夢の中でなら

 

 

 

 
一日の政務を終えたカガリを部屋まで送り届け、自室へと戻るとアスランは小さく息をついた。
  
「それがどんなものであれ、思い出って大事だもんな。苦しくても忘れる道を選ばないお前は、すごく偉いと思うぞ?」
 
そう言って背伸びをし、笑いながらぐしゃぐしゃと藍色の髪を撫でてくれたカガリの優しさに感謝し、アスランは数少ない私物を治めた引き出しから少し皺になった楽譜を取り出し、じっと目を落とした。
 
 
『アスラン…逃げ、て…』
 
 
あの時聞こえた、何年経っても忘れる事など出来ない声を思い出し、そっと目を閉じる。
アカデミー時代から競い合い、クルーゼ隊に配属されてからも同室のよしみで何かと話をする機会が多かった。
年下のくせに落ち着いていて、それでいてほんわかと暖かな空気を纏っていて。
当時は何かとイザークやディアッカに馬鹿にされてもいたが、それが本心からでなかったことは彼が居なくなってから解ったこと。
 
 
休暇の際に招かれたコンサートでは、想像以上に綺麗なピアノの音色にただ感嘆した。
地球に降りた時は艦橋で、広くて大きな海を見ながら語り合った。
衝突の多かった自分とイザークの間に入り、必死に仲裁してくれたこともあった。
中破したブリッツでアスランのために身を挺してその身を散らした、大切な戦友であり、仲間。
 
 
カガリが「ほら。持って行け。どうせ用意なんてしてないだろ?」と手渡してくれた一輪挿しに水を入れ、赤いバラの花をそこに挿す。
本当に彼女は、俺という人間をよく分かっている。
それを嬉しい、と素直に思っていいのか悩んだ日々もあったが、少なくとも今日だけは、自分の想いに素直でありたかった。
ニコルの誕生日である、今日だけは。
  
「夢の中でなら…俺もピアノが弾けるのかな、ニコル。」
  
アスランの脳裏に、戦場で散った大切な友の、柔らかな笑顔が浮かんだ。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

今回の拍手小噺は、ニコルのお誕生日御祝小噺です。
となれば、やはり最初はアスラン!
自分を慕ってくれていたニコルは、アスランにとってキラとはまた別の、特別な存在であったと思います。
カガリが知っているところを見るに、きっと何かのきっかけでニコルの話をしたんでしょうね。
さっぱりとしながらも優しい気遣いを見せるカガリとの関係もすごくいいなぁ、と手前味噌ながら思ってしまいました(笑)

 

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2016,3,3 拍手小噺up

2016,5,10 タイトル変更・up