きっかけはたった一つを許されたこと

 

 

 

 
アークエンジェルの食事は、どこか味気ない。
トレーを受け取り律儀に礼を言いながら、アスランは空いている席を探した。
ちょうど食堂の隅のテーブルから整備クルーの一団が席を立つのが見え、足早にそこへと向かう。
「…あ」
「え?…あ、お疲れ様。ここいいかしら?」
「あ、ああ、もちろん。」
同じことを考えていたのだろう、同時にトレイをテーブルに置いたミリアリアは、一瞬戸惑った顔をした後にっこりと微笑んだ。
 
 
アスランはこれまであまりナチュラルの女性と話をしたことがない。
キラの母であるカリダは別として、だが。
生来の生真面目さから、これまできちんと話をした女性といえば婚約者であったラクスくらいで、そもそも自分と同年代の女の子、というものに対し、アスランはほとんど免疫がなかった。
 
「何ぼんやりしてるの?疲れた?」
「え?!あ、いや、そんなことはない…が」
 
免疫がない故、何を話せばいいかわからない、などと素直に言えるわけがない。
最近近くにいるようになったカガリはどちらかというと自分から話題を振ってくるタイプなので、アスランはそれに返事をしていればよかった。
だが目の前の少女ーミリアリア・ハウーは、カガリとは少しタイプが違うらしい。
キラの話によれば、優しくて快活だが進んで前に出るタイプではないそうで、それでも負けず嫌いで気の強い一面もあるそうだ。
確かに彼女は、優しい。表面上だけかもしれなくても…こんな俺に、普通に接してくれるのだから。
割り切ろう、と思っていた出来事がふと脳内に蘇り、アスランの表情が陰った。
 
 
「…ディアッカはやっぱり、相当なおしゃべりなのね…」
「………は?」
 
 
ぽかん、と口を開け間の抜けた声を漏らすと、それがおかしかったのかくすくすとミリアリアが笑った。
「だってあいつ、食事中もずっとしゃべりっぱなしなのよ?そのくせ食べるのはこっちと同じくらいのスピードだし。どういう構造になってるのかしら?あいつの口って。」
「ああ…それは確かに」
かつてクルーゼ隊の一員として寝食を共にしていたディアッカ・エルスマンは、ある意味自分と正反対の性格だった。
アカデミー時代から多くの女性と浮名を流し、皮肉屋で口が悪い一方、ニコルが死んだ時にはいち早く現実を受入れ、荒れる自分やイザークとの間に入って二人を諌めてくれたこともあった。
そして今現在、かつての敵艦であったアークエンジェルに籍を置いているディアッカは、アスランの見る限り整備クルーたちとも打ち解け、いい関係を築いているように見えた。
 
「あいつは…昔からそんな感じだな。」
「へぇ…やっぱりそうなの?昔からチャラチャラしてた?」
「まぁ、うん、誰に対してもあんな感じかな…。でもああ見えて、周利への目配りもよくするし…優しいところも、あるんだ。」
「……あなただって、優しいじゃない。」
 
フォークを手にしたまま、アスランははっと顔を上げる。
ミリアリアは半分ほど料理を食べ終え、頬杖をついて穏やかな表情を浮かべながらアスランを見ていた。
「…トールのこと、忘れるなんて出来ない。今でもしょっちゅう胸が苦しくなるわ。でもね、彼を殺したのは戦争、なの。だから私はその戦争を終わらせたい。何の力もないけれど、出来ることをしたいの。」
「…できる、こと…」
「私は、あなたが何をしたか、ちゃんと分かってる。」
その言葉に、アスランの肩がびく、と揺れた。
 
 
「トールを殺したのは、確かにあなたかもしれない。でも私は、戦争がそうさせた、って思ってる。」
 
 
小さいけれどきっぱりとした言葉、そして碧い瞳にまっすぐ射抜かれ、アスランは視線を逸らすことなど出来なかった。
「…おれ、は」
「私を見ているのが辛い?」
「…っ、それは…君が悪いわけじゃ!」
「…本当に、あいつの言ってた通りの人なのね、あなたって。」
「え?」
ミリアリアの言う“あいつ”とは、誰のことだろう?
訝しげな表情を浮かべたアスランに、ミリアリアはもう一度微笑んだ。
 
 
「もう、やめない?そうやって自分を責めるのは。」
 
 
ひゅ、と聞こえた息を飲む音は、まるで自分のものではないようで。
アスランは言葉を失ったままミリアリアをただ、見つめ続けた。
 
「辛くない、って言えば嘘になるわ。でも、トールを殺したのが戦争だとしたら…私は、この戦いを、止めたい。戦艦に乗る私が言えた立場じゃないけど、もうこれ以上、誰かの大切な人の命が消えていくのを見たくない。もちろん、あなたにだって死んでほしくない。」
「あ…え?」
「恨んでなんてないわ。そう思っていたこともあったけど…」
「なぜ、そんな風に言えるんだ?俺は、きみの…」
 
最後まで言えず言葉を濁すと、ミリアリアは瞳を伏せた。
「……たくさん、受け止めてもらったから。申し訳ないくらい。」
「受け止めて…?」
「そう。だからもうあなたも、前を見て?この戦争を終わらせたい、って思っているなら…私たちは仲間でしょう?」
 
 
仲間。
 
 
決して言われるはずがないと思っていた言葉に、アスランは呆然とした。
「ミリアリア!…って、アスラン?」
はっと振り返るとそこには、自分と同じモルゲンレーテのジャケットとパンツに身を包んだディアッカが驚いた顔で立っていた。
 
「なにおまえら、一緒に飯なんか食ってんの?」
「別にいいじゃない。たまたまよ。ね?アスラン。」
「あ、ああ、うん。」
「まだいるよな?急いで取ってくっから!アスラン、その席死守しとけよ?!」
 
なぜかひどく焦りながら走り去るディアッカを見送り、ミリアリアがくすりと笑った。
「やっぱり、うるさいわね、あいつ。」
調理兵と何やら賑やかに語らう背中に視線を送り、アスランは素直に頷いた。
 
 
「あいつ、言ってた。あなたは本当は優しいやつだ、って。本当にその通りね。」
「ミリアリア…」
「あ、やっと名前で呼んでくれた!」
 
 
にっこりと嬉しそうに笑ってうんうん、と満足げに頷くミリアリア。
その笑顔に、アスランの心に澱んでいた重い何かが、ゆっくりと消えていくような気がした。
カガリの飾らない笑顔とはまた違う、まるで花がほころぶような穏やかで柔らかい笑顔。
いつしかアスランは、つられるようにふわりと笑みを浮かべていた。
 
「まさかディアッカにそんな風に思われていたなんてな…意外だった」
「でもあなただってディアッカのこと同じように言ってたじゃない。ああ見えて優しいところもある、って。」
 
あ、と口を開きかけたところで、ばたばたとディアッカが戻ってきた。
「サンキュ、アスラン。で、なに?俺がなんだって?」
「なんでもないわよ。ほら、埃が立つから早く座ったら?まだ私もアスランも食事の途中なんだから。」
「…なんだか、昔より落ち着きを無くした気がするな…」
「はぁ?何言ってんのお前」
わけがわからない、と言った顔のディアッカに、ミリアリアはまたくすり、と笑った。
 
 
 
アークエンジェルの食事は、どこか味気ない、と思っていた。
だが、その味気なさを補うかのように、食堂には仲間が集う。
キラ、カガリ、ミリアリア、サイ、そしてディアッカ。
自分のことを許し、仲間と言ってくれたミリアリアの笑顔と強さを、一生忘れることはないだろう、とアスランは思う。
戦争が終わったら、いつかまたみんなでーーそう、ラクスも誘って、出来たらイザークにも声をかけて、穏やかな時間を過ごしてみたい。
 
「…これ、結構美味いな」
「だろ?俺もそう思ってたんだよね。ザフトよか物資少ないはずなのになぁ…」
 
かつてあれだけ距離を感じていたディアッカと交わすたわいのない会話。
それすらもなんだかくすぐったくて、嬉しくて。
 
 
アスランの心に温かな希望の光がひとつ、灯った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

ぷらいべったーからの再録で、お題botさまよりお題を拝借。ディアミリ+アスランです。多分。
ディアミリ…?アスミリ…?自分でも見失ってます。
ていうかアスラン絶句しまくりですごめんなさい;;
サイト本編とは別設定な小話ですが、楽しんでいただければ幸いです!

 

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2016,4,1up