パパラッチ

 

 

 

 
「ねぇ、ディアッカは裸足になっちゃえば?」
 
 
波打ち際で嬉しそうにはしゃぐ愛妻の姿に、ディアッカもまた笑顔になった。
「ミリィはどうすんの?」
「え?私はいいわよ、このままで。このミュール歩きやすいし。」
「砂入るだろ」
「海なんてそんなもんなの!」
にこにこと砂を蹴散らしながら歩くミリアリアの手を取り、「子供みてぇ」とディアッカは笑った。
 
 
二人して休暇をもぎ取り、オーブへと新婚旅行にやってきたディアッカとミリアリアだったが、こうして昼間からゆっくりできるのは今日が初めてだ。
カガリやマリューたちへの挨拶回りやミリアリアの実家への訪問、オーブにも国籍を持つミリアリアの婚姻届の提出など、何かとバタバタとした数日を過ごしていた二人がここへやってきたのは昨日のこと。
本当は今日の夕方の予定だったが、仕事のためにオーブの行政府へ行っていたミリアリアの様子がおかしいことにいち早く気づいたディアッカがカガリに掛け合い、カガリもまた快くそれを了承してくれたのだった。
 
ミリアリアがふさぎ込んでいた理由はやはり自分たちの結婚についてのことで、二人は夜遅くまでそれについて話をした。
二つの種族の架け橋、などと持ち上げられ、オーブに降りてからしつこく二人を付け狙う記者達もいたが、誰もがそれを好意的に見ているわけではない。
分かっているつもりであったが、実際その事実を突きつけられてみると、やはりディアッカとて心が痛んだ。
それでも二人は誓ったのだ。神様と、空の上にいるトール・ケーニヒに、必ず幸せになると。
直接罵声に近い言葉を浴びせられ落ち込んでいたミリアリアだったが、そこはやはり前向きな彼女らしく、一晩ぐっすりと眠ったらだいぶ元気を取り戻した。
まだ心の中の闇が全て晴れたわけではないだろうが、それでもそんなミリアリアの強さ、しなやかさをディアッカは改めて尊敬し、愛おしく思った。
 
 
ここはアスハ家のプライベートビーチで、本島からも離れている。
入籍のためオーブに降りてからしつこく二人を付け狙う記者達もここまではさすがに入って来られないはず、と思い、ディアッカは目を覚ましたミリアリアに浜辺の散歩を提案した。
それは、かつて二人が恋人同士だった頃によくしたデートの一つで。
ミリアリアもそのことを覚えていたのだろう、にっこりと頷き、二人して手早くシャワーを浴びて着替えをし、朝食前の散歩に出かけたのだった。
 
「きゃ…」
「おっと!ほら、言わんこっちゃねぇ。」
 
ミリアリアが砂に足を取られ、よろめく。
すかさずその細い体を支え、たしなめるように眉をひそめるディアッカを見上げ、「おとうさんみたい」とミリアリアはくすくすと笑った。
「だーから脱げっつったのに。」
「やーだ。だってこのコーディネイト、気に入ってるんだもの。」
今日のミリアリアは、シンプルなノースリーブの白いワンピースに、ビジューの散りばめられたミュール、という女性らしい組み合わせで。
新婚旅行前の買い物に二人で出かけた時、絶対に似合う!と自分が見立てたものであることに今更気付き、ディアッカはふわりと微笑んだ。
 
「白、似合うな。やっぱ俺のセンスって最高じゃない?」
「ディアッカだって似合うじゃない。そういうシンプルな格好って、案外着こなすの難しいと思うわよ?」
 
ディアッカはごく普通の白いコットンのカットソーに履きなれたデニム、という自分の格好を見下ろし、「そっか?」と首を傾げた。
そういえば昔はこういうシンプルなデザインのものはあまり選ばなかった気がする。
服の好みが変わったのは、ミリアリアと共に暮らすようになってからだ。
そんなところまで変えられてしまうほど、俺はこいつにやられてる、ってわけか。
なんだかくすぐったい思いが胸を駆け巡り、ディアッカは目の前の愛しい存在に手を伸ばした。
「そんなことより、ほら、手。」
「…やっぱり、おとうさんみたい。」
ぶつくさと言いながらも、ミリアリアは素直にディアッカの手を取り、笑った。
 
 
 
遠くまで続く浜辺を手を繋いで歩きながら、先にその気配に気づいたのはディアッカの方だった。
コーディネイターの優れた聴力をもってしてもわずかにしか聞き取れないシャッター音。
視力、聴力が卓越したシホならば、きっともっと早くから気づいていただろうな、と思いつつ、ディアッカはミリアリアとの会話を止めないまま何気ない動作で足元に落ちていた意思を拾い上げる。
「ミリィ、ちょっと手、離すぞ」
「え?」
きょとんとした顔で自分を見上げるミリアリアににこりと笑みを向けた後、ディアッカは腕を振りかぶり、砂浜の向こう側に生い茂る茂みに向かって手にした石を思い切り投げた。
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
突如聞こえた男の悲鳴に、ミリアリアが驚いて悲鳴をあげる。
立ち尽くすミリアリアをその場に残し、ディアッカは早足で声の下方向へと歩み寄ると、茂みの中から一人の男を引きずり起こした。
「どうやって入り込んだんだか知らねぇが…その中のデータは渡してもらうぜ?」
「ひっ…」
地面にへたり込む男をぎろり、と睨み付けながら、草むらに転がるカメラを拾い上げる。
望遠レンズが付いたカメラは思ったよりも重みがあり、ふとディアッカは、ミリアリアもあの細腕でこんな重いカメラを持って戦場を駆けていたのだろうか、と思った。
 
 
「……え、マクスターさん?!」
 
 
不意に背後から聞こえたミリアリアの素っ頓狂な声に、ディアッカの眉が上がった。
 
 
 
 
「ーーで?なんでアスハのプライベートビーチにこんなおっさんがいるわけ?」
長身のディアッカに見下ろされ、マクスターと呼ばれた男はへたり込んだまま目を泳がせた。
「…て、手漕ぎのボートを借りて…」
「自力で漕いできたってのかよ?ったく、どこまで…」
「ディアッカ、ちょっと待って。」
背後で黙って成り行きを見守っていたミリアリアが前に進み出て、マクスターの眼前にしゃがみこみ視線を合わせた。
 
 
「…お子さん、おいくつになったんですか?」
 
 
その言葉にマクスターははっと顔を上げた。
「ハウ…覚えてたのか?」
「ミリィ?」
訝しげなディアッカに、ミリアリアは振り返って微笑んだ。
「私が以前、北欧でのスクープの記事を持ち込んだ出版社に所属していたカメラマンなの、この人。」
北欧でのスクープ。
言葉こそぼかしているが、それがダストコーディネイターのコミュニティで起きたテロの事だと気付き、ディアッカの表情が僅かに変わった。
 
「あの時言ってましたよね?奥様が妊娠されたって。だからこれ以上は無理だ、って。」
「……力になれなくて、すまなかった。」
 
項垂れるマクスターにミリアリアはかぶりを振った。
「もう、いいんです。私も無理を言い過ぎたんだし、気にしないで。でもマクスターさん、どうしてその…私たちを?」
「…リストラされたんだ。今はフリーのカメラマンをしているが…取材に行く資金も底をついてきて、それで…」
「で?ちょうど地球に降りてきて話題になってる俺たちの写真で一儲け、って算段か。」
キラが昔話していた、オーブへ戻ってからの記事を潰された一件に絡んでいたであろう男。
当時のミリアリアの苦悩を思い、ディアッカの目が眇められた。
「ディアッカ!そういう言い方はないでしょ?」
「だってそういう事だろ?」
「…彼の言う通りだ、ハウ。」
絞り出すような声に、ミリアリアとディアッカは顔を見合わせた。
 
「正式に申し込めばもしかして、とも思った。だが大手のマスメディアですら相手にしてもらえない状況で、ただのフリーカメラマンに撮影許可が下りるなんて思えなかった。」
「マクスターさん…」
「それでも…皆に伝えたい、撮りに行きたい場所が、あるんだ。それに妻子も食わせて行かなきゃいけない。だから君たちのプライベートショットをなんとか撮影して、出版社に買い取らせようと考えた。…考えが甘かったみたいだけどな。」
「当たり前だろうが。都合が良すぎんだよ。そもそも…」
「ディアッカ。」
 
きっぱりと自分の名を呼ぶミリアリアの声に、ディアッカはこの後の展開を予想して小さく溜息をついた。
 
 
 
***
 
 
 
オーブからプラントへと戻って数週間後。
カガリから自宅へと送られてきた郵便物に気づいたのはディアッカだった。
「ミリィ、なんか姫さんからこんなん届いてるけど?」
「え?カガリからうちに、直接?開けてみてもらってもいい?ちょっといま手が離せなくて…」
夕食の準備で慌ただしくキッチンを行き来するミリアリアに「りょーかい」と微笑み、ディアッカは手にした封筒を開けた。
「なんだこれ…雑誌?」
出てきたのは、オーブのものらしい雑誌がひとつ。
と、あるページににぺらりと貼られた付箋に気づき、ディアッカは目を丸くした後、そっとページをめくった。
「お待たせ。カガリ、なんだったの?」
「ん?ほら、これ」
「雑誌?…あ…」
 
そこには、オーブの砂浜を手をつないで歩くディアッカとミリアリアの写真が、大きく掲載されていた。
 
【早朝の浜辺を歩くエルスマン夫妻。彼らはきっと今後、コーディネイターとナチュラル、ふたつの種族の架け橋となるであろう】
そんな言葉とともに、写真の隅には小さく“photographer:Eric・Maxter”の名前があった。
「これ…オーブじゃ最大手の出版社が出してる雑誌よ。良かった…ちゃんと交渉できたんだね、マクスターさん。」
「ほんっとお前ってお人好しだよな。例の記事、断られた張本人だったんだろ?」
「仕方ないわよ。それにマクスターさんならきっと、私たちとの約束を守ってくれるはずだわ。」
ディアッカは数週間前に繰り広げられた会話を思い出し、そっとミリアリアの肩を抱き寄せた。
 
 
 
***
 
 
 
「ディアッカ。カメラ、返してあげて。お願い。」
「はぁ?!」
「マクスターさん。もう私たちの写真は撮ったんですよね?だったらもうこのまま、本島へ戻って下さい。』
「え?い、いや、でもまだ画像のデータが…」
「使ってください。」
「なっ…!」
 
目を剥いたディアッカには構わず、ミリアリアは言葉を続けた。
 
 
「これで資金を作って、きちんと家にお金を入れて、その上であなたが皆に伝えたい、撮りに行きたい場所へ行って下さい。私たちは今回の滞在中、一切の写真撮影はお断りしてますからきっと法外な値段を提示しても大丈夫だと思います。」
「ハウ…しかし、それはフェアじゃない!」
「じゃあ約束して下さい。写真の悪用は絶対にしないこと。そして、私の分も理不尽に苦しむ紛争地域や戦争の光景をカメラに収めて、皆に伝えてくれること。これでどうですか?」
 
 
深々と頭を下げて立ち去るマクスターをミリアリアは笑顔で見送った。
「勝手なことしてごめんね。でも、あの人は悪い人じゃないから、大丈夫。」
「謝んなって。そういうお人好しで優しいミリィも、俺は愛してるんだから。」
不意の告白に顔を真っ赤に染め、何か言い返そうとしたミリアリアだったが、優しく唇を塞がれそれは叶わなかった。
 
 
 
***
 
 
 
「いい写真だな、これ。」
「あの人、腕はいいのよ。ちょっと気が弱いところもあるけど、志は高いと思うわ。」
「…なぁ、お前、やっぱりカメラマンの仕事…」
そこまで口にしたところで、柔らかな唇に言葉を封じられる。
「ディアッカの、そばにいたいの。…答えに、なってない?」
自分からキスを仕掛けたくせに、少しだけ頬を染めたミリアリアに上目遣いでそう問われ、ディアッカは破顔した。
 
「俺も、そばにいたい。そんで毎日ミリィの飯、食いたい。」
「もう…!じゃ、ご飯にしようか?」
「ん、そうだな。」
 
そう言ってもう一度啄ばむようなキスを交わし、二人はソファから立ち上がり食卓へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

拍手小噺59は、以前から温めていたネタにしてみました。
長編「手を繋いで」のラストシーンにある写真にまつわるエピソードです。
オーブへの新婚旅行中の出来事なので、以前の小噺である「子守歌」の続き、
にもなっております。
私が書き綴ってきた物語とリンクさせることで、皆様により一層お楽しみいただく
ことができれば光栄の極みです!

 

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2016,5,10拍手up

2016,6,22up