Fake it

 

 

 
※このお話は長編シリーズとは別の設定となります。
 

 

 
 

 

 

「世界で一番好き」とか
「あなたしかいらない」とか
「あなたのために生きて行きたい」なんて。
 
絶対に言わない。言えない。言っていいのかもわからない。
だって私は、一度自分からあいつの手を離したんだもの。
 
 
 
19歳になったあいつはあの頃よりずっとずっと綺麗に、精悍になっていて。
戦場を駆け回って髪も肌もボロボロな自分が隣に並んだら、きっと悲惨なことになるだろう。
思っても見ない形でまた会う事が出来て、怒っていると思ってたのにあいつは屈託無く話しかけてきてくれた。
どうしたらいいかわからないくらい嬉しかった。
なのにまた強がって、周りに囃し立てられるのが恥ずかしくて、嬉しいくせに可愛くない口をきいてしまった。
でもそんな私にあいつは言ったのだ。
『落ち着いたら連絡するから。』と。
 
 
そして互いの戻るべき場所へと戻って数ヶ月。
前触れもなく届いた、なんとなく見覚えのあるアドレスからのメールは、ディアッカからのものだった。
 
『なかなか連絡出来なくて悪かった。休暇が取れたからそっちに行く。』
 
そこには、あいつの乗る予定の便と到着時間がしっかりと書かれていて。
気がつけば手帳を取り出し、到着日の予定をチェックしていた。
大丈夫。この時間なら迎えに、行ける。
そこまで考えて、はっと我に返った。
 
会ってどうするの?
あいつの手を離したのは私なのに。
迎えに来い、ともなんとも書かれていないのに、私は何をするつもりだったの?
 
ミリアリアは唇を噛み締め、ぱたん、と手帳を閉じた。
 
 
 
***
 
 
 
「世界で一番好きだ」とか
「おまえしかいらない」とか
「おまえのために生きる」なんて。
 
あの時には言えなかった。今だって、面と向かったら言えるかどうか分からない。
腕の中から逃げて行ってしまったあいつを追いかけられなかったのは、俺に勇気がなかったからだから。
 
 
 
16歳のあいつに出会って恋をして、想いを通わせたのもつかの間、別離は突然やってきた。
そしてまた戦争が始まり、宇宙で再会したあいつは、あの頃の少女ではなく18歳の女になっていて。
それでも中身は相変わらずで、他の奴らに振りまく笑顔はそのままに、俺限定でつっけんどんで。
ろくに話もできなかったけど、ああ、やっぱり好きだ、という思いがふつふつと湧き上がった。
同時に自分の立場を思い出し、口から飛び出したのは『落ち着いたら連絡するから』なんて曖昧な言葉だった。
 
 
そして互いのあるべき場所に戻って数ヶ月。
戦後処理に奔走したディアッカへザフトから与えたものは、黒い軍服と正式なジュール隊副官の肩書き、そして三日間の休暇だった。
帰宅して即座に地球行きのチケットを手配し、メールソフトを立ち上げる。
あいつのアドレスが変わっていないことは、あらかじめキラに確認していた。
 
『なかなか連絡出来なくて悪かった。休暇が取れたからそっちに行く。』
 
散々考えた挙句、出来上がったメールはたった一行。
それに自分の乗る便の日付とオーブへの到着時刻を添え、送信ボタンをクリックする。
あいつは、来てくれるだろうか。いや、きっと来るはず。
それは理屈ではなく、感覚。
俺たちの心は、まだ、繋がっている。
ミリアリアに再会して、あの碧い瞳が自分を映し出した時に感じた、想い。
 
ディアッカは立ち上がり、スーツケースを引っ張り出した。
 
 
 
***
 
 
 
定刻通り到着したシャトルからことさらゆっくりと降り、ディアッカは入国手続きを済ませた。
仕事であればあっさりと終わる処理も、こうして一個人としてプライベートで訪れると何の特別扱いもされない。
だがそれでいい、とディアッカは思った。
自分はザフトの軍人としてではなく、ディアッカ・エルスマンと言う一人の人間として、ここへやって来たのだから。
ただ一つだけ願うのはーーミリアリアの特別になりたい、ということだけ。
 
ゲートをくぐり抜けると、何組もの男女が再会を喜び合う姿が目に入る。
そこにミリアリアの姿は、なかった。
待ち合わせの場所など決めていない。到着予定時刻を伝えただけ。
ディアッカはゲートの脇へと移動し、スーツケースを床に下ろすと、手すりにもたれて腕を組んだ。
 
 
 
 
 
朝から今までで、何度腕時計に目を落としただろう。
落ち着かない気持ちでミリアリアはデスクに座り、ついさっき終わらせたばかりのインタビューの記事をまとめ上げていた。
別に今日仕上げる必要などなかったのだが、何かせずにはいられなかった。
同僚たちが続々と帰途につく中、ミリアリアはそれから目をそらすようにモニタだけを見つめていた。
ディアッカの乗っているであろうシャトルは、何もなければもう宇宙港に着いているはず。
今頃どうしているだろう。
もしかして…もしかして、待っているのだろうか。私を。
気を抜けば思い出すのはディアッカのことばかりで。
ミリアリアはぶんぶんと首を振ると、気分を変えようと備え付けのサーバーから熱いコーヒーを注ぐ。
ふわりと香った芳香に息をついた時、不意にいつかの記憶が蘇り、ミリアリアは息を詰めた。
 
 
『おまえさぁ、コーヒーも飲めねぇの?』
『苦いのが嫌いなの!飲めないわけじゃないわよ!』
『でもさ、淹れるのはうまいよな。これもマジで俺好み。毎日飲みたいくらい?』
 
 
その時も、言えなかった。
次に会う時までにディアッカに美味しいコーヒーを淹れてあげたくて、キラの母親であるカリダに教わって何度も練習したことを。
毎日飲みたい、と言ってもらえて、泣きそうになるくらい嬉しかったことを。
 
いつだって、特別になりたかった。ディアッカだけの特別に。
ナチュラルで、容姿だってコーディネイターの女性と比べたら平凡かそれ以下で、何の力もないけれど。
それでも、ミリアリアだって本当は一緒にいたかった。自分が出来ることで、ディアッカの支えになりたかった。
だがその結果見つけた方法ーー戦場カメラマンの仕事ーーを巡り二人は口論となり、そのまま喧嘩別れの形となった。
今なら理解できる。彼がどれだけ自分を心配してくれていたか。
互いに幼かった二人だからこそ言葉を選べず、その想いはすれ違い、まるで違う方向に二人を導いてしまったことも。
 
ミリアリアはコーヒーを飲み干し、紙コップをダストボックスに投げ入れた。
17歳の頃は苦くて飲めなかったコーヒーも、19歳になろうとしている今では普通に飲めるようになった。
あの頃反発しかできなかったディアッカの言葉の意味も、こうして少しは分かるようになった。
…分かったつもりになっているだけかもしれないけれど。
 
 
このままで、いいの?
意地を張って、手を離してしまったことを後悔しなかったと言えば、それは嘘になる。
自分に嘘をついたままでいいの?ミリアリア・ハウ。
 
 
時計に目を落とすと、メールにあった到着時間から既に2時間が経過しようとしていた。
もう、いないかもしれない。
それでも、もう、後悔するのは……嫌だ。
 
ミリアリアはまとめかけの記事を保存し、端末の電源を落とすと上着と鞄を手に、オフィスから飛び出した。
 
 
 
***
 
 
 
本日最後の便が到着した、とのアナウンスが流れ、ディアッカは顔を上げた。
気づけばここに立ち始めて2時間以上もの時間が経過している。
 
「…やっぱ、そんな簡単にはいかねぇ、ってか」
 
腕時計に目を落とし、ディアッカは床に置きっぱなしだったスーツケースに手をかけた。
この時間からホテルを探すのはなかなか骨が折れるだろうが、いざとなればオーブの姫君に頼らせてもらおう。
最悪この気候なら、その辺で夜を明かすのも可能だ。
一つ溜息を落とし、宇宙港の出口へと一歩踏み出した、その時。
 
 
「ディアッカ!」
 
 
聞き覚えのある、ずっと聞きたいと思っていた声に名を呼ばれ、ディアッカはゆっくりと振り返る。
ほんの、10数メートル先。
そこに、ひどく息を切らせたミリアリアが立っていた。
 
 
 
 
宇宙港に飛び込むと、今日最後の便が到着したとのアナウンスがミリアリアの耳に飛び込んできた。
もう、どこか宿泊先へと移動してしまったかもしれない。
待ち合わせ場所なんて決めていなかったから、どこへ行けばいいかも分からない。
オフィスを出てただひたすら走り続けたミリアリアは、汗びっしょりになっていた。
一旦足を止め、きょろきょろと周囲を見回す。
どこにいるのだろう。どこへ行けば、会えるのだろう。
迷いながら、それでもミリアリアはプラントからの入国カウンターへと駆け出した。
そのくらいしか、思い当たる場所がなかったから。
 
そして、ゲートが見える位置へと角を曲がった瞬間、ミリアリアの目に所在なさげに佇むディアッカの姿が飛び込んできて。
待っていてくれた。こんなに長い時間。
意地を張って、メールの返事一つ返さなかった私を、信じて。
人並みに見え隠れするディアッカが溜息を吐き、足元のスーツケースに手をかける。
勇気を出すのよ、ミリアリア。
何もしなかったら、何も変わらない。前になんて進めない。
私は、前に進みたい。ディアッカの見ている景色を、私も見たい。
 
前のめりになりながら踏み出した一歩が、いつしか駆け足に変わる。
そして。
 
 
「ディアッカ!」
 
 
思い切って距離を詰め、愛しい男の名を呼んだ。
びく、と体を強張らせ、ゆっくりと振り返ったディアッカはーーーひどく驚いたように目を見開き、そして、本当に嬉しそうに、ふわりと笑った。
 
 
 
 
スーツケースをその場にごとんと落とし、肩で息をするミリアリアの元まで駆け寄るとディアッカはその華奢な体をきつく抱き締めた。
 
「きゃ…ちょ、だめ、汗…っ」
「会いたかった。ミリィ。」
 
体が覚えているミリアリアの香りと、それに混じるかすかな汗の香り。
それはちっとも不快なものではなく、むしろ心地がよいくらいで。
きっと散々悩んで葛藤して、ここまで走ってきたのだろう。
容易に想像がつくその光景がなんだかおかしくて、ディアッカはくすくすと笑った。
 
「ね、ねぇ、私汗かいてるから、だからっ…」
「ミリィの汗は特別だから関係ねぇの。」
「と、特別ってあんた、何バカなこと」
「会いたかった?」
 
先ほどとは違うイントネーションは、ミリアリアの想いを問うものに他ならなくて。
危うくまた意地を張ってしまいそうになった自分を叱咤し、ミリアリアはおずおずとディアッカの背中に手を回した。
ずっと心に燻っていた想いを伝えるのは、今しかない。だから神様、勇気を、くださいーーー!
 
 
「…会いたかった、わよ。すごく。」
 
 
その言葉にディアッカが息を飲むのが分かり、ミリアリアは耳まで赤くなってしまう。
「…てことはさ。俺はミリィの“特別”になれた、ってことでいいんだよな?」
耳元で囁かれ、今度はミリアリアが息を飲む番だった。
あなただけの“特別”になりたい。
そう思っていたのは、もしかしてーー。
 
「今も昔も、あんたは特別な存在だわ。私にとって。」
 
するりと飛び出した言葉とともに、ミリアリアの瞳からぽろりと涙が溢れた。
 
「なんで泣くの」
「わかんない、わよ」
「…しょうがねぇな。ちょっと待ってろよ?」
 
そう言うとディアッカはポケットから小さな包みを取りだしーーあっという間に包装を剥がすとぽい、とそれを口の中に放り込む。
そしてミリアリアの顎に手をかけ顔を上向かせると、唇を、重ねた。
「ん…」
突然のことに固まるミリアリアの口内に、甘い味が広がる。
咄嗟に身体を離そうとしたが、たくましさを増した腕に捕らえられそれは叶わず、そのまま始まった深いキスに思わず目を閉じた。
 
「ふ、ぁ…」
 
ようやく唇が解放された頃、ミリアリアはディアッカの胸に縋り付いていた。
 
 
「ほら、泣き止んだ。」
「…チョコレート…?」
「そ。1日遅れのバレンタイン。おまえ、甘いもの好きだっただろ?」
「…もう、コーヒーだって飲めるわ。それにバレンタインって、普通女の子から…」
「それはいいじゃん?また来年でも。」
 
 
はっと表情を変えたミリアリアを見下ろし、ディアッカは柔らかく微笑んだ。
「おまえの“特別”になりたかった。だからあの時、おまえの話もろくに聞かないであんなことになっちまった。…ガキだったよな、今考えるとさ。」
「…私も、あんたの“特別”になりたかった。自分に出来ることを見つけて、あんたの支えになりたかった。でも、うまく伝えられなくて…」
二人は顔を見合わせしばし黙り込み…同時に、笑った。
 
 
「あんたと同じものを見ていたいの。今年も来年も、これからもずっと。だから…ずっと、一緒にいたいの。」
「ゴンドアナで再会した時、感じたんだ。離れてても俺たちはずっとどっかで繋がってたんだ、ってさ。」
 
 
「世界で一番好き」とか
「あなたしかいらない」とか
「あなたのために生きて行きたい」とか。
 
「世界で一番好きだ」とか
「おまえしかいらない」とか
「おまえのために生きる」とか。
 
今なら言える。互いの心が、想いが再び通じ合った今なら。
 
 
「好きだ、ミリアリア。」
「私もあんたのこと、好きよ。ディアッカ。」
 
 
一番シンプルな言葉で想いを伝えあい、目を見交わしてくすくすと笑い合う。
それだけで、こんなに幸せな気持ちになれる。
 
「誕生日プレゼントは明日でいいよな?」
「…それはうちに着いたら考えましょ。」
「あ、泊めてくれるんだ。」
「…カガリに連絡すればきっとどこか手配してくれるわよ?」
「やだね。だったらミリィんちのまえで野営する。」
「えぇ?やめてよね!もう!」
 
自然と繋いだ手に力を込めながら、ミリアリアはまたくすくすと笑った。
あとで、もう一つ言わなくちゃ。
誕生日、覚えていてくれてありがとう、って。
 
 
「じゃ、帰ろ?」
「ああ、そうだな。」
 
 
片手にはスーツケース、そしてもう片手には愛しい人の小さな手を握り、ディアッカもまたにっこりと微笑んだ。
もう、間違えない。離さない。
互いの心も、繋いだこの手も、ずっと、ずっと。
 
 
 
 
 
 
 
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ハッピーバレンタイン@2016!!&ハッピーバーステー@ミリアリア!!
よかった間に合った…(;´艸`)
今回、サイト本編とは別の設定で創作してみたのですが、いかがでしたでしょうか?
実はこちらの「Fake it」は、私の好きなPerfumeの曲からヒントを得て作ったものになります。
歌詞が好きで、微妙に作品内の言い回し等ともリンクしております( ̄m ̄*)
(途中からだいぶ内容変わってますが・笑)
「チョコレイト・ディスコ」と悩んだんですが、これは本編沿いじゃどう頑張っても無理と断念(笑)
いつかパラレルでやってみたいな、と今後の課題とさせていただきました♡
学園モノとかでやったら楽しいかなぁ…(;´艸`)
何か良いシチュエーション、ございましたら是非コメント等でリクエスト頂けましたら嬉しいです!

現在(2/14 2:50)外は春の嵐状態ですが、皆様はどんなバレンタインをお過ごしになるのでしょう?
どうか素敵な一日になりますように!
いつもサイトに遊びに来てくださる全ての方に感謝を込めて、このお話を捧げます♡
拙い作品ですが、どうか一人でも多くの方に楽しんでいただけますように!!
いつも本当にありがとうございます!

 

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2016,2,14up