大胆発言

 

 

 

 
「ああもう、どんなセキュリティだよこれ?プログラム組んだやつ、ぜってーあとで一発殴る」
「文句ならヤマト准将に言ってくれ。それより急がないと、ミリアリアさんが危ない。」
「ーー分かってる!」
 
 
ラクス・クラインの私邸の一つで開催された小さな会合。
評議会議員の他にも国防委員など有力者が集まる中、招待者リストにオーブ総領事館の職員達の名を見つけ、ディアッカは眉を顰めた。
 
「なぁキラ、ミリアリア達も来るのか?今日。」
「え?うん。昨日急遽決まったんだけど、ミリィから聞いてないの?」
「……ああ。」

 
渋面を浮かべるディアッカを不思議そうに眺めていたキラだったが、ラクスの準備が整ったことが知らされるといそいそとその場を後にする。
そして控え室には、ディアッカだけが残された。
 
 
「…そういうことはちゃんと言えっつーの。あいつ…」
 
 
昨夜、ミリアリアと喧嘩をした。
原因はーー認めたくはないが、自分の我儘だ。
先に寝室へ行ってしまったミリアリアは、ディアッカがベッドに潜り込む頃にはすうすうと穏やかな寝息を立てていて。
その可愛らしい寝顔を目にしたら、どうにも我慢が出来なくて…ディアッカはミリアリアのルームウェアに手をかけた。
いつもならそのまま体を重ね、二人とも心地よい疲労感と満足感に包まれながら眠りにつくはずだったのだが、その日に限りミリアリアはディアッカを拒んだ。
確か“ダメな日”は二週間近く前に終わったはずだ。
疲れているから、とかどうしても今日は眠くてそんな気になれない、とか何とか言っていた気がするが、そこまで頑なになられるとディアッカもだんだん引っ込みがつかなくなり、最後は言い争いまで発展してしまった。
そして二人は寝室さえ同じままだったものの、一つのベッドの中で背中を向けて就寝、と言う結果になり、今朝になっても剣呑な空気のまま、それぞれの職場へと出勤したのだった。
 

今夜、帰ったらしっかりと謝ろう。
一日かけてじっくり昨夜の顛末について考え(何度かイザークの怒声が飛んだが、あまり気にならなかった)そう結論づけたディアッカだったのだが、今日最後の任務であるラクス主催の会合の護衛の為に招待者リストを確認し、そこで初めてミリアリアが同じ場所にいるということを知ったのだった。
 
 
 
会合はつつがなく終了し、そのまま軽いパーティーへと移行した。
部屋の片隅で警備につきながらも、ディアッカの目はミリアリアの姿を探し続けていた。
会合の席でミリアリアがディアッカに視線を向けることはなかった。
なので、自分が同じ場所にいることをミリアリアが知っているかは分からない。
だが、以前からよく仕事中にあれこれミリアリアの行動について口を出し、その度喧嘩になっていた経験から学習していたので、ディアッカもまた自分からミリアリアの側に行こうとはしなかった。
 

だが、今回に限ってはそれが致命的なミスとなってしまったのだ。
 

「エルスマン。ミリアリアさんはどこにいる?」
背後からかけられた声にディアッカは振り返り、思わず目を丸くした。
そこには、真剣な表情のダコスタ・マーチンが立っていたからだ。
「…は?なんでお前がミリアリアの…」
「知らないのか?」
抑えられた声量に違和感を感じ、ディアッカもまた真剣な表情になった。
「どういうことだよ、ダコスタ」
「…評議会議員の秘書の一人が、ミリアリアさんをえらく気に入っていてな。オーブ総領事館の職員がこの会合に呼ばれたのも、半分はそいつが手を回したからだと思われる。その男の姿が先程から見当たらないんだ。ラクス様も気にされている。」
「はぁ?おい、それって…」
ダコスタは小さくため息をつき、ついて来いというように目で合図した。
 
 
 
***
 
 
 
ピ、と施錠の音が静かな部屋に響き、ミリアリアは怪訝な表情で背後を振り返った。
ここに自分を連れてきたのは、とある評議会議員の秘書を長年勤めているという中年の男性で。
オーブの資源衛星についての話を、と持ちかけられたミリアリアは何の疑いもなくここまでついて来てしまったことを心底後悔した。
アマギとサイは会合の後残った業務を片付けるために総領事館に戻っていたので、会場にはミリアリア一人きりだったのも良くなかったのかもしれない。
とにかく、相手の目的はどうあれまずは目の前の男を何とかし、さっさとこの部屋を出なければ。
そう思い、ミリアリアはきっ、と男を睨み付け、正面から対峙した。
 

「他の方はいらっしゃらないのですか?二人だけでする話題ではないような気がしますけど。」
「資源衛星の話かね?まぁそれは後でゆっくり聞かせてもらおうか」
 

じり、と距離を詰められ、ミリアリアは思わず一歩後ずさった。
「やはり…一見しただけではナチュラルとは思えないな。」
「…はい?」
「その華奢な体にアクアマリンのような碧い瞳。君の旦那があれだけ入れ込むのも無理はない。」
「な…何の話をしてるんですか?!…きゃあ!!」
突然両手首を掴まれソファに押し倒され、ミリアリアは思わず悲鳴をあげた。
脂ぎった男の顔が、にぃっと笑みの形を作る。
「やはりコーディネイターの女より非力だな。それもまたそそるが…」
下卑た視線に晒され、ミリアリアは言葉を失った。
まさか、こんなところでーー?!
 
 
「私も伊達に年は取っていない。旦那より善くしてやるよ。」
「な…っ」
「旦那がしないような事をしてやろう。病みつきになるくらいな。」
 
 
ーーーディアッカより、善く、してやる、ですって?
 
 
その言葉に、ミリアリアの中でぷちん、と何かが切れーー気づけば、思い切り男の腹に蹴りを見舞っていた。
 

「ぐっ…は!」
「ふざけないで!調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
男がひるんだ隙に素早く体制を立て直したミリアリアは、怒りに震える声で思い切り叫んだ。
 
 
「ディアッカにされてないことなんて、もう無いわ!そもそも、ディアッカより上手になんてあんたに出来るわけないじゃない!鏡を見てからモノを言いなさいよ!人の旦那を馬鹿にしないでよねっ!」
 
 
そうきっぱりと言い切った瞬間を見計らったように、ばん!と大きな音がし、ミリアリアははっとそちらを振り返る。
「ミリアリアさん、ご無事ですか!」
「ダコスタさ…な、え、ディアッカ?!」
なだれ込んできたダコスタたちバルトフェルド隊の隊員の中に自分の夫の姿を見つけ、ミリアリアは思わず声を上げた。
だがディアッカはミリアリアに目もくれず、まっすぐにへたり込んでいた秘書の男の元へと歩み寄った。
「っひ…」
情けない声を上げる男を、ディアッカは氷のように冷たい目で見下ろしーー胸ぐらをつかんで引きずり起こすと、渾身の力で拳を見舞った。
 
 
 
***
 
 
 
それから二時間後。
ラクスから与えられた部屋で、ミリアリアはひとり頭を抱えていた。
ダコスタたちの機転で男の計画は未遂に終わり、自分は無事救出されここに連れてこられた。
ダコスタはミリアリアを労る言葉以外余計なことは口にしなかったが、その顔にはなんとも言えない柔らかな笑顔を浮かべていて。
他の兵士たちも皆一様に、柔らかいーーと言っていいのか微妙ではあったがダコスタと同じような表情をしていた。
 
 
「絶対、丸聞こえだったわよね…」
 
 
自分が監禁され、男と対峙している間、ダコスタとディアッカは部屋のロックの解除のためすぐ外にいたらしい。
他の兵士たちも同じだろう。
それを知らなかったとは言え…売り言葉に買い言葉とは言え。
自分はあの時、怒りに任せてなんという事を口走ったのか。
いくら頭に血が上っていたとは言え、はしたなすぎる。ありえない。絶対にダコスタにもディアッカにも一部始終を聞かれていたに違いない。
考えれば考えるほど、消えて無くなりたいくらい恥ずかしくて。
ミリアリアは耳まで真っ赤に染め、ごん!と音がなるくらいの勢いで机に突っ伏した。
と、軽いノックの音が聞こえ、ミリアリアはぱっと顔を上げた。
 
 
「入るぞ」
 
 
現れたのは、いつもの黒服にコートを着込んだディアッカ、だった。
「あ…ディアッカ…」
「今日は直帰していいんだろ?俺ももう上がりだから、帰ろうぜ。」
何事もなかったような口調が、却って怖い。
先程の発言はともかくとして、あのような状況に陥り、ミリアリアを顧みることもないくらいにディアッカは激怒していたに違いないのだから。
渾身の一発を食らった秘書の男は、最後まで目を覚ますことなく昏倒していたし、ミリアリアのところではなく、まっすぐ男の元へ向かったことからもそれは充分窺い知れた。
少しだけ気の毒な気もしたが、自分がされたこと、されそうになっていたことを思うとそんな気持ちも吹っ飛んだものだった。
 

「あの、私…帰ってもいいの?」
「もちろん。なんで?」
「だってその…一応、ああいうことになったわけだし、じ、事情聴取、とか」
「必要ねぇよ。一目瞭然だろ、あんだけあからさまだったし。ラクス嬢もそれでいいってさ。」
「そ、そう…」
 

そこでミリアリアは、目の前の男と昨晩繰り広げた喧嘩について思い出し、目を泳がせた。
今日のために急いで準備をして、夕食に間に合うよう帰宅したミリアリアはとても疲れていたのだ。
きちんと説明すればよかったのだろうが、眠気に勝てず結局険悪になったまま出勤したので、今日のこともディアッカには伝えられないままだった。
しばらく悩んだミリアリアだったが、先刻発した発言が頭をよぎり、何はともあれここから早く立ち去ろう!と勢い良く立ち上がった。
昨日のことについては、帰宅後にでもちゃんと話をすればいいだろう。
 

「じゃ、じゃあ帰りましょ?すぐ帰っていいんでしょ?」
「まあそうだけど。何でそんな急いでんの?」
「…は、早く帰りたいからよっ!」
 

コートとバッグを小脇に抱えてそう訴えるミリアリアを見下ろしーーディアッカはなぜか、嬉しそうに微笑んだ。
その表情の意味が分からなくて、ミリアリアは首を傾げる。
 
 
「なによ?」
「きのう、ごめんな」
「っ…」
 
 
突然の謝罪にミリアリアは目を見開いた。
自分も、疲れていたとは言えあんな態度を取ってしまって、きちんと謝らなければ、と思っていたのに。
ディアッカは固まってしまったミリアリアを優しく抱きしめ、そっと目元に唇を寄せた。
 
「よかった。無事で。」
「…あのくらい、どうってこと、ないもの」
 
本当は、怖かった。
でも、ディアッカを侮辱するような発言にそんな感情は一瞬で吹き飛び、後に残ったのは純粋な怒り、だけで。
だから臆面もなく、あんなはしたない発言をしてしまったのだ。
「私も…きのう、ごめん、ね」
決して大きな声ではなかったが、その言葉は確かにディアッカに聞こえていたらしい。
ディアッカがくす、と小さく笑うのが分かり、不意に安堵感に包まれたミリアリアの瞳に涙が浮かんだ。

 
「なあ」
「何?」
「なんで早く帰りたいんだよ?」
 

ミリアリアは一瞬でまた耳までも真っ赤に染め上げ、潤んだ瞳でディアッカを見上げた。
ダコスタとともにドアの外にいたなら、ミリアリアの発した言葉はディアッカにもきっと、いや絶対に聞こえていたはずだ。
他人にもそうだが、本人にあの言葉を聞かれたと思うとそれもまた顔から火が出るほど恥ずかしくて。
言葉が見つからずあからさまに動揺するミリアリアにまた微笑み、ディアッカは耳元で小さく囁いた。
 
 
「…まだしてない事もあるけど、する?」
 
 
それはやはり、先ほどの発言を聞いていなければ出てこないような言葉で。
「ばっ…」
羞恥のあまり腕の中でもがきはじめたミリアリアだったが、強い力で頭を抑えられ、そのまま噛み付くように唇を塞がれ、びくりと体を強張らせた。
そして与えられた激しいキスは、息継ぎをする暇もないくらいに長く、甘くて。
強張っていた体からはいつしか力が抜け、膝からかくんと崩れ落ちそうになった頃、やっと唇が解放された。
ここがラクスの私邸、ということも忘れ、ミリアリアは荒い息をつきながらディアッカの胸に体を預ける。
 
くたりとしたミリアリアの熱くなった耳朶を柔らかく噛みながら、帰ろ?とディアッカは甘い声で囁いた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

 

2016年初の拍手小噺です。
のっけからラブラブな二人をお届け出来、嬉しい限りです?
それにしても、まだしてないことって…何があったかな…(笑)

 

 

text

2016,1,19拍手up

2016,3,3up