Love Letter

 

 

 

 
ゴン、という鈍い音にサイは振り返り、ぎょっと目を丸くした。
視線の先には、自席の机に突っ伏す同僚ーーミリアリア・エルスマンの姿。
先ほどの音は、額を机に強打した音らしい。
 
「あの、ミリィ?だ、大丈夫?」
「…どうしよう、サイ」
「え?」
「ディアッカの誕生日、明日なのに…プレゼント、どうしても思い浮かばないのよ…」
 
はあぁ、と再び机に突っ伏し盛大なため息をつくミリアリアの姿に、サイは思わず微笑んだ。
例えその辺のメモ用紙だって、それがミリアリアからのプレゼントならディアッカは喜んで受け取るだろう。
常日頃からミリアリアに対する彼の溺愛ぶりを見ているからこそ、サイはそう断言できる。
だが当の本人は、そこまで頭が回っていないようだ。
いや、溢れんばかりの愛情に気づいていても、それとこれとは別なのかもしれない。
…まぁ、結婚して初めての誕生日だからかもしれないが。
 
 
「クリスマスには万年筆をあげたでしょ?あれも毎日使ってくれてるみたいなんだけど、ディアッカは本当に物持ちがいいのよ。それでも日頃から何かプレゼントに適したものはないかって探ってはいたんだけど、やっぱり…」
「…モノにこだわりすぎてるんじゃない?ミリィはさ。」
「……え?」
 
 
どこかはっとした表情で顔を上げたミリアリアに、サイはにっこりと微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
「ディアッカ。私、ちょっと疲れたから先に寝室に行ってるね。もう日も変わっちゃうし。」
「ん?ああ、分かった。体調でも悪いのか?」
「そ、そういう訳じゃないの。気にしないで、ゆっくりお風呂入ってきて?」
 
パタパタと寝室に消えて行くミリアリアに首を傾げつつ、ディアッカは浴室へと向かうべく伸びをして立ち上がった。
 
 
 
 
ふかふかのタオルにバスマット。
ミリアリアのお気に入りであるバスソルトが入れられた湯はちょうど良い温度だった。
二年前までは考えられなかった環境。
ゆったりとバスに浸かり、ディアッカは息を吐いた。
 
かつてフラガが言っていた通り、ミリアリアは本当に仕事も家事も頑張ってくれていて、理想の妻、と言っていいと思う。
だが、彼女はやはりナチュラルで、疲れ方もコーディネイターである自分の比ではないはずだ。
こうして毎日自分のために快適な環境を整えるべく奮闘してくれているのは嬉しいが、それで体を壊しては元も子もない。
明日の自分の誕生日にはたくさん好物を用意するから、と下準備をしながら笑顔で宣言していたが、今日だって2人が揃って夕食を摂ったのはかなり遅い時間だった。
あまり無理をしすぎないように言ったほうがいいだろうか?
「…なーんか、贅沢な悩みだよなぁ」
風呂から出たら少し話をして、様子次第ではまた考えよう。
バスルーム中に漂う柔らかい香りを楽しむように、ディアッカはそっと目を閉じた。
 
 
 
 
「…あ?なんだこれ?」
 
ソファで一休みすべくリビングに足を踏み入れたディアッカは、テーブルの上に置かれた封筒に怪訝な表情を浮かべた。
さっきまではこんなものなどなかった。
そっと手に取り封筒を裏返すと、見覚えのあるミリアリアの字で「寝室に来る前に読んでね」と書かれてある。
……手紙?
どき、と心臓が跳ね、ディアッカは慌てて封を切り中から便箋を取り出した。
 
 
 
 
 
 
『ディアッカへ
 
 
 
22歳のお誕生日、おめでとう。
これを読む頃にはきっともう午前0時を過ぎてるよね?
今日は私にとって特別な一日だから、誰よりも早く伝えたいと思って手紙を書きました。
本当はちゃんと顔を見て言いたかったんだけど、なんだか恥ずかしくて。
 
 
本当は、何かプレゼントを用意しようと思ったの。
でも、どうしても思いつかなくて悩んでたら、サイが手紙にしたら?って言ってくれたの。
形にも残るし、普段言えないようなことも書けるでしょ、って。
サイは本当に私たちのことをよく見ているな、って思います。
もちろん、私たちの大切な友達みんなそうなんだけどね。
 
結婚して初めてのあなたの誕生日を、こうして二人無事に迎えることができて嬉しいです。
あんな出会い方をして、一度は別々の道を歩いていた私たちがこうして今一緒にいて、結婚なんてして。
結婚も、プラントにいることすらも、まだたまに夢なんじゃないか、って思うことも正直あります。
手紙を書いているうちに、バスターに乗っていたあなたのことや初めて赤服姿を見た時のこと、軍事裁判が終わって再会した時のこと、オーブで見た花火、大喧嘩したこと。
たくさんの出来事を思い出しました。
離れている間、やっぱりあなたのことが忘れられなかったことも。
絶対に口には出さなかったけど、辛い時や危険な目にあった時にはあなたのことを考えてた。
そして嬉しかった時、やっぱり一番最初にそのことを伝えたい相手はディアッカだった。
あの頃どんなに泣いても後悔しても手が届かないと思っていたのに、今はすぐそばにあなたがいる。
それだけで私はとても幸せです。
 
いなくならない、ずっとそばにいる、って約束してくれてありがとう。
私の作るご飯をいつも美味しいって言ってくれてありがとう。
たまにヤキモチ焼きだし斜に構えてるし意地悪な時もあるけど、本当は誰よりも優しくて、そうは見せないけど世話好きで。
そして、軍人としても毎日頑張っているあなたを尊敬しています。
こんな平凡な私を好きでいてくれて、大切にしてくれて本当にありがとう。
 
どんなあなたでも、私はありのままのディアッカがいつだって大好きです。
 
いつも忙しくて大変だと思うけど、辛い時や悲しい時には意地を張らずに甘えてね。
前は、私もなんとかして武器を取って一緒に戦えたらいいのかもしれない、って思う時もあったの。
でも、あなたを支えることで少しでも助けになれればいいのかな、って最近は思います。
 
 
あなたに出会えたこと、あなたを産んでくれたご両親、あなたを支えてくれる仲間にたくさんの感謝を。
これからも、たくさんの素晴らしい出来事があなたに訪れるように祈っています。
お誕生日おめでとう。
 
 
 
ミリアリアより 』
 
 
 
 
 
読みやすくて丁寧なミリアリアの文字を、ディアッカは何度も目で追った。
このペーパーレスの時代、こうした直筆の手紙を貰ったことなどあっただろうか?
なぜミリアリアはいつも、ディアッカが思いもよらない、そしてディアッカが持っていないものをくれるのだろう。
普段はなかなか聞くことのできない深い想いが綴られた手紙をそっと封筒にしまい、手早く身支度を整えるとディアッカは寝室に向かった。
 
 
 
***
 
 
 
オレンジ色のほのかな間接照明が灯された寝室は、ひどく静かだった。
ミリアリアはドアに背を向け、ブランケットをすっぽりと被っている。
だが、眠っているわけではないことは気配で分かった。
その証拠に、ぎし、と音を立てベッドに入り込むと、ミリアリアの小さな体がビク、と微かに震え、ディアッカはつい微笑んでしまう。
それでもこちらを向かないということは、きっとディアッカが手紙を読んだであろうことに気づいていて、そしてどうしようもなく照れているということで。
込み上げる愛しさを抑えきれず、ディアッカはブランケットごとミリアリアを抱き締めた。
 
「ミリィ」
「……っ、あ、のっ、」
「そのままでいいから、黙って聞いてろよ」
 
布越しでも感じる、温かなぬくもり。柔らかく香る花のトワレ。
その全てにありえないくらいの幸せを感じながら、ディアッカは口を開いた。
 
「アカデミーに入る前からさ、数え切れないくらいいろんなもんをいろんな女からプレゼントされた。高価なもんから食事や、とにかくいろんなもん。」
少しだけ腕の中の体が強張ったが、ディアッカは構わず言葉を続けた。
「でも俺、薄情って言われると思うけど全然覚えてねぇの。誰に何もらったか、とかさ。記憶力は抜群なはずなのにな。」
「…ディアッカ」
「だけどさ。」
小さな声を遮るように、ディアッカは声の持ち主を抱く腕に力を込める。
 
 
「お前からもらったもんだけは、ひとつ残らず覚えてる。形のあるものもないものも全部。」
 
 
腕の中で身じろいだミリアリアに気づき腕の力を緩めると、ブランケットの隙間からディアッカの愛してやまない綺麗な碧い瞳がこちらをじっと見上げていた。
 
「形の…ないもの?」
 
AAで解放されたあの時交わした短い会話。
恋人であったトール・ケーニヒを墜としたのがアスランだと知った時の言葉。
脆くて、弱くて、今にも壊れそうになりながらも前を向いて自分の足で立ち上がろうとする心。
そして、溢れんばかりに注がれる、自分への愛情。
 
その全てがディアッカ・エルスマンという存在を根幹から変え、そしてどれだけの力を与えてくれているか。
ミリアリアにはそんな自覚もないのだろう。
それでも、ミリアリアがいるから、ディアッカはディアッカでいられる。
ありのままのディアッカを愛してくれる、ミリアリアという存在があるから。
 
「そ。いいんだよ、俺が分かってれば。……手紙、サンキュ。またひとつ、宝物が増えた。」
「…そんなにいいものじゃないわよ。思いついたままに書いたから…文章もちゃんとしてないし。」
 
ああ、やっぱり素直じゃない。でもそんなところも愛しくて仕方ないんだから、しょうがない。
「ジャーナリストやってたやつが何言ってんだっつーの。ちゃんと伝わったぜ?お前が言いたかったこと。」
そう言って微笑むと、かあぁ、と頬を赤くしたミリアリアの両手がおずおずとディアッカの首に回された。
 
 
「…お誕生日、おめでとう、ディアッカ」
 
 
小さく落とされた囁きと、羽のように触れるだけのキス。
「ありがとう、ミリアリア」
「っ…あ」
ブランケットを器用に取り去り、細くて小さな体を優しくベッドに横たえ、今度はディアッカからキスを贈る。
 
「…まだ、起きてられる?」
「…あんまり寝不足しちゃうと、明日のご飯の品数が減っちゃうかもしれないわ」
「いいぜ?でもチョコレートのチーズケーキは死守したいなぁ」
「…ばか」
 
先ほどまではゆっくり休ませてやりたい、と思っていたはずなのに、溢れてしまった想いははもう止めることなど出来なくて。
言葉とは裏腹に熱を帯び始めたミリアリアの体を、ディアッカはきつく抱きしめる。
 
 
何よりも愛しい存在と迎えた22歳の誕生日は、まだ始まったばかり。
「愛してる」
潤み始めた碧い瞳を真っ直ぐに見下ろしそう囁くと、ディアッカは白く柔らかな肌に唇を寄せ、所有を示す紅い華を咲かせた。
 
 
 
 
 
 
 
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遅刻してしまいましたが、ディアッカお誕生日御祝小噺@2016です!
予定よりだいぶ甘い仕上がりとなってしまいました(でも満足)
今の時代、ネットやメールがあるからなかなか直筆の手紙を書いたり頂いたりという機会が
減ってきていると思い、今回のプレゼントは手紙とさせて頂きました!
(サイにはいい仕事をして頂きました笑)
書いているうちにジーンときてしまったのは内緒です(笑)
最後はいつものパターン(笑)ですが、ミリィのディアッカへの想いが少しでも伝われば幸いです!

遅ればせながらのupとなってしまいましたが、一人でも多くの方にお楽しみ頂ければ幸いです。
いつも当サイトを応援してくださる皆様に捧げます!
Happy Birthday to Dearka!!!

 

 

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2016,3,31up