二人の歩んだ軌跡

 

 

 

 
紛糾する会議室の真ん中に座したカガリは、どこか怯えた目をしていて。
部屋の隅に控えていたアスランー今はアレックス・ディノと名乗っているーは、そんな彼女の姿にちくり、と胸が痛むのを抑えられないでいた。
目の前でマスドライバーの崩壊、そして敬愛する父親の死を見届けた後もカガリはしばらく泣いていた。
だが、あの頃はたくさんの仲間がいた。
キラ、ラクス、ディアッカにミリアリア、サイ、キサカやM1のパイロットだった少女たち。そしてアスラン自身。
それ以外にも沢山の仲間たちに支えられ、生来の勝気さ、前向きな性格もあり、カガリはすぐに前を向いた。
ナチュラルは弱い生き物、と思っていたアスランに取って、それは新鮮な驚きだった。
同じナチュラルの少女であったミリアリアもまた、恋人を殺したアスランのことを仲間として受け入れてくれた。
カガリとはまた違う、しなやかな強さを持った女性。
あのディアッカをああまで変えてしまうのも頷けた。
もっとも、人一倍周囲に気を使うらしい彼女はよくAAの人気のない場所を探しては泣いていた、とディアッカは言っていたが。
 
 
『生きる方が、戦いだ!』
 
 
自らの命を捨てる覚悟でジェネシス内部に飛び込んだあの時、カガリが発した言葉にアスランの中で何かが崩れた。
涙をいっぱいに溜めながらも強い意思を宿す、琥珀色の瞳。
生きろ、と背中を押してくれた獅子の娘。
そんな彼女が変わってしまったのは、いつからだったろう?
盤石だったアスハ家の現当主は、まだ成人すらしていない少女。
キサカや他の側近の力を持ってしても、やはり老獪な他の氏族達から見れば頼りない事この上ないだろう。
前向きで、時に無鉄砲で、笑顔を絶やさなかったカガリから、どんどん光が失われていくーー。
何かしてやれる事はないか、と逡巡するアスランだったが、亡命し名前まで偽っている身分では何の口出しもできない。
ずっと昔に決められたという婚約者がしょっちゅうパーティーだの食事だのにカガリを誘う為、最近は二人きりになるのも難しかった。
机上に置かれたカガリの手が、ぎゅっと握り締められる。
その心には、どんな思いが渦巻いているのだろうか。
この会議が終わったら、可能な限りの予定をキャンセルさせてアスハ邸に戻ろう。二人で。
表情を変えぬまま、アスランはこの後の予定について頭ん中で考えを巡らせた。
 
 
 
***
 
 
 
二度の大戦を乗り越え、形式上アスランはオーブ軍属となっていた。
だが実際のところ、アスランがいたのはプラントで。
あの頃はラクスの気持ちに甘え、キラの補佐として働きながら、ずっと自身の身の振り方について考えていた。
一番辛い時に支えてやれなかったカガリのそばに戻りたい。
戻っても、いいのだろうか。
散々悩んでいたアスランだったが、ラクスから持ちかけられた話がきっかけとなり、心を決めた。
オーブ軍属を離れ、改めてザフトに復帰する。
そして在オーブ大使として、オーブへと赴任する。
ラクスの提案を了承すると、すぐにオーブにもその件が通達された。
するとどうだろう。カガリは、アスランを迎えにお忍びでプラントへとやってきてくれたのだった。
当時はイザークを狙ったとある事件が起きており、また自身の赴任の件もあってアスランはカガリが迎えに来てくれていることを知らなかった。
だがラクスの計らいでザフトの緑服を手に入れたカガリはミリアリアとともに、よりによって事件の犯人と接触してしまって。
ミリアリアの機転で結果的には事なきを得たが、その時改めて確信した。
やはり自分はカガリの事が何よりも大切だと。
そしてカガリは、そんなアスランに一言こう言った。
 
 
『迎えに来たんだ』
 
 
自分がアレックスであった頃のカガリは、そこにはもういなくて。
無鉄砲で、ただまっすぐなカガリがそこにいた。
そんなカガリが愛しくて、アスランも素直な想いを口にした。
 
 
『俺はやっぱり、カガリと一緒に、生きていきたい』
 
 
それは、再び想いが通じ合った瞬間だったのだ、とアスランは今でもずっと思っている。
そうして無事オーブへと降り立ち、在オーブ大使としての生活が始まった。
以前のようにSPとして近くにいる事は出来ないが、閣議で顔を合わせる回数も多く、またプライベートでも二人は何度となく逢瀬を重ねていた。
そうして気づけば、二年の月日が経っていた。
想いが通じあい、手の届く距離に居られる。互いの体温を分けあえる。
いつの間にか、それだけで自分は満足してしまっていたのかもしれない。
そんな中、プラントでの式典に参加する為に二人は地球を出発しーー事件に巻き込まれた。
カガリは誘拐され、ミリアリアもまたカガリを救うべくプラントを出た。
ラクスの機転とディアッカ、そしてイザークやラスティとも協力し合い、二人は無事救出された。
だがアスランは忘れる事など出来ない。
目の前でカガリが攫われて行った時の、あの胸の冷たさを。悔しさと絶望感を。
共に居るだけでは駄目なのだ。
守りたい。なくしたくない。
 
 
毒性のあるガスを吸い込んだとの事で、カガリはクサナギ内の自室で休んでいるはずだ。
イザークやディアッカとの簡単なミーティングを終え、アスランはまっすぐにカガリの部屋へと向かった。
 
 
 
***
 
 
 
性急にノックをすると、すぐにドアが開く。
そこに立っていたカガリを、アスランは力一杯抱きしめた。
「アスラン!って、うわっ!!」
「カガリ……っ、カガリ」
驚いたのか腕の中でもがいていたカガリだったが、名を呼ぶ事しかできないアスランに気づき、そっと背中に腕を回してぽん、ぽんと優しく叩く。
 
「ごめんな、心配かけて。私は大丈夫だから…」
「……俺は、大丈夫じゃない」
「え?」
 
どうして今まで迷っていたのだろう?
二つの種族は着実に歩み寄っているというのに。
アスランはアスランでーーパトリック・ザラの息子ではあるが、別の人間だ。
思想も、目指す場所も全く違う。
アスランは、驚きに目を丸くするカガリをまっすぐに見下ろした。
 
「……俺は、カガリに何かあった時、何をおいても駆けつけられる立場が欲しい」
「アス、ラン?」
「カガリと同じ場所に…隣に、立ちたい。だから、俺は…ザフトを除隊する」
「……な」
「無謀なのは分かっている。反対も障害もあると思う。でも、全部受け止めるから。俺がきみを守るから」
「あの」
「カガリ」
 
揺れる琥珀色の瞳を見つめ、アスランはきっぱりと告げた。
 
 
「結婚、してほしい。俺と」
 
 
カガリがひゅ、と息を飲む。
そしてぱくぱくと口を動かし……言葉が見つからなかったのか、結局その口は閉じられた。
「駄目、か?」
 切なげな表情を浮かべるアスランに、カガリはぶんぶんと首を振る。
 
「だってお前、ザフトを除隊、って…それじゃ」
「どこにいようと、目指す場所は同じだろ?」
 
大切なものを守りたい。共にありたい。
ナチュラルとコーディネイターは同じ人間で、憎しみ合う必要なんてない。
分かり合う事だって、愛し合う事だって出来る。
この思いはどこにいても、何に属していても変わる事はない。
だからーーそばにいたい。
 
 
「そばに、いたいんだ。カガリの」
 
 
それはかつて、迎えに来てくれたカガリにアスランが告げた言葉。
だが、同じ言葉でも込めた想いはより一層強く、確かなものとなっていた。
「……一人で、背負うなよ」
「……カガリ?」
「これでも一国の代表首長だ。批判や障害がどれだけあろうと、お前だけを矢面に立たせるつもりなんてないぞ?私だって…そばにいたいんだからな。お前の」
いつの間にか琥珀色の瞳に溜まっていた涙をぽろりと一粒だけ零しながら、カガリは微笑む。
そしてーー二人はどちらからともなく唇を重ね、きつく抱きしめあった。
 
 
 
***
 
 
 
それから一年後。
アスランとカガリはハウメアの神殿に立っていた。
うっすらと化粧を施し、白いドレスに身を包んだカガリがアスランの手を握る。
オーブ軍の礼服を身に纏うアスランは、そんな花嫁にふわりと微笑んだ。
「行こうか」
「ああ」
二人はゆっくりと歩き出した。
敬愛する神に、永遠の愛を誓いに。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

いきなりのアスカガ、そしてサイト本編の補完作品となります!
書いていくうちにアスランがどんどん盛り上がって、プロポーズまでしてしまいました(笑)
こちらは長編の天使の翼「58,お願い」付近の補完作品となります。
ラストはさらりと終わらせましたが、何せ本編が未完なので…申し訳ありません;;
こちらも、いずれきちんとしたお話にするつもりです!

 

 

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2016,6,22拍手up

2016,7,19up