同じ想い

 

 

 

 

窓から挿し込む光に目を細め、ミリアリアは備え付けの小さなテーブルに置かれた端末の電源を入れた。
取材が長引き、ホテルに戻れたのは早朝。
連日の取材で疲れているはずなのに頭は興奮状態なのか、4時間足らずの浅い眠りから目覚めたミリアリアはいつもの習慣でターミナルのスレッドをざっとチェックする。
シャワーを浴びてそのままベッドに倒れ込んだせいで、元々跳ねている髪がさらにひどい事になっていて、さっと手櫛でそれを撫で付けた。
埃っぽい風に晒されぱさついた髪。ろくな手入れもしていないせいでがさがさの肌。
この取材が終わったら、もう少し自分を労らないといけないのかもな…。
そんな事をぼんやりと思いながら画面をスクロールさせていたミリアリアだったが、あるスレッドに目を留めると思わず息を飲んだ。
 
 
「なによ…これ…」
 
 
それはつい先刻立ち上げられたばかりのスレッドで。
内容は、アーモリーワンからザフトの新鋭機体が強奪された、と言う情報だった。
新鋭機体は三機。奪ったのは地球連邦軍。
ヘリオポリスとは真逆の、出来事。
ミリアリアは次々と更新される情報を必死で追って行く。
そしてーー最新のコメントに目を通すと顔色が変わった。
 
 
ユニウスセブンの残骸が安定軌道を外れ、このままでは地球に落下する可能性あり。
 
 
たった一文に込められていたのは、未曾有の災害すら予感させる情報。
かつてミリアリアは自分の目でユニウスセブンを見た。
あれがあのまま地球に落ちれば、いくら大気圏である程度燃え尽きようととてつもない被害が落下地点を襲うはずだ。
はっと気付いてテレビをつけると、臨時ニュースでもこの情報が既に流されていた。
アナウンサーの“避難勧告”と言う言葉に、ミリアリアは思わず「馬鹿じゃないの?!」と声を上げてしまう。
勧告、どころで済む話ではない。
ある意味核攻撃と同じくらい恐ろしいことが起こるかもしれないのだ。
ミリアリアは端末に向き直ると、恐ろしい速さでキーボードに指を滑らせる。
テレビ局に直訴するより、こっちの方が余程話が早いはずだ。
早急に各地のシェルターへの避難を呼びかける旨の書き込みを済ませ、ミリアリアもまた手早く荷物をまとめ、ホテルの部屋を飛び出した。

 
 
 

今いる取材先がそこそこ栄えた都市で良かった、と思いながら、ミリアリアはまだそこまで人のいないシェルターで端末を開いた。
昨夜ベッドに倒れ込む前にしっかり充電だけはしていたおかげで、当分そちら方面の心配は必要ない。
ターミナルのスレッドを更新させると、そこには目を疑うような情報がアップされていた。

 
 

“プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルはザフト軍にユニウスセブンの破砕活動を指示。既に一部のザフト軍部隊が破砕活動を開始した。”

 

 
戦後新しく議長になったギルバート・デュランダルは偶然にもアーモリーワンを訪問しているはずだ。
確か、新造艦の進水式の為、とどこかで読んだ気がする。
新鋭機の強奪現場に居合わせたのであれば、当然指示も素早いものとなるだろう。
と言っても、アーモリーワンを空にするわけにはいかないだろうから、破砕活動に従事しているのはプラント本国からやって来たザフト軍の部隊、と考えた方が自然で。
ミリアリアは脳裏に一瞬浮かんだ存在を吹き飛ばすかのようにぶんぶんと首を振った。

 
何万といるザフト兵の中のたったひとりであるあいつ。
あいつは今、どこにいるのだろう。
この事件を知り、何を思っているのだろう。

 
事の重大さに気付いたのか、シェルター内はだんだん混雑して来ていた。
美しい碧い瞳を不安で曇らせ、ミリアリアはその片隅で座り込み、膝に乗せた端末の画面をじっと見つめた。

 

 

 
***

 

 

 

「何なんだよ、こいつら!ジンでここまで…!」

 

 
破砕活動中に現れた敵を、ディアッカは的確な動きで蹴散らしながら思わず毒づいた。
アーモリーワンでの新鋭機体の強奪、安定軌道状にあったはずのユニウスセブンの落下。
思いもかけない事件に色めき立つ中、新造艦ミネルバの進水式の為偶然アーモリーワンにいた最高評議会議長、ギルバート・デュランダルからの指令を受け、ディアッカ達ジュール隊はプラントから飛び出すとMSを駆り破砕活動を開始していた。
ジュール隊以外にも大勢のザフト兵がいたはずだが、並行して発生した新鋭機の強奪、そしてその機体との交戦に時間をとられているのか自分達の周りにほとんどMSの姿は見えない。

 
ーーーそう、この不気味なジンの部隊以外には。

 

初めは破砕活動に従事する他の部隊かと思ったが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
彼らの動きから察するに、その目的はディアッカ達がしている破砕活動を妨害する、というものらしかったから。
思わぬ展開に苛立つディアッカだったが、どういうわけかオーブにいるはずのアスランがザクを駆って現れ、イザークの怒声が通信越しにきん、とディアッカの耳を打つ。

 

 
「熱くなっちゃって、まぁ…」

 

 
こんな時なのについ笑みが浮かんでしまうのは、やはりアスランの腕を信用しているから、だろうか。
心強い味方を得た、と言うほんの少しの安心感。
そして眼下に広がる青い星に目を落とす。
浮かんで来たのは、地球と似ているようで少し違う碧い色の瞳。
涙を溜め、怒りに燃え、ふわりと笑みをたたえ、時には情欲に潤んだ、綺麗な碧。
その面影を振り払うように、ディアッカは頭を振った。

 

 
別にあいつの為じゃない。
俺は、もう戦争なんかしたくない。
どこの誰の仕業だか知らないけれど、こんなものを地球に落とす訳にはいかない。
罪もないナチュラルを死なせる訳にはいかないから。

 

 
「アスラン、行くぜ!合わせろよ!」

 

 
ディアッカは回線を開いてそう声をかける。
「どこのどいつか知らねぇが…悪いけど、本気で行くぜ?」
自分に、そしてそこにはいない誰かに聞かせるかのように小さくそう宣言すると、ディアッカはキッ、と紫の瞳で目の前の敵を睨みつけた。

 

 

限界高度ぎりぎりまで破砕活動を続けながら、ディアッカは小さく息を吐いた。
久し振りで心配したイザークとアスランとの連携も上手く行き、邪魔をしていたジンも撃退出来た。
面倒な訓練もコツコツやっとくもんだな、と内心思う。

 
『…負けないで。あんたが負けるところなんて、見たくない。』

 

不意に脳裏に浮かんで来た言葉に、ディアッカはひゅ、と息を飲んだ。
それはかつてAAで言われた言葉。
のらりくらりと訓練をしていた自分をまっすぐに見つめ、泣きそうな顔で告げられた、言葉。
思い出さないようにしていたはずの姿が目に浮かび、ディアッカの胸がちくりと痛む。
忘れたくてもふとした時に浮かんでくる感情。
初めて自分よりも大切だと、守りたいと思った存在。
一度は想いを通わせながらも、ディアッカの元から戦場へと飛び立って行ってしまった、弱いけれど強い女。

 

 
「ディアッカ!限界だ!帰還するぞ!!」

 

 
イザークの鋭い声にディアッカは思考を戻され、燃えながら落ちて行く破片を悔しげに見下ろしたあとバーニアを吹かし、飛び立った。
確かにこれ以上は機体が持たない。
ザクはバスターとは違って、大気圏を突破出来る程の性能は持っていないのだから。

 

あの破片が地球に落ちたら、一体どれほどの被害が出るのだろう。
あれだけ砕いてもなお、破片は燃え尽きる事無く地表へと到達する。
落下地点にもよるであろうが、大災害になるはずだ。
下手をしたら何千人、何万人もの死者が出る。
ジンを操っていたもの達が犯人だとすれば、それはコーディネイターだ。
その事実が露呈すればナチュラルとの間には大きな確執が残り、戦争の火種になるだろう。

 

 
「二度と戦争なんて、したくねぇのにな…」

 

 
ディアッカはもう知っている。ナチュラルは敵ではないと。
コーディネイターと比べて能力は劣っても、彼らも同じ人間だと。
懸命に生き、前を向き、努力を惜しまない。
全員が全員そうではないだろうが、そんなナチュラル達をディアッカは知っている。
もうあんな戦争がおきないように。
コーディネイターとナチュラル、種は違っても同じ人間だって事を理解してもらいたい。
そう思ってプラントに戻ったのに、自分は結局、何が出来るだろう。

 

 
『頑張ってね、ディアッカ』

 

 
また、脳裏をよぎった声。
仏頂面ばかりだったあいつが、優しげな笑顔で俺にくれた、言葉。
忘れたはずなのに、どこかで支えとしていたのだろうか、自分は。
「…俺らしくもねぇ」
小さく呟き、ディアッカはイザークの機体を追いスピードを上げる。

 

 
あいつは、どこにいるのだろう。
無事でいるだろうか。
ちゃんと安全な場所に避難、出来ているだろうか。

 
ーーー考えるな。もう、忘れると決めたのだから。

 

ディアッカは胸に去来する思いを振り払うかのようにただ前を向き、滑り込むように母艦へと降り立った。
後ろは、振り返らなかった。

 

 

 
***

 

 

 
何度目かの轟音と振動がシェルターを襲い、そこにいた人々はみな首を竦めた。
そんな中、ターミナルを通し次々と飛び込んでくる情報に、ミリアリアはただ愕然としていた。
ザフト軍による破砕活動は成功したものの、破片の落下は避けられなかった。
世界各地を襲う火の玉、落下による大津波。貴重な遺跡が破片の直撃を受け、消滅していく様。
ターミナルに次々と上がって来る情報に、ミリアリアは悲痛な表情を浮かべた。
そして、犯人がナチュラル排斥を謳うコーディネイター達ーーザラ派、の可能性有りとの情報が更新されると、ミリアリアの胸はキリキリと痛んだ。
また、戦争が起こるのだろうか。
ナチュラルとコーディネイターが分かり合える日は来るのだろうか。

 

 
『もうあんな戦争がおきないように。大手を振ってお前を迎えに行けるように。
コーディネイターとナチュラル、種は違っても同じ人間だって事を俺はお前に教えてもらったから。』

 

 
そう言って赤服を纏い、プラントへと帰って行ったあいつの姿が目に浮かんだ。

 

轟音や振動も落ち着いた頃を見計らい、ミリアリアはシェルターの外に出た。
空は不気味な色に染まっており、あちこちから焦げ臭い匂いが風に乗って辺りを漂う。
ミリアリアは空を見上げ、手にしていたカメラを空へ向けるとそっとシャッターを押した。

 
 

あいつは、どこにいるんだろうか。
無事でいるのだろうか。
この光景を見たら何と言うだろうか。

 
 

カメラを降ろしたミリアリアは再び空を見上げる。
碧い瞳に映るのは、やはり不気味な色の空。
ずっと焦がれ続けている紫は、そこには無かった。

 
 

再び回り始めてしまった歯車は、もう止める事など出来ないかもしれない。
それでも、ミリアリアは戦う。
武器の代わりに、この目とカメラと言葉で、これから起きる全てを見届ける。

 

 
「……負けない、から。わたし。」

 

 
空に向かってぽつりと呟いた後、ミリアリアはカメラをバッグにしまい、何か出来ることはないかと力強い足取りで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 
007

 

 

運命序盤、ユニウスセブン落下事件のシーンです。
当時地球とプラントで離ればなれだった二人があの時何を思っていたかを妄想して書きました。
以前キリリクで書かせて頂いたお話とさりげなくリンクしていたり、拍手小噺『そこへ行く事が出来たら』
などにも繋がっています。
それぞれの切ない心情が伝われば幸いです。

 

 
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