かくれんぼ

 

 

 

 
「あ、ディアッカ。ミリィ知らない?」
 
 
分厚い本を抱えたサイに声をかけられ、ディアッカはきょとんと首を傾げた。
「え、あいつブリッジじゃねぇの?」
「うん。戦闘データの解析に時間かかっちゃって、先に休憩に行ってもらったんだ。でも、時間になっても戻ってこなくて…って、ディアッカ?!」
「見つけたらすぐ通信入れっから」
トン、と床を蹴ってあっという間にその場から消えていくディアッカの赤いジャンパーを見送り、サイは苦笑を漏らすと再びブリッジへと戻るべく踵を返した。
 
 
 
電源の落とされた計器類に指を滑らし、ミリアリアは小さく溜息をついた。
さすがに失礼だ、と思い、ブーツを脱いできちんと足元に揃えた後、シートの上で膝を抱える。
いつもこうして一人になると泣いてしまうのに、不思議と涙は出てこなかった。
無機質な計器に小さなモニタ。座り心地などまるで考えられていないような硬いシート。
背中の後ろにある体を固定するベルトも硬くて、寄りかかるとちょっとだけ痛かった。
それでも、この場所にはあいつの匂いや気配が残っている気がして。
悔しいけれど、ひどく落ち着いた。
 
 
ここならあいつにも見つかることはない、と思う。
ミリアリアがふらりと姿を消す先は、もう大体あいつにはばれてしまっているけれど、ここに来るのは初めてだ。
と言うより、来てもいいものなのかすら分からない。
幸いなことに今は一般的に深夜、と呼ばれる時間帯なので、整備スタッフもエマージェンシーがかからない限り休んでいるはずだ。
だからここにミリアリアがいることは、誰も知らない。
 
 
一人でゆっくり、考えたかった。
どうしていつもきつく当たってしまうのかを。
最初は大嫌いだったし怖かった。
でもオーブでAAを助けに戻ってきてくれて、情緒不安定になっていたミリアリアをいつだって見つけてくれて、そばにいてくれて。
本当は優しい人だ、ともう充分わかっているのに。
都合のいい時だけ胸を借りて泣いて、求められれば唇を許して。
トールを忘れたわけではもちろんないけれど、あいつの存在も同じように、自分の胸の中でどんどん大きくなっていることにミリアリアは気づいていた。
先日ディアッカが格納庫でミリアリアを庇って昏倒した時には、どうしたらいいか分からないくらいに狼狽え、心配で胸がつぶれそうになった。
 
 
最初は大嫌いだったし怖かった。
じゃあ、今は?
どうして私は、子供みたいにこんな所に隠れて、そのくせあいつに自分を見つけて欲しい、なんて思ってるの?
半分以上分かりきっている答えに向き合うのが怖くて、ミリアリアは両手で自分を抱きかかえるようにし、ぎゅっと目を閉じた。
 
 
 
***
 
 
 
すぐに見つけられるだろう、と心当たりの場所をしらみつぶしに覗いていたディアッカだったが、ミリアリアの姿はどこにもなかった。
少し前、コーディネイターを蔑視するクサナギのクルーが起こした事件を思い出し、ディアッカの表情が段々険しいものとなる。
AA艦内は大方探した。独房まできっちり見て回った。
あと、行っていない場所はーー?
ディアッカはす、と眉をひそめ、再び床を蹴り目的地へと向かった。
 
 
格納庫の明かりは、最小限に抑えられていた。
補給先を持たないAAでは、基本理念としてすべてのものに対し無駄遣いは禁じられている。
薄暗い格納庫の中を迷いのない足取りでディアッカは進み……ある場所でぴたり、と足を止め、床を蹴りふわりと浮き上がった。
非常時に備え開けっ放しになっているハッチに手をかけ、そっと中を覗き込む。
 
 
そこは、愛機でもあるバスターのコックピット。
そして、いつも自分が座っているシートの上には、膝を抱えたミリアリアがすやすやと眠っていた。
 
 
すとん、と静かにコックピットへと滑り込み、ディアッカは苦笑まじりにミリアリアを見下ろした。
「…ったく、かくれんぼかっつーの」
様子を見るべく狭いコックピット内でしゃがみこんだ拍子に、きちんと揃えて置かれたブーツに気づきまた笑みが漏れる。
土足でシートに乗ることをためらったのだろう。
そんな小さな気遣いすらも可愛く思えてしまう自分は、やっぱり心底このナチュラルの女にやられているのだろう、と思う。
そしてミリアリアの肩に手をかけようとし、あることに気づいた。
寝顔を見るのは初めてではないが、その頬にはいつも涙の跡があった。
だが、今のミリアリアにはそれがない。
そう自覚した瞬間、ディアッカの胸が甘く締め付けられた。
 
 
ーーなぁ、マジで俺、自惚れるぜ?
 
 
この場所に残る自分の気配に、少しでも心を安らげることが出来たのだろうか。
少しでも自分を想い、この場所を選んでくれたのだろうか。
「ん…」
と、ミリアリアが小さく声を漏らし、ゆっくりと碧い瞳が開いてディアッカを映し出した。
「おはよ、ミリアリア」
「ん…おは、よ…って、え?」
「かくれんぼは終了。サイが探してたぜ?」
「嘘!今何時?!」
あわあわとしながら腕時計に目を落とし、ミリアリアは小さく悲鳴をあげる。
その無防備なあどけない表情に、ディアッカは笑顔を浮かべた。
 
「ホントに…お前ってかわいいよな、そういうとこ。」
「え?何?ちょっとまって、ブーツ履いちゃうから!」
 
手櫛で髪を直しながらバタバタとブーツに足を突っ込むミリアリアには、ディアッカの言葉に耳を傾ける余裕がなかったらしい。
「大したことじゃねぇよ。…で、何でここにいたの?」
何の気なしに、といった風にそう問いかけた途端、ミリアリアは目を泳がせた。
 
「一人、で、ちょっと考えたいことがあって…ここならあんたも思いつかないだろう、って…」
「まぁなぁ。だいぶ探したぜ。灯台下暗し、ってやつ?」
「う、うそでしょ?あんた今日の仕事、もうおしまいだったんじゃ…」
「ああ、へーき。コーディネイターはちょっとくらい寝不足したって倒れたりなんかしねぇから。気にすんな。」
「う…うん。でも、ごめんね。疲れてるところ…それに、勝手にここ、入り込んで…」
 
もじもじとするミリアリアはやはりかわいくて、許されるならすぐにでも腕の中に閉じ込めてしまいたい。
だがディアッカは、先程から気になっていたことを尋ねた。
 
 
「んで?考えってのはまとまったわけ?」
 
 
その言葉にはっ、とミリアリアが顔を上げ、紫と碧の視線が絡み合う。
無言で二人は見つめ合い…先に口を開いたのは、ミリアリアの方だった。
 
 
「そうね。ぼんやりとだけと、まとまった、かな。」
 
 
そう言って照れくさそうに笑みを浮かべたミリアリアだったが、シフトの件を思い出したのかすっと表情を変えた。
「私、行かなきゃ。」
「ん、そうだな。サイも気にしてたみてーだし。」
先にコックピッドから出て手を差し伸べると、一瞬迷いながらもミリアリアはおずおずとディアッカの手を取った。
 
「ありがとう、ディアッカ。ちゃんと寝てね?それ、じゃ…え?」
 
怒られるかもしれない。
そう分かっていても止められず、ディアッカはミリアリアの体を引き寄せ、そっと唇を重ねた。
深いキスに持ち込まなかったのは、これからブリッジに入るミリアリアに対しての最大限の譲歩。
だが、一度離した唇に羽のような感触を感じ、ディアッカは驚きに体を強張らせた。
 
 
「……見つけてくれて、ありがとう。」
 
 
ふわりと笑ったミリアリアが格納庫を出て行くまで、ディアッカは動くことも振り返ることすらも出来なかった。
「くっそ…反則だっつーの」
初めてミリアリアから与えられた、羽のようなキス。
その柔らかな感触を忘れたくなくて、ディアッカはそっと自分の唇に指を這わせた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

お久しぶりの拍手小噺は、お題小説のひとつである「大嫌い、また明日」の次
くらいに当たるものとなりました。
久しぶりの、AA時代のディアミリです。
人気のない場所に隠れて涙するミリィはうちのデフォですが、今回はなんと
バスター内部(笑)
バスターのコックピットが舞台のお話は数多くあると思いますが、こんなのも
アリかな?と
仕事中に思い浮かび、一気に書き上げました。
ヤキン直前くらいには、ミリィもだんだん気持ちの整理…というか、ディアッカに
対する想いやトールに対する感情も固まってきていたのではないかと思うのです。
戦後それは崩れてしまい、ミリィはお部屋に引きこもってしまうわけですが、

この時点でのミリィの弱さと強さ、揺れる心情を書き表すことができていれば
いいな、と思います。

 

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2016,5,10拍手up

2016,6,22up