私がどんな女かも知らないで

 

 

 

 
「あのっ…!ぼ、僕とお付き合い、していただけないでしょうかっ?!」
 
 
オーブ行政府の中庭に面した通路。
ぽかぽかと暖かな光が降り注ぎ、昼過ぎという時間帯もあって人通りはない。
それでも念のためミリアリアはきょろきょろと周囲を見渡し、今耳に入った言葉が自分に向けられたものであることを確認した。
 
「……ええと、あの」
「ど、同僚から聞きました!ハウさんは現在フリー…いえ、特定の男性とお付き合いされていないようだと!」
「…はぁ」
「以前からあなたのことが気になっていました!仕事に対する真摯な姿勢もそうですし、」
「はい」
「いつもにこやかな笑顔で、それでいて周囲への気配りや優しさも素晴らしいと常々思っていて…」
「…それが、私の全てだと思ってますか?」
「え?」
 
ぽかんと口を開ける男に、ミリアリアはにっこりと微笑んで小首を傾げた。
 
 
「もし私が間接的にでも人を殺したことがあって、それとは別に、身動きのできない捕虜をナイフで刺し殺そうとしたことがあって。恋人がいながら昔好きだった人の写真を部屋に飾って、あげく心配してくれるその恋人のことをめちゃくちゃに罵ってこっぴどく振って、そのくせ未練タラタラで、復縁した今でもやっぱり素直になんてなれない。こんな女にそれでも同じこと、言えます?」
「…え?あ、え?」
「お気持ちは嬉しいです。そういう風に見て下さってたことも、ありがとうございます。でも私、あなたの恋人にはなれません。それでは、今から大切な閣議に立ち会いますので、これで」
 
 
ぺこり、と頭を下げ、まっすぐ前を見て歩き出す。
「ハウさん!」
切羽詰まった声にぴたり、と足を止め、ミリアリアは視線を俯かせ、小さく息を吐くと振り返った。
 
 
 
***
 
 
 
どこは呆然と立ち尽くす男を残し、足早にその場を立ち去る。
角を曲がる時、同じ格好のままでいる男の姿が視界の隅に入ってきたが、もう振り返ることはしなかった。
──いや、できなかったと言った方が正しいかもしれない。
 
 
「姫さんの言ってた通りってわけか。モテる女は辛いねぇ」
「……何やってるのよ、こんなところで。閣議、出ないの?」
「出るぜ?でもまだ時間あるし?」
「あと十分しかないわ」
「十分ある、ってことだろ」
 
 
いつからそこにいたのだろう。
ニヤリと笑う、ひと月前からまともに口をきいていない目下喧嘩中の「恋人」であるディアッカ・エルスマンを、ミリアリアはじろりと睨み上げ、これ見よがしに溜息を吐いた。
 
 
 
喧嘩の発端など、もううっすらとしか覚えていなかった。
ずっと一緒にいたい。プラントで一緒に暮らせたらいいのに。
せっかく安全な場所で働き始めたんだから、もう少し休みを取って自分の体を大切にすればいいのに。
確かそんなような、とにかくミリアリアのことをひたすら気遣う内容をまくし立てるディアッカについ邪険な態度で接し、そのまま気まずくなってしまったのだ。
 
大切にされていると言う実感は、もちろんある。
いつもひどい態度をとって素直になれない自分を気遣ってくれることも、本当はすごく嬉しい。
それでもまだ、ミリアリアの中には迷いがあった。
和平の道を着実に歩んでいるとは言え、自分はナチュラルで、彼はコーディネイターで。
ディアッカとの将来を考えるには、あまりにも障害が多すぎた。
それなのに、いつもと変わらぬ口調で一緒に暮らしたい、等とのたまうディアッカに、無性にイライラしてしまったのだ。
同時に、素直になれない自分にもイライラしていた。
あんなにも想い続け、ずっと好きだったはずなのにどうして素直になれないんだろう。
どうしていつも、かわいげのない態度しか取れないんだろう。
自分たちのこれからに目を向けられるほどの自信はないけれど、彼の想いを疑ったことなどない。
それなのに、どうして──。
 
「なぁ、あいつに何言われたの?てかあいつ、誰?」
「…同じ部署の人。告白されたの」
「へぇ。で、なんて返事したの?」
「…もし私が間接的にでも人を殺したことがあって、それとは別に、身動きのできない捕虜をナイフで刺し殺そうとしたことがあって。それでも同じこと言えますか?って聞いたわ」
「で?」
「絶句されたわよ。見てたんでしょ?いちいち確かめなくたっていいじゃない」
 
オーブトプラント間で新たに結ばれる条約の為、ディアッカがプラントからやってきていることは知っていた。
そして、頭脳明晰で聴覚にも優れたコーディネイターである彼ならば、多少聞き取りづらくても大体の顛末など察しがつくはずで。
こうしてひと月ぶりに会えて嬉しいはずなのに、いつにもましてきつい口調になってしまう自分は心底醜い、とミリアリアは内心自己嫌悪した。
 
 
「……俺はどんなお前でも好きだし、何言われても気持ちは変わんねぇし、何があっても受け止めるぜ?」
 
 
背後を歩くディアッカの声に、ミリアリアは息を飲んだ。
「な…によ、突然」
「だって俺、お前がどんな女かなんてちゃんと知ってるし、信じてるから。お前のこと」
ふわり、と柔らかく背後から回された腕に閉じ込められ、そう耳元で囁かれるとミリアリアの瞳にじわり、と涙が浮かんだ。
「…お前だって分かってんだろ?だからあんなこと言ったんだろーが」
「…やっぱり、全部聞こえてたんじゃない」
昔のことはいい、それより今のあなたが好きだ、と食い下がる男にミリアリアが言った言葉。
 
 
『昔のことだからといって、なかったことにはできません。それにもう私には、ありのままの私を受け止めてくれる人がいますから』
 
 
うぬぼれなのかもしれない、と思うと同時に、そんなはずはない、とどこかで確信もしていた。
結局ミリアリアはディアッカだけが好きで、いつだって本当はそばにいたいのだ。
だけど若くして戦争を最前線で経験してきたミリアリアは、現実を見ることを知っている。
ディアッカとの未来を思い描くと同時に、現実の世界でのまだ儚く脆い二種族の関係を知っているからこそ、彼のまっすぐな言葉に苛立ちを隠せなかった。
素直になりたい。ありのままの自分を受け止めてくれるディアッカと、ずっと一緒にいたい。
だが、ディアッカはそんなミリアリアの気持ちさえもきっとお見通しだったのだろう。
そして、じっとただ待っていてくれた。
 
「本当はさ、すぐにでも出て行こうかと思ってた。でもお前の言葉聞いて…嬉しいやら照れくさいやらで動けなくなっちまった、って言ったらお前、信じる?」
「…信じるわ。だってあんたって、そういうヤツだもの」
 
引く手数多な容姿と家柄、将来を嘱望されているザフトの黒服。
そのくせ好きな女の前ではカッコばかりつけて、口は悪いけど本当は優しくて、ちょっとだけ嫉妬深くて変に臆病で、不器用なところもあって。
「ディアッカのことなら、私だってちゃんと知ってるし、信じてるわ」
ぽつりと落とされた言葉に、今度はディアッカが息を飲む番だった。
 
 
「…ごめんね。また酷い言葉であんたのこと傷つけて。私も…あんたとずっと、一緒にいたい」
 
 
回された腕に小さな手を添え、ずっと伝えたかった想いを言葉に乗せる。
中庭を吹き抜ける風の音と互いの呼吸音だけが聞こえる中、「ミリィ」と小さく名を呼ばれ、ミリアリアはゆっくりと振り返った。
「……っ」
途端にきつく抱きしめられ、背後から唇を奪われる。
いつもよりも荒々しい行為だったが、それすらもなぜか愛しさに変換され、ミリアリアは瞳を閉じ、深くなっていくキスを受け入れた。
 
「……簡単なことじゃないかもしれない。それでも一緒に、いてくれる?」
「…うん」
 
突然の同僚からの告白。
こんな出来事がきっかけで改めて認識してしまった自分が少しだけ情けないが、それでもやっぱり、自分は。
 
 
「ありがとう、ディアッカ。こんな私を好きになってくれて」
 
 
閣議の始まりを知らせる鐘の音が、遠くから聞こえる。
だが二人はそれに気づかないかのように今度は正面から向かい合い、どちらからともなく微笑み合うと再び唇を重ねた。
 
 
 
 
 
 
 
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突発的に書いた、サイト本編とはまた別のディアミリです。
運命終了後、復縁してしばらく経ったくらいの設定です。
なお、こちらはpixivのフォロワー様が30人を超えた御礼小噺ともさせて頂きました。
公式でニコルに対して言っていた「あと10分あるってことだろ」というセリフを入れられてかなり満足(笑)
(ニコルでいいんでしたよね?違ってたらすみません;;)

いつも拍手やコメント、ありがとうございます!
長編も頑張ります!

 

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2016,3,22up