試し読み Like those between

 

 

 

 

ディアッカは、アークエンジェルらが並ぶ格納庫の片隅でぼんやりと立ちつくしていた。
あれから既に数時間が経過している。
視界に映る三隻にはザフトの整備クルーたちが何人も取り付き、傷だらけになった艦隊の修理に勤しんでいた。
中でも一番損傷が激しいのは、やはりアークエンジェルだ。
それは、さしたる援護もなくあの激しい戦場を駆け抜けたことを顕著に物語っていた。

 

「…なんで、今更…」

 

ぎりぎりと痛む胸。
気を抜けば叫び出してしまいそうな、切なさと焦燥感。
忘れたはずだったのに。
もう二度と会うつもりなどなかったのだ、本当は。
ただ、生きていてくれればいい。
そしていつか、誰かいい男を見つけて幸せになればいい、そう思っていた。
繋いだ手を離したのは、結局どちらからだったのだろう。
いや、どっちでもいい。
あんな喪失感はもう、二度とごめんだから。
手に入らないのなら、欲しがらなければいい。ただそれだけだ。
だからディアッカは、ミリアリアに対する全ての感情を封印した。
それなのにいざ再会してみれば、辛辣な言葉でミリアリアを攻撃した。
初めはいい気味だ、とすら感じた。
強気だった表情がどんどん崩れ、傷ついて俯く様を見て笑みすら溢れた。
だが時間が経つごとに、心はどんどん重くなって行って。
何度も溜息をついては、ミリアリアの顔を思い出した。
つっけんどんな口調は相変わらずだったが、記憶の中よりも女性らしさを増していた。
綺麗な碧い瞳は昔のままで、かわいらしい、という形容が似合っていた面差しは大人びて、年相応の女性らしさを湛えていた、と思う。
なぜ、あんな言葉をぶつけてしまったのだろう。
戦争の光景を、見たくて見ているわけじゃない。そんな事はディアッカにだって分かっていたのに。
 
「……最低だな、おまえは。」
 
不意に背後から聞こえた冷たい声にディアッカは驚き、振り返る。
「…イザーク」
いつの間にやってきていたのだろう、そこにはイザークが立っていた。
 
「ナチュラルの女にちょっと興味があっただけ、などと抜かしていたくせに。お前は結局自分をごまかしていただけだ。違うか?」
「俺は!ごまかしてなんて…」
「では何故あんなことを彼女に言った?彼女は野次馬根性だけでカメラを持って戦場へ向かうような馬鹿な女なのか?」
「違う!あいつはそんな奴じゃ…!」
 
とっさに口をついて出た言葉に、ディアッカは息を詰めた。
矛盾している。あれだけひどい言葉をミリアリアにぶつけたくせに、“そんな奴じゃない”?
また、ずきりと胸が痛んだ。
 
「…俺よりもおまえの方がそういった面では大人だと思っていたのだがな。」
「…は?」
「少なくとも俺は、おまえがそこまで何かに執着するのも嫉妬するのも見たことはない。アカデミー時代から今まで、ずっとな。」
「嫉…妬?」
別れる時、彼女はおまえに何と言ったんだ?おまえよりも戦争を取る。一言でもそう言われたか?」
 
ディアッカの脳裏に、最後にミリアリアと話した時の記憶が蘇った。
 
 
『昔の私のように、戦争をどこか他人事だと思って暮らしている人がたくさんいる。でも、そうじゃないって伝えたいの。平和な世界を望むなら、人任せにしてばかりじゃいけない。それを伝える手段として、私は戦争や紛争の光景をカメラに収めたいの!』
 
 
一度目の大戦が終わってすぐに、心を通わせて。
ミリアリアの心には死んでしまった恋人の存在がある事を承知で、それでも想いを伝えた。
ミリアリアは驚いたようにディアッカを見上げ…こう言った。
 
『私はきっと、トールを忘れることなんて出来ないと思う。思いの形は変わっても、きっと。それでも、いいの?』
 
揺れる碧い瞳を真っ直ぐ見下ろし、構わない、と答えると、ミリアリアはひどく恥ずかしそうに目をそらしながら、小さな声で『ありがとう』と呟いた。
ディアッカがザフトに戻る前日の夜、二人は結ばれた。
破瓜の痛みに涙を浮かべながらもミリアリアは『私もあんたのことが好き』と言って、笑った。
離れている間も何度となくその言葉を思い出し、ディアッカは軍事裁判や心ない誹謗中傷にも耐え、可能な限りミリアリアに会いに地球へ降りた。
いつだって強気で少しだけ天邪鬼で、それでもひどくお人好しで優しいミリアリアをどんどん好きになっていった。
こんなに自分が誰かを好きになるなんて、想像した事もなかった。
 
だがある日突然告げられたミリアリアの決意に、ディアッカはひどく動揺してしまって。
最初は穏やかだったはずの話し合いは徐々に喧嘩へと発展し、「もうあんたとは会わない、さよなら」と言葉を残し、ミリアリアは走り去った。
それ以来、二人は一切連絡を取っていなかった。
初めての本気の恋、そしてそんな相手からの強い拒絶。
ぐちゃぐちゃの感情を抱えたままディアッカはプラントへ戻りーーミリアリアに対する一切の感情を心の奥底に閉じ込め、考えることを放棄した。
 
 
「おまえの心の内など俺には分からん。だが、ああして彼女を傷つける理由も分からんな。」
「…イザークさ、見てないようでしっかり俺のこと見てんのな。」
「気色の悪いことを言うな!俺はただ…」
「あいつ、泣いてた?」
 
 
静かな声にイザークはぐっと言葉を飲み込み、小さく息を吐いた。
「……いや。俯いていただけだ。顔色はひどく悪いように思えたがな。」
「ま、そうだろうなぁ。あいつ、人前じゃそうそう泣かねーもん。」
「…そういうところはよく覚えてるんだな。」
「結局忘れられなかったんだよ。あいつへの想いも、あの時の感情も。」
どこか暗く陰っていた紫の瞳に光が戻る。
 
「なぁ。許してくれると思う?」
「おまえの誠意次第というところだな。厳しい戦いにはなるだろう。」
「あー、やっぱり?」
「少なくとも、そのように不真面目な態度では望み薄だな。」
 
イザークの言葉に、ディアッカはふっと笑った。
重かった心が、ゆっくりと軽くなっていく。
簡単なことだ。認めてしまえば良かっただけのこと。
自分だけを見ていてほしい、想っていて欲しい。
 
傍にいられない分も、深く、深く。
 
本当の恋を知らなかった自分の、幼い願望。
だからミリアリアからカメラの世界に飛び込むと聞かされた時、あんなにも激してしまったのだ。
イザークの言う通り、それは紛れもなく、嫉妬、だった。
 
「とりあえずさ、俺、行ってくるわ。あいつんとこ。」
「…話は通してある。黒服クラスであればアークエンジェルへの出入りは自由だ。」
 
ディアッカは少しだけ目を見開き…晴れやかな笑顔を浮かべた。
「サンキュ、イザーク。二番目に愛してるのはお前だぜ?」
「くだらんことを言っている暇があったらさっさと…っ」
「イザーク?」
突然言葉を途切らせたイザークに、ディアッカは訝しげな表情を浮かべる。
 
「おい…ディアッカ!あれは…!」
「え?」
 
イザークの指差した先を振り返りーーディアッカの表情が一変した。
その瞳が捉えたものは、アークエンジェルから転がるように飛び出し、必死に走るミリアリアの姿だった。
 
 
 
 
 
 
 

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