幸せすぎるかな

 

 

 

 
「………ねぇディアッカ?」
「んー?」
「ここは一般人が入ってもいいところかしら。」
「ミリィは一般人じゃないだろ?」
「一応元軍属で今はジャーナリストやってるけど、とりあえずザフト軍の基地内、それも飛行場に断りなく入れるほど一般から逸脱してるつもりはないわね。」
「細かいことはいいだろ。ほら、冷えちまうから早く乗れよ。」
「……明日の朝までには帰してよね。仕事なんだから」
ミリアリアはぷい、とそっぽを向いたまま、操縦席にさっさと乗り込んだディアッカが差し伸べた手を取った。
 
 
 
広い広い草原にヘリを着陸させると、ディアッカはあらかじめ用意しておいたらしい鞄を取り出しミリアリアを振り返った。
「はい、到着。早かっただろ?」
「あんた…ヘリまで操縦できたのね」
「一応現役でMSのパイロットですから?どう?惚れ直した?」
「はいはいそうね。で?どうしてこんな真夜中に私をここへ?」
「あーもう、ミリィはドライだなぁ」
搭乗時と同じようにミリアリアに手を貸し、細い腰を掴んでひょい、と草むらに降ろされる。
まるで子供にするようなやり方に意義を唱えようと思ったが、それよりもミリアリアのは周囲の光景に意識を奪われた。
 
「…灯りがないのに…明るい?」
「月明かり、だろ?上見てみろよ。」
「え?…あ」
 
確かに頭上には満天の星空と大きな満月がこれでもかと輝いていて。
オーブでもここまで明るい月を見ることは難しいのではないだろうか、と思い、ミリアリアはカメラを持参してこなかったことを心底後悔した。
「つっても、目的地はここじゃないぜ?ほら、暗いから足元気をつけろよ」
さっとディアッカに手を取られ、てくてくと二人で歩き出す。
並んで歩くわけでもない、かといって繋いだ手が離れることもない、絶妙な距離。
まるで自分たちの関係みたいだーー。
迷いなく進むディアッカの背中を見つめながら、ミリアリアはなんだか少しだけ寂しい気持ちになった。
 
 
 
***
 
 
 
「ちょ…これ、何…温泉?!」
「正解。ま、お前はアークエンジェルの天使湯を知ってるから話が早いよな。」
「でもあれは人工のものよ?これは…」
「ああ、正真正銘の天然温泉。地球でもあまり知られてない穴場だってイザークに教えてもらってさ。いつかおまえと来たいと思ってた」
「すごい…本物の岩風呂…しかもこんな、森の中に…」
 
改めて自然の雄大さを感じ、ミリアリアは思わず感嘆の声を上げた。
 
「露天風呂、っつーんだってさ。ってことでほら、入ろ?」
「は?あんたと一緒に、ってこと?」
「順番で入るのもバカみてぇじゃね?」
「そういう問題じゃなくてっ!その前に、私何の用意もしてきてないわよ?!」
「うん。だからこれ。二人分の必要なもの一式入ってるから。」
 
ヘリから持参した鞄を覗き込むと、確かに髪留めやバスタオルなど、二人分のあれこれが詰め込まれていて。
その有能さをもう少し仕事に活かせば、イザークの眉間の皺もだいぶ減るだろうに…と思わずにはいられない。
「早くしねぇと冷えちまうしさ。いいじゃん、初めてって訳でもないんだし」
「…変なことしたら訴えてやるわよ」
「せっかく取り戻した社会的信用をやすやす手放したりしませんって。」
いそいそとタオルを取り出すディアッカに、ミリアリアは盛大な溜息を漏らした。
 
 
 
「あー、いい湯加減。」
「ちょっと熱すぎじゃね?」
「いいじゃない、暖まって。」
 
先に入れば?いいからあっち向いてて!等お決まりのやりとりを繰り広げ、二人は結局隣り合わせに座りながら湯船に浸かっていた。
少し温度は熱めだが、そちらの方がミリアリアの好みに合っていて、心地よさにふぅ、とひとつ息を吐く。
 
 
「こうやって温泉に入りながらこんなに綺麗な星空を眺められるなんて、かなり贅沢よね。」
「プラントじゃ夢のまた夢だな。…あ、おまえさぁ、そんなんじゃ肩が冷えるって。」
 
 
ちゃぷ、と大きな手が湯をすくい上げ、湯船からはみ出していた肩にそれを何度も掛けられる。
 
「あんただってだいぶ湯船からはみ出してるじゃない。」
「俺はいいの。おまえは女なんだから、冷えは大敵だろ?」
 
半透明のにごり湯は、互いの体を薄ぼんやりと隠してくれる。
確かにむき出しの首筋や肩は少し冷たくなっていて、ミリアリアは素直にディアッカの好意に甘えた。
少しずつ温まっていく肩の心地よさに、なんだか意地を張っているのがバカらしくなってきて、ミリアリアは湯船の中に沈めた手をそっとディアッカ方へと伸ばした。
 
「ん?」
「もう大丈夫。ありがと。」
 
暗に手を湯船の中に入れろという思いを込めてそう言うと、すぐにちゃぷんと落ちてきたディアッカの手とミリアリアの手が、触れた。
この手を掴んでいたこともあれば、自分から振り払ったこともあった。
取り戻したくて泣いた夜もあれば、追いかけてきて掴まれた日もあった。
そうしてなんども同じことを繰り返しながら、もう何年経っただろう。
相変わらずディアッカはザフトの軍人で、ミリアリアも内勤は増えたものの何か起これば現地にすっ飛んでいくようなジャーナリストで。
二人を取り巻く環境は随分と変わったものもあるけれど、結局のところ自分が一番落ち着ける場所は、ここなのかもしれない。
隣でなくてもいい。ディアッカと手が繋げる、そんな距離。
深呼吸をして、戸惑うように置きっ放しにされていた大きな手を自分から握る。
こんな簡単なことが、どうして今まで出来なかったんだろう?
そう思うとなんだかおかしくて、ミリアリアはくすり、と笑った。
 
 
「あのさ」
「うん」
「もうそろそろ、いいと思うんだ」
「なんのこと?」
「……俺たちのこと」
 
 
ぎゅっ、と握り返された手は、大きくて、ミリアリアの小さな手などすっぽり包まれてしまうだろう。
「…やっぱり、居心地がいいのよ。あんたといると。」
はっとディアッカがこちらを向くのが気配で分かったが、ミリアリアは構わず話を続けた。
 
「何度も手を取って、また離して、これで良かったのかなってもやもやして。でもね、私は好きでもない男と二人で混浴なんてしない。」
「……俺も、何度も迷って、考えた。友達のままでいるのが一番なんじゃないかとも思った。でもさ、おまえ以外の女にまるっきり興味も持てねぇ時点で悩んでんのがバカらしくなった。」
 
その言葉に、ミリアリアがゆっくりとディアッカの方を向いた。
碧と紫の視線が、まっすぐにぶつかり合う。
 
 
「結婚、するか」
「うん」
 
 
森の中の露天風呂で、星空を見上げながら手を繋いで交わした永遠の愛を約束する言葉は、とても簡素なもので。
しばらく見つめあった二人は、どちらからともなくぷ、と吹き出す。
そう。こうやってこれからは二人で笑いあって、たまにはケンカをして、辛いことがあれば支え合って生きていけばいい。
互いが互いを心の中で支えとしてきたように。
ゆっくりと近づいてきた唇を、ミリアリアは目を閉じて受け止める。
カガリに話したら笑われてしまいそうなプロポーズ。
それでも、どうしようもないくらい今この瞬間が幸せで、唇を重ねているこの男が何よりも愛おしくて。
 
「ちょっと、幸せすぎるかな」
「いいんじゃねぇ?俺たち色々頑張ったし、これからも頑張るし?」
「……そういう無駄に楽観的なところも、好きよ。」
 
滅多に聞くことのできない言葉にぽかんとするディアッカを見上げてにっこりと笑い、ミリアリアはお返しとばかりに今度は自分からディアッカの唇を奪ってやった。
 
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

text

2016,2,28blog拍手小噺up

2016,4,21up