試し読み 僕らは本能で恋をする 1

 

 

 

 
その日は、とても良い天気だった。
ディアッカは本部内の通路を歩きながら、ぼんやりと外の景色を眺め、小さく息を吐き出した。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
火事か何かだろうか?とディアッカは思ったが、それはすぐに聞こえなくなったので、また視線を窓の外の景色へと戻した。
 
システムによって天候が左右されているプラントには、擬似的な四季がある。
第一世代とその親たちが地球に似せて作り上げたそれは、現在も
プラントにおいて重要な役割を果たしていた。
 
……あいつ、まだプラントにいるのかな。
 
ミリアリアがプラントに来る、と聞いてから今日で五日目。
あれ以来キラもイザークもその話題には一切触れてこず、ディアッカはいつも通りの日常を送っていた。
来週には婚約者との顔合わせも迫っている。
 
顔も見たことのない、ただ遺伝子上子孫を残すのに適した相手。
愛のない、結婚。
 
昔のディアッカなら、それが当然、と一笑に付したことだろう。
婚約の話を父から打診されたのは、停戦処理がようやくひと段落した時のことだった。
頑なに今までそう言った話に耳を貸さなかったディアッカが素直に頷いたことに一番驚いたのは、きっと父親であるタッド・エルスマンだっただろう。
 
今会ったら、きっとディアッカの決心は鈍ってしまう。
そばにいたい、そばにいてほしい女はただ一人だけ。
だがそれは、叶わない願い。
ならば心の奥底に閉じ込めて、蓋をして、忘れてしまえばいい。
元気で、無事でいてくれればそれだけでいい。
俺みたいなのじゃなく、もっといい男に、幸せにして貰えばいい。
 
いつになく感傷的になっている自分に気づき、ディアッカはぶるぶると首を振る。
もう決めたのだ。振り返ることはしない、と。
気持ちを切り替えるように深呼吸をし、ジュール隊隊長室のドアを開ける。
 
「ディアッカ!どこにいたんだ!」
 
突然飛んできたイザークの怒声に、ディアッカは思わず首を竦めた。
「何だよいきなり?俺は総務部に…」
『ディアッカ、そこにいるの?』
 
通信機から聞こえた声は、キラのものだった。
 
「何?キラから俺宛に通信?」
「いいから、早く来い!」
「いって!イザーク、何すんだよ!」
 
通信用モニタの前に引きずり出されたディアッカの目に、ひどく真剣な表情を浮かべたキラが映し出された。
 
『ディアッカ、落ち着いて聞いてほしい。…議事堂近くの会館で、テロが起きた。ブルーコスモスによるものだ。』
 
「はぁ?ブルーコスモスがなんでプラントにいるんだよ?!」
『それは分からない。ミリィが僕にメールで情報を送ってくれたんだ。それで、バルトフェルドさんたちが水面下で調査を進めてくれてたんだけど…結局は防げなかった。』
「そんな情報、こっちには来てねぇぜ?なぁ、イザーク?」
「…ああ。」
 
どこか冴えない表情で頷くイザークに違和感を感じながら、ディアッカはキラを振り返った。
『ラクスが箝口令を敷いてたんだ。相手はナチュラルだし、慎重な対応が求められる。意味は分かるでしょ?』
確かに、終戦したとは言えナチュラルとコーディネイターの溝はそう簡単に埋まるものではない。
相手がテロリストであってもそれは変わらなかった。
 
「それで?テロはどうなったんだ?」
『テロリストは人質を取って建物内に立て篭った。バルトフェルドさん達が鎮圧に向かったけど…室内に火を放ったんだ。そのまま銃撃戦になって、主犯と思われる人物は死亡が確認された。』
ディアッカは先程耳にしたサイレンの音を思い出し、頷いた。
「残りの奴らは?」
『二人だけ検挙したけど、残りは全員逃走したらしい。今ダコスタさん達が追ってる。』
「へぇ…だったら時間の問題じゃねぇの?」
『ディアッカ。話はそれだけじゃないんだ。』
キラの声がわずかに震え、ディアッカは眉を顰めた。
 
『人質は…ミリィだった。』
「………は?」
 
自分でも、間抜けな声を出している自覚はあった。
 
『ミリィが追っていたのは、死亡したテロリストだったらしいんだ。でも逆に人質に取られて、銃撃戦に巻き込まれて…』
 
ディアッカの頭が、真っ白になった。
 
 

 
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