深夜の仲直り

 

 

 

 
「ああもう、バカ、意地悪!」
 
ぼすん、と枕を叩き、ミリアリアは一人ぶつぶつと悪態をついた。
枕の持ち主は今、バスルームにいる。
頭冷やしてくる、と言って部屋を出てからすでに三十分。
同じ時間だけ一人で寝室にいたミリアリアの頭もまた、少しずつ冷えては来ていた。
でもやはり、思い出すとモヤモヤしてしまう。
「待ってる必要も…ないわよね」
こんな時は寝てしまうに限る。
ミリアリアは頭からブランケットをかぶり、ぎゅっと目を閉じた。
 
いつものことながら、喧嘩のきっかけは些細なもの。
慣れない土地で一人探索に出かけたミリアリアをディアッカが軽く咎めたことが始まりだった。
小一時間、喧々囂々と二人は言い争いを続け──苛立ちを隠せなくなったディアッカはバスルームへと向かい、ミリアリアは一人寝室に取り残されたのだった。
 
ディアッカは過保護だ、とミリアリアは思う。
ちょっとくらい信用してほしい。ミリアリアだってそれなりの経験をしてきているのだから。
ぐるぐると思考を巡らせながらも、やはり疲れていたのだろう。
ミリアリアはいつしか眠りに落ちていた。
 
 
 
額にかかる髪を指でかきあげられ、ゆっくりと意識が浮上する。
ミリィ、と名前を呼ばれた気がしたが、それよりも心地よさに思わず溜息が漏れた。
ずり落ちていたブランケットが肩にかけられ、ああ、あったかい、とまた息をつく。
くす、と微笑む気配と、隣に潜り込むあたたかい、体。
無意識に強張っていた体からはいつしかすっかり力が抜けていて。
──ああ、そうか。イライラしてたから、こんなに力が入ってたのね。
朦朧とする頭でそこまで考え、ミリアリアの意識はまたゆっくりと沈んでいった。
 
 
 
ぱち、と目を開けると、窓から街灯の光が差し込んでいた。
時計に目をやると、午前二時。
しばしぼんやりとした後、眠る前までの状況を思い出し、ミリアリアはそろそろと背後を振り返る。
そこには、こちらに背を向けて眠るディアッカの姿があった。
 
 
喧嘩の原因は本当にささいなことで。
落ち着いて考えれば、わがままを言ったのは自分の方だった、と思う。
途中から薄々そう思っていたけれど、熱くなった頭はそれを認められなくて、意地を張って。
こんなんで、ずっと一緒にやっていけるのかしら。
いつか愛想を尽かされてしまうんじゃないだろうか。
左手に光る指輪──二度目の大戦の後再会してすぐ、プロポーズの言葉と共にディアッカがくれたもの──を指でなぞり、ミリアリアは寝返りを打つと、広い背中にそっと寄り添った。
  
 
反対を振り切って戦場に赴いた自分をずっと好きでいてくれた、優しいひと。
ミリアリアだって後悔していたのだ。嫌いで別れたわけではなかったから。
むしろあの別離は、ミリアリアが感情的になって一方的に叩きつけた結果だった。
そんな自分をずっと忘れずにいてくれて、ずっと一緒にいたい、とまで言ってくれて。
再び彼の手を取ると決めた時、つまらない意地を張るのはやめよう、と思っていた。
ミリアリアだってディアッカのことが大好きなのだから。
 
ディアッカの静かな寝息を聞きながら、ミリアリアは広い背中に腕を回してしがみついた。
軍人らしく逞しくて広い背中にミリアリアの腕は回りきらないが、それでも構わなかった。
そっと耳を押し当てると聞こえてくる、とくん、とくんと言うディアッカの鼓動。
温かくて、なんだかひどく切なくて。
つん、と目の奥が熱くなり、ミリアリアはゆっくりと深呼吸をした。
その時。
 
 
「どうかした?」
 
 
背中越しに響いた低い声に、びく、と体を震わせ、ミリアリアは慌てて回していた腕をどかそうとしたが、いつの間にか大きな手が腕に重ねられており、それも叶わなくて。
なんと答えたらいいか分からず、ミリアリアはきゅっと唇を噛み締めた。
素直に『さっきはごめんなさい』と言えばいい。
だがあれだけ意地を張ってしまった手前、情けなさと恥ずかしさでどうしてもその言葉が口から出てこない。
「ミリィ?」
「こっち向かないで」
自分が今どんな顔をしているかと思うとさらに恥ずかしさが募り、ついきつい口調になってしまう。
どうしてもっと上手に甘えられないのだろう。
どうしてディアッカは、こんな自分を好きと言ってくれるのだろう。
 
「……言いたいことがあったらちゃんと言う、って約束したよな?」
 
ぽん、ぽんと優しいリズムで宥めるように腕を叩かれ、気を抜けば涙が零れそうになる。
なんでこんなに優しいんだろう。
私はこんなに意地っ張りで、かわいげもなくて、ずるい女なのに。
泣いたらだめ。泣けば許されるなんて思っていないけれど、それでも、これ以上ずるい女になりたくない。
泣くより先に、しなければいけないことがある。
ミリアリアはディアッカの背中に顔を押し付け、なんとか自分の想いを伝えるべく言葉を探した。
 
「………言いたいことなら、さっき、言ったわ」
「……なら、いいけど」
 
会話は途切れ、寝室には二人の息遣いだけが響いている。
せっかく気を使ってくれたのだろうに、可愛げのない返答に呆れられてしまったかもしれない。
それでも、一番言わなければならないことだけは伝えたい。
「でも、ひとつだけ…まだ言ってないことがある」
「え?」
もぞりと身じろいだディアッカにさらにきつくしがみつき、ミリアリアはぎゅっと目を閉じたまま口を開いた。
 
 
「…………心配かけて、ごめん、なさい」
 
 
ひゅ、とディアッカが息を飲んだのが分かった。
どうにもいたたまれなくて、ミリアリアはぱっとディアッカに回していた腕を解くとくるりと寝返りを打ち、背中を向ける。
ついでにブランケットに包まり、ぎゅっと体を小さく丸めた。
ディアッカからの返事は、ない。
やっぱりまだ怒ってるのだろうか。
でも、まず一歩は踏み出せた。
ちゃんと──とは言えないけれど、謝ることが出来た。
と、いきなり背後から抱きしめられ、ミリアリアは驚きのあまり小さく声を上げてしまった。
 
「俺も、ごめん。ちょっとムキになりすぎた」
「っ、そんなこと……」
「明日。目が覚めたら二人で散歩するか?」
「──え?」
 
思わず振り返ると、そこには柔らかなディアッカの笑顔。
「俺の育った場所、見てみたかったんだろ?」
「……うん」
ここはフェブラリウス・ワン。
入籍の準備のために訪れた、ディアッカの生まれ育った場所。
プロポーズを受けたものの、夫となる人のことをあまりにも知らなすぎたミリアリアは、密かに楽しみにしていたのだ。
この場所でディアッカが何を思い、どんな風に暮らしていたのか。
「じゃ、決まりな。……仲直り、しよ?」
「…うん」
すっぽりと胸に抱き込まれ、温かなぬくもりに包まれたミリアリアの体からゆっくりと力が抜けていく。
 
 
「……かわいげなんかなくても、意地っ張りでもいい。俺が好きになったのは、そういうの全部ひっくるめたミリアリア、なんだからさ」
 
 
そっと体の向きを変えられ、二人はブランケットの中で向かい合う。
「俺の前でならいくらでも泣いていい。怒ってもいい。だから…ありのままのお前でいてほしい」
「…あんまり甘やかして、調子に乗られても知らないんだから」
涙の残る碧い瞳に見上げられ、ディアッカはまたふわり、と微笑む。
「上等だっつーの。全力で甘やかしてやるよ」
「ほんとに…ばかよね、あんたって」
「ミリアリアの前ではバカでいーの」
ぎゅう、と抱きしめられ、これじゃぬいぐるみみたいだ、とミリアリアは思い、くすりと笑う。
 
「なんだよ?」
「ううん。…明日、楽しみだな、って思って」
 
温かい腕の中で急激に眠気に襲われ、ミリアリアの瞼が自然と落ちていく。
「……おやすみ、ミリィ」
「ん…おやすみ、なさい…」
程なくすやすやと寝息を立て始めたミリアリアの額にひとつキスを落とし、ディアッカもまた柔らかな茶色の跳ね毛に顔を埋め、目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

運命終了後、恋人設定のディアミリ。
pixivのフォロワー様が50名を突破しましたので、記念とお礼を込めて作成した小噺の再録です。
Twitterで拝見した某様の素敵絵に触発されて書かせていただいたものです。
拙い作品ですが、楽しんでいただけましたら幸いです!

 

 

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