ただいま

 

 

 

 
カガリが手配してくれたエアカーの窓から、ディアッカは海を眺めた。
プラントにも一応海はあるが、やはり本物にはかなわない。
大きさ、そして、色。
カーペンタリアとオーブの海の色は違う。
オーブの海は、あいつのーーミリアリアの瞳の色だった。
以前AAにいた頃そう本人に言ったら、ぽかんとした後、ぽん!と音がしそうな勢いで顔を真っ赤にしていたことを思い出し、ディアッカは微かに笑った。
 
 
ミリアリアの事を好きなのだと自覚したのは、いつからだったろう?
アスランがあいつの恋人であったトールを殺した、と知り、それでも気丈に振る舞った時?
宇宙に出たばかりの頃、右も左も分からない自分に嫌そうに声をかけ、着替えを放り投げてよこした時?
メンデルでイザークと邂逅し、かつての僚艦が沈みゆく様を目の当たりにし、行き場のない思いを抱えていた、あの時?
今となってはもう、思い出すことも叶わない。
それでも、愛しいという思いはミリアリアと離れていた時もずっと、消えることなどなくて。
ミリアリアが自分を少なからず想ってくれていることも気づいていた。
それはきっと、ミリアリアも同じだっただろう。
 
 
だが、ミリアリアの心には“トール”という大きな存在があった。
キラを助ける為戦場に飛び出し、そのまま帰らぬ人となったミリアリアの恋人。
ディアッカとて、恋人ではないものの大切な友を何人も戦争で失ってきた。
彼らの存在は、形を変えながらも一生この胸の中に残るものだ。
たとえ時間が経って思い出すことが少なくなろうとも、消えることなどない。
だから、構わないのだ。
ディアッカは、トールを胸に抱えるミリアリアごと、愛してしまったのだから。
 

その時、砂浜に膝を立てて座る小さなシルエットが目に入り、ディアッカは運転手に声をかけエアカーを降りた。
 
 
 
***
 
 
 
「おま…ディアッカ?!無事だったのか!」
とても一国の代表首長とは思えない声に、ディアッカがモニタの向こうで苦笑いを浮かべた。
『あー、うん。つーか姫さん、変わんねぇなぁ…』
「半年やそこらで変わってたまるか!それよりお前、ミリアリアに連絡したのかよ?」
『いや?だって連絡先知らねぇもん。』
「その減らず口の様子なら…軍事裁判は無事乗り切ったんだな?」
 
 
カガリはほぅ、と息を吐き、椅子に背中を預けた。
『ああ。きっちりケジメはつけてきた。ま、あれだけのことをしたんだし、緑服への降格ってだけで済んだのが奇跡だけどな。』
カガリはそこで初めて、モニタの向こうでシニカルな笑みを浮かべるディアッカの軍服の色に気づいた。
「お前…アスランと同じ赤服じゃ…」
『ま、いろいろあったし?俺は納得してるからいいんだよ。それよりさ、姫さん。頼みがあるんだ。』
軽い口調のまま、それでもす、と表情を変えたディアッカに、カガリは眉をひそめた。
 
 
 
***
 
 
 
数日後。
カガリはプライベートの携帯端末を開き、ミリアリアのアドレスを表示させた。
 

「ったく…直接自分で言えばいいんだ。私だって暇じゃないんだぞ?」
「そう言いながら、快諾したのはどこの誰だっけ?」
「アスラン!お前までなんだよ、あいつの味方か?」

 
ぷぅ、と頬を膨らませたカガリの顔に、アスランは思わず吹き出した。
二人きりの時にしか見ることのできないこんな表情が、なんとも言えず愛おしい。
この時間を何よりも大切にしたい、と思うアスランだったが、今は、困り果てているカガリに手を貸してやる方が先だろう。
前を見据え、決意を胸に、プラントへと戻って行った友人のためにも。
 

携帯を前に唸る愛しい少女を優しい瞳で見つめながら、アスランはカガリの元へ歩み寄った。
 
 
 
 
「…よし、出来たぞ!アスラン、これでいいだろ?」
得意げな表情で携帯を手渡され、アスランは画面に目を落としーーなんとも言えない表情を浮かべる。
画面には、こう記されていた。
 
 
『ミリアリア、元気か?
突然だが、ディアッカから連絡があった。
今日、オーブに到着するそうだ。
と言うか、時間的にもう着いている頃かもしれない。
エアカーは私が手配したから、今お前がどこにいるか連絡くれないか?
待ってるからな!      
カガリ・ユラ・アスハ』
 
 
「…カガリ、その。これだと…随分と唐突すぎるんじゃないのか?」
「そうか?ぐだぐだ書いても仕方ないだろ。必要なことはこれで全部伝わると思うが、何か足りないか?」
確かに、必要なことは伝わるだろう。
だが、何の予告もなしに、遠く離れたプラントにいるはずのディアッカが同じ空の下にいる、と知ったら、ミリアリアはどう思うだろう?
女心にはとんと疎いアスランだったが、それでも本能的に、こう、もう少し何か気の利いた言葉があってもいいような気がしていた。

 
「カガリ、やっぱり…」
「よし、送信、っと…。ディアッカのやつ、私を伝書鳩扱いするなんて本当にとんでもないと思わないか?」

 
…この思い切りの良さは、彼女の長所、なのだろうか。
それでも自分は、こんなカガリが好きなのだ。
自分にはない大胆さ、決断力。前を向く強さを持つ、獅子の娘が。
 
 
「…ああ。どうせ一度は顔を出しに表れるだろうから、そのとき文句を言ってやればいいんじゃないか?」
「そうだな!そう思うと、なんだか楽しみになってきたな…。ミリアリアも喜んでくれればいいんだけどな。」
 
 
にっこりと笑うカガリの笑顔はとても眩しくて。
どうかずっと、そのままでいてほしい。そう心から思い、アスランもまた、微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
浜辺にいたミリアリアは、とても小さく見えて。
つい足を止めてしまったデイアッカは、それでも大きな声で名前を呼んだ。
心底驚いた顔でこちらを振り返ったミリアリアはーーディアッカのもとに駆け寄ろうとし、砂に足を取られて派手に転倒した。
それでもすぐに起き上がり、履いていた靴を投げ捨て、カガリに頼んでおいたメールが表示されているであろう携帯までも投げ捨てて、まっすぐディアッカの胸に飛び込んできてくれた。
想像していたよりもミリアリアは細くて、それでも気の強そうな口調は変わってなくて。
いざ本人を目の前にしたら棒のように突っ立ったまま動けなくなってしまった自分は、どうやらひどく情けない顔をしていたらしい。
それを指摘され、なんとか軽口でごまかし、小言を食らいながらも抱きしめていた腕に力を込めた。
こみ上げる愛おしさを表現する方法が、他に見つからなかった。
そしてディアッカは、ずっと伝えようと思っていた想いを、言葉に乗せる。
 
 
「好きだ。ミリアリア。」
 
 
いなくなってしまった恋人の存在に、全く嫉妬しないかと聞かれれば、否、とディアッカは答えるだろう。
それでも、その恋人の存在を胸に抱えて生きることと、亡くした戦友の存在を同じように胸に抱えて生きる自分たちのどこが違う?
それが、軍事裁判の末謹慎生活を送っていたディアッカの出した答えだった。
ずっと覚えていればいい。毎日思い出すことはなくとも、トールの存在がなくなったわけじゃない。
そんなミリアリアごと受け止めたい、とディアッカは思ってここへ来たのだから。
 
 
「…おかえり、ディアッカ。」
 
 
自分を見上げるミリアリアの優しい声に、ディアッカは思わず大きく目を見開いた。
「………え」
「私も、あなたが好き。会いたかった。声が聞きたかった。だから…おかえり、なさい、ディアッカ。」
まっすぐにぶつけられた想いを、ディアッカは全身で受け止める。
化粧ひとつしてなくて、細っこくて、髪だってプラントの女たちに比べたらぱさぱさで、何よりさっき転んだせいで砂まみれで。
それでも、ディアッカを見上げて本当に嬉しそうにふわりと微笑んだミリアリアは、これまでディアッカが出会ったどんなものよりも綺麗で、愛おしくて。
 
 
「…ただいま、ミリィ。」
「おかえり、ディアッカ。」
 
 
細い体に回した腕に力を込め、きつく抱きしめるとディアッカは砂だらけの跳ね毛に顔を埋めた。
何度でも、ただいまって、言ってやる。
俺が帰る場所はいつだって、お前のところなんだからーー。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

 

「おかえり」のディアッカ視点であり、対になるお話です。
運命終了後の再会を書くのも大好きだけど、こっちの再会を書くのも同じくらい楽しい!
公式でちょっとだけでも二人が付き合っていた時代の描写があればよかったのになぁ、と最近よく思います。
そして今回、ちょびっとですがアスカガも組み込んでみました。
運命ではあんな風になってしまう二人ですが、アスランはアスランなりにカガリのことを大切に想っていると思うんです。
この二人にも色々と障害は多いですが、幸せになって欲しいと心から思います。

 

 

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2016,1,19拍手up

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