百合の花束

 

 

 

 
幾つかの花束が並べられた墓石の前に、ディアッカは手にしていた白い百合の花束をそっと置いた。
そこに刻まれている名前は、ニコル・アマルフィ。
先の大戦で散った、戦友だ。
 
 
二度の大戦が終わり、世界はナチュラルとの和平に向かって着実に進み始めている。
プラントを守りたい。そんな思いを胸にザフトに志願した戦友たちは、みな戦場で散っていった。
あの頃共に戦った仲間で今も生きているのは、イザークと、オーブにいるアスラン。
きっとそれぞれがそれぞれの形で、ニコルの誕生日を祝っているだろう。
白百合の隣で存在を主張する白いバラの花束が、それを如実に表していた。
ディアッカは毎年、イザークがニコルの命日にバラを供えている事を知っていたから。
 
ふたつ年下の、優しくて穏やかな少年だったニコル。
ピアノが好きで、若くしながらピアニストとしても活躍していたニコルからコンサートの誘いを受けたこともあるが、当時のディアッカにとってそれはただの現実逃避や甘えにしか見えなくて。
すげなく断るディアッカに苦笑交じりで、『そうですか…では、戦争が終わったら、ぜひ一度聴きに来てくださいね。素敵な彼女とご一緒に。』と言ったニコル。
その頃から女の噂が絶えなかった自分に対するニコルなりのかわいい皮肉だったのだろうが、当時のディアッカはムッとしたものだった。
 
 
そんな優しい少年は、平和になったプラントを目にすることなく先に逝ってしまった。
生きていたらきっとニコルは、プラントでも指折りの素晴らしいピアニストになっていただろう。
そしてディアッカはきっと、ミリアリアを伴ってニコルのピアノを聴きに行ったであろう。
『まさかあのディアッカがナチュラルの女性とお付き合いするなんてね』と笑って迎えてくれただろう、優しい少年。
  
「俺の嫁さんさ。お前の作った曲、ピアノで弾けるんだぜ?…ナチュラルだけどな。」
  
ナチュラルもコーディネイターも同じ人間だ。
起きてしまった過ちを取り返すことは出来ない。だが人はそれでも悲しみの淵から這い上がり、前を向くことが出来る。
平和を望んでいるのは、どちらの種族も同じことなのだ。
もっと自分が、世界がそのことに早く気付いていれば、ニコルはーーー。
  
そこまで考え、ディアッカはゆるゆると首を振った。
自分たちは生きている。生きて、作り上げていくのだ。
ニコルの、そして死んでしまったあいつの恋人の望んだ平和な世界を。
 
 
「…俺の誕生日には、ミリィにお前の曲弾いてくれっておねだりしてみっかな。」
 
 
シニカルな笑みを浮かべ、それでも視線は柔らかなままディアッカは綺麗に磨き上げられた墓石と並んだ花束に目を落とす。
「じゃな、ニコル。次はミリィと一緒に来るからさ。」
墓石に向かい綺麗な敬礼を一つ送ると、ディアッカは黒服の裾をはためかせながら身を翻し、ゆっくりと歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

こちらはディアッカ視点です。
はい、御察しの通り今回は元クルーゼ隊3名の視点からのお話です(笑)
ニコルのお誕生日をそれぞれの立場で祝い、それぞれに思いを馳せる彼らの姿を上手く書き表わせていれば幸いです。

 

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2016,3,3拍手小噺up

2016,5,10タイトル変更・up