How to make friends

 

 

 

 
「こんにちは。何をしていらっしゃるのですか?」
 
 
緊張を隠し、天使のようだと称される笑顔でそう声をかける。
「わたくしもご一緒させていただけないでしょうか?」
可愛らしい声と反比例した、まるで成人を迎えたような、大人びた口調。
 
「う、うん…じゃなくて、はい、どうぞ。」
「まぁ、ありがとうございます」
 
駆け寄ってきた親に小突かれ、引きつった笑顔でそう返事をする同年代の少女。
ラクスは心に広がる寂しさを押し殺し、にこやかに頷いた。
 
 
 
ラクス・クラインがプラントの歌姫として頭角を現したのは、彼女が10歳を過ぎた頃のことだった。
可憐な容姿に綺麗な歌声。そして父親はあの最高評議会議員、シーゲル・クライン。
プラントの民は、その可憐な存在に酔いしれた。
あくまでもラクスの肩書きはアイドル、だったが、民衆は彼女を歌姫として扱った。
それまで人気を博していた何人かの若き歌姫候補たちは、数人を残し皆自然と姿を消していった。
それほどに、ラクスの存在は他者とは違う何かがあった。
 
消えていった少女達の取り巻きや親から罵倒されたこともある。
プロパガンダが目的のアイドル風情が偉そうに、と。
ヒステリックに喚き散らす女性の後ろで俯向く黒髪の少女の虚ろな瞳を、今もラクスは忘れることが出来ない。
それでも大衆はラクスを支持し、その歌声と平和を願う言葉の数々に耳を傾け、彼女を崇めた。
成人が近づき、当然のように受けた遺伝子検査の結果、ラクス・クラインの婚約者として選ばれたのは父と同じく最高評議会議員でもあるパトリック・ザラの息子であった。
 
アスラン・ザラと名乗った少年の、翡翠にも似た翠色の瞳と藍色の髪を綺麗だと思ったラクスは、素直にそのことを口にした。
途端目を泳がせ、もじもじとするアスランに、ああ、またやってしまった、と思った。
人との距離感がわからない。
幼少の頃から父の意向で学校には通わず、自宅で家庭教師とともに多くの時間を過ごしてきたラクスは、あまりにも他人との接点が少なすぎた。
父に連れられて様々な場所へ表敬訪問をしたが、それは公の場。
そういった場所でのマナーはしっかりと叩き込まれており、またシーゲルはラクスに様々な外の出来事、ナチュラルとコーディネイターの歴史についても教えてくれてはいた。
だからそれで苦労を感じたことはない。
 
だが、一人の少女としてのラクス・クラインは、あまりにも他者との付き合い方について知らなすぎた。
 
議員の娘、という肩書きを背負っていれば、必然的に周囲からはそれ相応の気を使われる。
しっかりとした知識と信念を持っているラクスだったが、幼い頃から同年代の相手に話しかける時はいつもひどく緊張していた。
友達になりたい。一緒に遊びたい。
そう願っても、自分があのラクス・クラインだとわかった瞬間にさっとかけられる薄いヴェール。
人の感情に聡いのは、培ったものではなく生来持っているラクスの性質で。
そんなヴェールの存在を感じ、笑顔を絶やさぬ努力はしていても、ラクスの心にはいつもどこか寂しさがあった。
プラントの歌姫、と呼ばれる公の立場。“ラクス・クライン”という個人の感情。
何度か失敗を繰り返し、ラクスが覚えたのは万人に対し穏やかに、にこやかに接することだった。
仲良くしましょう?と手を差し伸べれば、人はその行為を簡単に無下にはできないものだ。
そこから先は、相手の振る舞いに応じて対応していけばいい。
 
 
それが、自分自身の心にもヴェールをかけてしまうことだと、その時ラクス・クラインは気づいていなかった。
 
 
 
***
 
 
 
時は流れ、二度の戦争も終わりを告げ。
世界はコーディネイターとナチュラルとの和平への道を探りながら、ゆっくりと流れていた。
プラントの歌姫、と呼ばれるアイドルだったラクス・クラインは現在、平和の歌姫と呼ばれ、父と同じプラント最高評議会の議長として正式に招聘された。
慌ただしく準備が進む中、いよいよ式典当日を迎え、ラクスはオーブからやってきたカガリとともに控室にいた。
 
「なぁ、ラクス。」
「…はい?なんでしょう?」
 
ここまでの道のりを思い、少しだけぼんやりとしていたラクスはカガリの呼びかけに一瞬遅れて笑顔を作り、振り向いた。
「ありがとうな。今まで。」
「…え?」
きょとん、とするラクスに、カガリは微笑んだ。
 
 
「最初はさ、お前のこと、ただの歌が上手なプラントのアイドルだと思ってた。でもそうじゃなかった。お前はあの状況で戦争の終結を訴え、心を壊しかけたキラを支え、またこうして戦場に戻って、戦った。」
「カガリ、さん…」
「でもさ、前から思ってたけど、お前は少し他人行儀だぞ?これから私たちは手を取り合って、ともに和平への道を歩むんだ。だから…」
「…カガリさん?」
 
 
す、とオーブの礼服に包まれた腕が自分に向けて伸ばされ、ラクスは息を飲んだ。
 
「これからは私と…一人の友人として、付き合ってくれないか?」
 
友人。それは、ともだち、のことだろうか。
幼い頃何度も経験した苦い思い出が蘇り、ラクスはぎゅっと拳を握り締める。
「私も、こんな立場だろう?なかなか友人と呼べる存在に巡り会えなくてさ。でも、サイやミリアリアは少しずつ私との距離を縮めてくれて、相談にも乗ってもらって。ああ、こういうのが友達なんだなって思ったんだ。だからラクス、私はお前とも…」
ぶわり、とラクスの目に浮かんだ涙にカガリは仰天し、オタオタと両手を振り回した。
「なっ!あ、いやそのっ!だ、ダメならいいんだぞ!?なんで泣いて」
「違うのです…わたくし、嬉しくて…」
「…へ?」
ラクスには分かった。
カガリが純粋に、自分と友達になろうとしてくれていることが。
 
「ありがとうございます、カガリさん。わたくしで良ければ…是非」
「あったりまえだろう!ラクスもミリアリアもみんな友達だ!種族なんて関係のない世界を、これから私たちは作るんだからな!」
 
そう言ってがばりと抱きしめられ、ラクスは目を白黒させーーふわり、と微笑んだ。
その拍子にぽろり、とラクスの瞳から一粒だけ涙がこぼれ落ちた。
 
 
 
***
 
 
 
「…で?何てディアッカに弁明すればいいかわからず、私に連絡をよこしたってわけか」
『はい…キラにはこのような相談をしても、いい答えは得られませんでしょう?』
 
オーブ行政府内、カガリの執務室。
モニタ越しに見るラクスは、まさに“困り果てた顔”そのもので。
カガリはくす、と笑みを漏らし、うず高く積まれた書類をデスクの脇に押しやると頬杖をついた。
 
事の次第はこうだ。
ミリアリアと話をしていた時、先の大戦の後地球で暮らしていた時にキラの母であるカリダが作ってくれたトリュフの話になり、それなら一緒に作ろう、という事になった。
ちょうどバレンタインというイベントもあり、トリュフ作りはキラとディアッカが演習で帰宅が遅くなるであろう日を狙って決行された。
だが思いの外時間がかかってしまい、気づけば出来上がったのは深夜に近い時間で。
慌ててディアッカに連絡を取ったミリアリアだったが、すでに帰宅しひどく心配していた彼は怒って電話を切ってしまったらしい。
自宅へ戻ったミリアリアから来たメールには、『やっぱりちょっと怒ってるみたいだけど、心配しないでね。今日は楽しい時間をありがとう。』とだけ書かれていたらしい。
そしてつい先程まで等のディアッカはラクスの護衛任務についていたそうで。
酷くむっつりとした顔をしていたディアッカに、ラクスはなんと声をかけていいかわからずその場をやり過ごしてしまったらしい。
 
 
「まぁ、あいつの過保護は今に始まったことじゃないしなぁ。そういやもうすぐあいつの実家に挨拶か何かに行くんだろ?」
『婚約発表のパーティー、と聞いていますわ。でもこのような状態でパーティーだなんて…』
 
 
ほぅ、と通信越しでも聞こえる溜息をつくラクスを、カガリは少しだけ気の毒に思った。
「ディアッカもそこまで根に持つ性格じゃないし、バレンタインのチョコ作りだと分かれば仲直りできるんじゃないか?」
『それは…そうかもしれませんが、元はと言えばわたくしがミリアリアさんの手を煩わせてしまったのです。それに…』
「なんだよ?まだ何かあるのか?」
ラクスは両手を胸元でぎゅっと握りしめ、カガリを見つめた。
 
『ミリアリアさんは、こうおっしゃってくださいました。身分は天と地ほど違ってもミリアリアさんとわたくしは友達、の間柄だと思っている、と。だからトリュフの材料費もきっちり折半させて頂きました。友達同士はこういう時も遠慮は無しできっちり材料費を分け合うものなのだ、とおっしゃってくださったのに…』
 
一気にそこまで言い切ってしょんぼりと肩を落とすラクス。
カガリは、ラクスが何をそんなに悩んでいるのか少しだけ分かった気がした。
アスハの血を引く自分にもなかなか普通の友達はできなかったが、マーナやキサカ、それに同年代の氏族の子供たちとの交流があったので、それほどそのことを気にしたことはなかった。
だがラクスは、そうではないのだ。
和平条約の式典の時、友人になろう、との言葉に涙を浮かべたラクスを思い出す。
あれだけ聡明で時に大胆なラクスにも、どうしていいか分からないことがあるのだ。
困り果てているラクスに友達として助言できることはないか、とカガリは考え、手元の携帯端末をそっと手繰り寄せながら慎重に口を開いた。
 
「大切な友達を困らせてしまった。そう思ってるのか?ラクスは。」
 
びく、と肩を揺らし、ラクスはまっすぐカガリの琥珀色の瞳を見つめた。
「だとしたら、それは間違っている、と思うぞ?ミリアリアはラクスのせいでこんなことになった、なんて言うような奴か?」
『…わからないのです。だってわたくしは、ミリアリアさんではありませんもの。』
「うーん…じゃあラクスはもし自分があいつのの立場になったら同じように思うか?」
『まさか!思いませんわ!』
「じゃあ答えは出てるじゃないか」
 
はっ、とラクスが口に手を当てた。
 
 
 
「あれ、もう寝るの?ラクス。」
 
ベッドに入り、小さな端末を手に枕を背もたれにしていたラクスはにっこりと顔を上げた。
 
「明日は大切な式典ですものね。あまり夜更かしは出来ませんわ。」
「そうだけど…なんだか嬉しそうだね?」
「はい、ミリアリアさんとメールのやり取りをしていましたの。」
 
そう言ってラクスはごそごそと何かを取り出し、それをキラに差し出した。
 
 
「これ、キラに。」
 
 
満面の笑みを浮かべたラクスのてに乗っているのは、可愛らしくラッピングを施されたトリュフ。
キラは目を丸くしてそれを受け取り、しげしげと眺めた。
 
「ラクスが作ったの?これ。」
「はい!ミリアリアさんに教えて頂きながら作りましたの。地球にいた頃、カリダ様が同じものを作っておられたでしょう?」
「あ…トリュフ?うわ、なんか…懐かしいな」
 
嬉しそうに微笑むキラに、ラクスはますます笑顔になった。
「もう日付も変わりましたでしょう?良かったら召し上がってみてくださいな。」
そこで初めてキラはそのチョコがバレンタインのものだと気付いた。
「うん。ちょっと待ってね」
しゅるり、とリボンをほどいてキラがトリュフを手に取る間、ラクスは手元の端末に視線を落とした。
 
『あれからディアッカと仲直りできました。トリュフも美味しいって。心配かけてごめんね。キラには明日渡すの?』
 
良かった、と安堵の笑みを浮かべながら、ラクスはカガリの言葉を思い出していた。
 
 
『あのな、自分が好ましい、と思っている相手は大抵自分のことを同じように思っているんだ。逆にこいつはちょっと嫌だな、苦手だな、と感じる相手からは、やっぱり同じようにそう思われていることが多い、と昔お父様に教わったことがある。ラクスは、ミリアリアのことが心配なんだろう?友達だから。それなら心配いらないさ。気になるならあとでメールでもしてみたらいいと思うぞ?』
 
 
その言葉に背中を押され、散々悩んだ末ラクスはミリアリアにメールを送り、その後の顛末を訪ねた。
その返事が、まさに今届いたばかりのメールだったのであった。
ふわ、と髪を撫でられ、ラクスは驚いて顔を上げた。
 
「……キラ?」
「すごい、美味しい。母さんのトリュフより美味しいかも。」
「っ、それは褒めすぎですわ。それにミリアリアさんが教えてくださったから…」
「ありがと、ラクス。きっとすぐ食べ切っちゃうと思うから、今度また作ってくれる?」
「もちろん…っ」
 
柔らかい唇に言葉を封じられ、ラクスはそっと目を閉じる。
口の中に広がるのは、キラと同じくらい優しくて甘いトリュフの味。
……明日、朝一番にミリアリアさんにメールをしなくては。
 
そんなことを思いながら、どんどん深まっていくキスにラクスは酔いしれ、キラの背中に手を回すとそのままベッドに倒れこんだのだった。
 
 
 
 
 
 
 
ma02

 

 

 

pixivのフォロワー様40名突破記念に書き下ろしたものの転載。
ラクス・カガリ・ミリアリア中心のお話を…と思ったのですが、7割くらいラクス、かも(笑)
ややシリアス 風味です。
サイト本編「空に誓って」の“喧嘩”・“トリュフ”ともリンクしています。
拙いお話ですが楽しんでいただければ幸いです!

 

 

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