってもそんな風に思ってほしくなかった。
だってこんなにもミリアリアは、ディアッカのことが好きなのだから。
 
「妊娠してるって分かった時、嬉しかった。でも同時に、どうしよう、って思った。カガリたちのことを見てきたから。」
「…あいつらと俺たちの立場は違うだろ。」
「違うから、今日まで言えないでいたの。だって…」
「それでも、想いは同じだろ?」
 
ミリアリアははっと顔を上げ、ディアッカを見上げた。
 
 
「あいつらに出来て俺たちに出来ないはずはない。ましてやもう、俺とお前だけの問題じゃないんだ。…いるんだろ?お前の中に、俺とおまえの子供が。」
 
 
俺とおまえの、子供。
ディアッカの口から出たその言葉に、ミリアリアの体が震えた。
せっかくの覚悟が、足元から崩れていきそうになる。
本当は、甘えてしまいたかった。
育っていく命を二人一緒に守っていきたかった。
でもそれは、たくさんの障害と向かい合うことを意味している。
ミリアリアは良くても、ザフトに戻り一旦は降格までされたディアッカにとって、積み上げてきた信頼を再び失うきっかけになるかもしれない。
 
「弱音なんか、吐いてる場合じゃねぇんだよな。やんなきゃいけねぇこともたくさん出来たし。」
「…え?」
「おまえのそばにいたくても、そうできない事情がある。分かってるつもりだったけど、ああやって自分がコーディネイターだ、って嫌でも実感するようなことがある度、どんどん心が不安定になってた。でも、もう決めた。俺は必ずおまえと子供を守る。おまえが、俺のことを守ろうとしてくれたように。」
「…っ」
 
そう、そうだった。
この男に隠し事なんてできないのだ。いつだって。
だったら、全部さらけ出してしまえばいい。
私たちの始まりが、そうだったように。
きっと、あれほど人を憎むことも、これほど誰かを好きになることも、もうないだろう。
遠い過去のものとなりつつあるアークエンジェルでの出来事を思い出し、ミリアリアはそっとディアッカの背中に腕を回した。
 
「…あんまり時間もないんだから、へこたれてる場合じゃないのよ?」
「分かってるっつーの。…わりぃ、不安にさせるようなこと言って。」
「ううん。話してくれて嬉しかった。…これからは、私も話すから。嬉しかったことも不安なことも、全部。それが家族、ってものでしょ?」
 
ミリアリアの言葉に、ディアッカは大切なことをまだ口にしていないことに気がついた。
いつか言おう、と思っていて、でも言えないでいたこと。
すぅ、と息を吸い、細い肩に手をかけ、ミリアリアの顔を見つめる。
 
 
「今更言うな、って思うかもしんねぇけど、確認な。……俺と結婚、してくれる、よな?」
 
 
碧い瞳がきょとん、とディアッカを見上げーーゆっくりと細まり、柔らかな笑みの形を作った。
「ひとつだけお願いがあるの。」
「お願い?」
ミリアリアは背伸びをしてディアッカの耳元に顔を寄せ、小さく、しかしきっぱりと囁いた。
 
 
「あんたは誰とも違わない。でも、私と私達の子供にとってのあんたは何よりも希少な存在だわ。それだけは…忘れないでくれる?」
 
 
震える吐息と柔らかな茶色の髪が、ディアッカの頬をくすぐる。
今腕の中にあるのは、生まれて初めて本気で守りたいと願った存在。
一度は手を離し、再び手を取り、二度と離さないと誓った。
そんな彼女が自分を何よりも想ってくれているのなら、俺は。
 
「約束する。忘れない。」
「うん。ありがとう。…結婚、しよう?ディアッカ。」
 
そう言って花のように笑うミリアリアは、とても綺麗で。
「幸せに、するから。」
「するから、じゃなくて、一緒になるんでしょ?幸せに。」
……こんなところもやっぱり愛しくて。
 
「…ああ、そうだな」
 
やっぱりこいつには、かなわない。
そう思いながら、ディアッカは身を屈め、そっとミリアリアに唇を寄せる。
そしてミリアリアもまた、ゆっくりと目を閉じながら落ちてきた唇を受け止めた。
 
 
「……誓いのキスみたい」
「それはもうちょい先になるんじゃね?まずは体を大事にして、出産に備えねぇとな。」
「そうね。…これからよろしくね。おとうさん?」
 
 
一瞬息を飲んだ後、微かに頬を赤らめうろたえるディアッカの姿に、ミリアリアは幸せそうに小さく声を上げて、笑った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

Twitterで出たお題に沿って書き殴り、ぷらいべったーに投下したものの再録。
ディアミリ、運命後復縁して数年後の設定。
ディアッカがちょっとナーバス気味です。
でも結局のところはハッピー、エン、ド…?
ちなみに作中のアスカガはすでにご夫婦という設定です♡

 

 

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2016,6,22拍手up

2016,7,19up